神様不在
小さな食堂を始めたのはいいのだが、昼間はまぁまぁ忙しいようなのでパートのおばちゃんを一人雇っていた。
パートのおばちゃんは2時迄なので、学校が終わって夕方からは私が店の手伝いを強いられた。
中学3年生で店で働かされた。
お客さんに水を出したり、注文を聞いて持って行ったりという、まぁ中3でも充分務まるような仕事内容ではあった。
借りた家と店とは自転車で10分位であった。
自分達が通いやすいというのもあるが、最初から私やユキに手伝わせようというつもりだったのかもしれない。
段々と店も忙しくなってきて、相変わらず手伝いをしながら高校受験をし、高校生になったが、私立は経済的に無理だと分かっていたので、最初からランクを少し落として自転車で通学できる距離の公立の高校に進学した。
2年生の時はほとんど勉強はしていなかったが、元々記憶力は優れていたようで、数日前に教科書をよく読んで勉強すればテストの点数は悪くなく、成績優秀とまでは言えないが、決して悪くはなかった。
この時期にもっと一生懸命勉強して何不自由ない生活をしていたのなら、もっと違う学校を受験出来ていたと思う。
そうすれば全く違う人生を歩んでたであろうと、今になって思う事もあるがもう済んだ事を後悔しても仕方がない。
通学も電車やバスを使わなくて済むよう自転車で通学し、放課後はたまに友達とファーストフードの店に寄ったりしていたが、店の手伝いがある為にあまりゆっくりはしていられなかった。
店では「家族」を演じていた。けっして「おっちゃん」と呼んではいけない。
余計な事を喋ってしまわないように大人しい子でいた。
店はなかなか忙しくなってきて、お客さんの中には「お姉ちゃん、家の手伝いして偉いなぁ」などと言ってくれるお客さんもいたりして、お客さんも皆家族だと思っていた。
しかし実際は母は旧姓に戻っていたし、おっちゃんはマエカワ、私とユキは父の姓をそのまま名乗っていたので、姓はバラバラであった。
「お客さんの前では余計な事を喋るな」と釘を刺されていたが仕方ない事だった。
そのうち出前の注文も増えてきて、特に会社だと結構な量の注文が入る事もあり、その時は必ず私も一緒に連れて行かされた。
車の中で2人きりになる時間が苦痛だった。
一言でいうと「いやらしい」のである。
決して触ってくる事はなかったのだが、卑猥な事を口にしたり、「もう新しい彼氏、出来たんか?」とか「前、付き合ってた男とは別れたんか?」などというような事を言うので、適当にあしらっていた。
出前なので短時間、少しだけ我慢したらいい。
そう自分に言い聞かせていた。
ただ、近くにモーテルがあり、当時の私は当然そこが「どういう事をする」場所なのは分かっていた。
おっちゃんはそこの前を通る時は必ずスピードを弱めたり、逆にスピードを出したり、というような事をしていて、本当にいやらしい男だった。
その時の表情はニヤニヤしていて私を試しているかのようであった。
母に言いたかったけど、やっぱり言えなかった。
どうして我慢してしまうのだろう?分からない。
当時の自分を思い出してみてもよく分からない。
自分の居場所がなくなってしまうような、母と離れてしまうようなそんな気持ちだったのだろう。
この時母にハッキリと「おっちゃんが気持ち悪い」と言えばよかったのだろうか?
そして、また夜になると気配を感じた。
その時は起きて「何?」と聞き返した。
「いや、風邪ひくで」そういって布団を無理矢理被せようとする。
「いいねん」
次の日、ユキに「昨日どうしたん?」と聞かれたので「おっちゃんが部屋に入って来てん。ユキも気ぃ付けや」
もうユキも色んな事は分かっていたはずだ。
「おっちゃん、気持ち悪いな」そう言っていた。
しかし、夜になるとおっちゃんは部屋に入って来た。
もうどうしていいか分からない。
「神様、今日は入ってきませんように」毎日祈るしかなかった。
しかし、神様は存在しなかったようだ。
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