父子家庭
母が出て行った事は友達にも学校の先生にも誰にも自分からは言わなかった。
言いたくなかった。
ある日、妹のユキが真上に住んでいるアヤコという同い年の女の子と喧嘩をして帰って来た。
アヤコの頭を叩いたらしい。
アヤコには兄がいて、その兄が私と同い年であったが、クラスで一番のアホだった。
アヤコもどうせ似たようなものだ。
「なんで、叩いたん?」
「・・・・ユキちゃんのおばちゃん、男作って逃げたんやろ?って言われた」
皆もう知っていたんだという事実がとても悲しかった。
それでも私は学校では普通に過ごしていた。
もう賢治君とはクラスが別になってしまったけど、仲のいい友達も出来たし、放課後は必ず誰かの家に遊びに行き毎日楽しく過ごしていた。
自分の家には帰りたくなかった。
どうせフエーだし、母ちゃんはいてないし、父ちゃんは帰りが遅いからお腹がすく。
それなら友達の家にいた方がずっといい。
それに何故か誰も母の事には触れなかった。
親から口止めされていたのであろう。それにしてもそんな事は関係ないと思って皆仲良くしてくれていたのだから当時の友達には感謝すべきだ。
仲間はずれにされた事もない、虐められた事もない、むしろ中心にいた。
家にいる時以外、学校にいる時や友達と遊んでる時が全てであった。
学校が休みの日曜日はたいてい父と妹の3人でスーパーに1週間分の食料品の買い出しをして、外食をするというのがお決まりのコースであった。
平日は父が帰って来るのを待っていると遅くなってしまうので、適当に済ませていた。
食費としてお金を預かっていたので、何か買ったり、気が向けば自分で作ってユキにも食べさせたりしていた。
当時、大人達から「あそこはアカン」と言われていたお好み焼きとたこ焼きを売ってる店があった。
店といっても屋台である。
安くておいしいのだが、アカン理由は「おっちゃんの小指がない」から。
それでも私はその店の常連客であった。
おっちゃんもおばちゃんも優しい。
たこ焼きを買うと1個おまけ。お好み焼きを買うとたこ焼き2個おまけという破格のサービス!
ユキを連れて行った時に、お腹をすかしていたユキが家まで待てずその場で食べたいと言い出し、仕方なしにたこ焼きを「フーフー」して食べさせたりしてると、おっちゃんが目を細めて「ほう・・・」というような顔をしているのが印象的だった。
おばちゃんはニコニコしていた。
大人になってから、家の事情なんてものは周囲の人は何故か皆知っている、という事を知る。
母の事は皆知っていたはずだ。でも、黙っててくれてたのだと分かった。
屋台のおっちゃんとおばちゃんも知っていたんだ。
たこ焼きは7個だったので、1個おまけで偶数になるように。
お好み焼きにはたこ焼きをサービスしてくれていたが、2個。
ユキと喧嘩にならないように偶数にしてくれたんだと。
おっちゃんもおばちゃんも何も言わなかったけど、そうやって親切にしてもらっていた小学生時代。
しかし、母のいない寂しさだけはどうしようもなかった。
ただ、もしかしたらいつか帰って来るかもしれないと、いや帰って来ると信じていた。
何となくではあるが、マエカワさんと一緒にいるのだと思っていたが、あんなに仲良かったイトウさんとも別れたのだからきっとマエカワさんとも別れる時がくると思っていた。
しかし母はいつまで経っても帰って来なかった。
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