Bパート
「言っておいてなんだが、巴ハミのことは一旦忘れるんだ、友久。意外と、すんなり円香は魔法少女に飽きるかもしれない」
「……だといいんだが」
そんなやり取りを終えて、僕はX兵衛と別れた。
円香がまだ寝ている――魔法少女に変身しない――と信じて、ガラガラの始発電車に乗りながら東京へと向かう。秋葉原で降りて、都営地下鉄へと乗り換えると、都内の自社ビルへと足を踏み入れた。
時刻は午前七時。
こんな時間に出社する人間は少ないだろうと思っていたが、意外にも、僕が思った以上に多くの人間が既に出社していた。僕のオフィスにもちらほらと何人か、ディスプレイとにらめっこしている人の姿が目に付いた。
僕のような事情も抱えているならいざ知らず、朝から仕事熱心なlことである。
もしかして、君たちも娘さんが魔法少女なのかい、なんてことを聞きたくなったが、もし違っていたら気まずい空気になるだけだ、僕は、そっと自分のデスクに座ると、ここ三日休んだせいで溜まっていたメールを確認し始めたのだった。
「……おっ、窓牧商事さんからだ。なになに、例の社長との会談の件。日曜日の午後からどうですか、か」
うぅん、宇路内社長もなかなか忙しいんだなァ。
まぁ、それならば、仕方ないか。
休日出勤は基本的に悪である。
できるビジネスマンというものは、休日をしっかりと取り、限られた時間――平日五日――で成果を出すものだ。
しかし、取引先の都合ということであれば、休日出勤も止む無しというもの。
むしろ都合をつけて、恩を着せておいた方が後々の交渉に楽に働く。
こと、窓牧商事さんについては、気難しい会社であることで有名だ。
また、宇路内社長も、業界内外を通して頑固者で知られている。
そんな会社が、自分から弱味を見せて来てくれている。
これはもしかするとチャンスかもしれないな、と、僕は思った。
今日は金曜日。
今週末となれば、時間は今日と土曜日しかないが――。
まぁ、プレゼン資料の一つくらい、やっつけで作れないことはないだろう。
「分かりました、では、それでお願いいたします、と」
こんな朝早くから、メールを送ったら相手も何事かと驚くだろうか。
いやけど、メールをいただいてから、一日以上経ってしまっているしな。
これくらいのレスポンスの方が、誠意を感じさせれていいかもしれない。
とにかく、そんな感じに、僕はせっせと、溜まりに溜まったメールを片付けていった。
◇ ◇ ◇ ◇
疲れた。
気がつくと、時刻はお昼。
メール処理だけで、すっかりと時間が経過してしまっていた。
もちろんその間に、課長に休んでしまったことを詫びに行ったり、わざわざ心配して様子を見にきてくれた部長に頭を下げたりはしていたけれど、基本、メールだけを見て午前中は過ごしてしまった。
いやはや、普段どれだけのメールを捌いているのか。
たった三日休んだだけのこととはいえ、普段の自分の仕事ぶりを自覚して、ちょっとだけ、僕は誇らしいような、むず痒いような気分になった。
ほんと、円香が魔法少女なんてものにさえなってくれなければ、こんなことにはならなかったのになぁ。
さて。
「……昼ご飯どうするかな」
例によって、今日は家族に黙って、早朝から家を出て来ていた。
いつもだったら、妻が持たせてくれる愛妻弁当が手元にあるのだが、あいにくと、そういう事情なので今日は食べるものがなかった。
フロアを下りて、コンビニにでも行って弁当を買ってくるか、とも考えたのだが――。
「いや、今日は円香の授業が終わる前に――三時前には退社しなくちゃいけないんだ。昼休み返上で、資料を作らないと間に合わないぞ」
もちろん、持ち帰って、家で作業をすると言うことも考えられた。
しかし、先方にメールで先んじて資料を送ることを考えると、やはり、今日中に資料は完成させておきたい。
となると、おちおち、コンビニに昼飯を買いになど行っている時間も勿体ない。
どうするか、と、考えた末――僕は会社の休憩室にある、グリコのお菓子ボックスのことを思いだした。
あそこには確かカロリーメイトやら、柿の種やら、小袋のポテトチップスやら、そこそこお腹の膨れる物品が置かれていたはずだ。
とりあえず、今日の昼休みはそれで凌いで、家でご飯を食べることにしよう。
うん、そうしよう。
決断すれば男は行動あるのみだ。
僕は使っているノートパソコンにロックをかけて画面を閉じると、すぐにチェアから立ち上がり、このフロアにある休憩室へと向かった。
自販機と件のお菓子ボックスが置かれているそこは、ちょっとしたミーティングもできる、安らぎスペースとなっていた。いつもそうなのだろうか、会社の若い女性社員たちが、自作のお弁当箱をテーブルの上に広げて、きゃいきゃいとはしゃいでいる。
そんな中に、係長の僕が入ってくれば――。
まぁ、ちょっとぎょっとした目が向くのは仕方ない。
「あ、ごめんね。ちょっとお菓子を買いたくって。気にしなくっていいから」
なんだか恐縮した感じで、僕に、そうですか、と、声をかける女性社員たち。
少し、その反応が痛々しく感じられるのはどうしてだろうか。そんなことを思いながら、僕は、グリコのお菓子ボックスの前に立った。
うぅん、なるほど、なかなかお菓子ボックスの売り上げの方は好調のようだ。
カロリーメイトの姿が見当たらない。できれば、それにしようと思っていたのに、見事に予想を裏切られた。
だったら、ここはポッキーか、あるいは、トッポか。
なぁんてことを思っていたその時だ。
突然の、スーツ爆発四散!!
舞い散る埃臭い黒布に、青白のストライプのネクタイ。
そして、ネクタイに合わせて買った、ブルーのストライプが入ったYシャツの生地が、エアコンの風にあおられて、ひらひらと飛んでいた。
おぉ、トランクス、お前もか。
イオンで三個入り千円で買った安物のそれは、ビリッビリに破れさり、僕の股間はまたしても、会社の中で晒しものとなった。
円香。
円香ァ。
円香ぁあぁあぁあぁあぁあ!!!!
言ったじゃないか。頭を下げてお願いしたじゃないか。
絶対に昼休みにだけは魔法少女に変身しないでくれって、お父さん、恥を忍んでお願いしたじゃないか。なのに、なんで変身してるんだよ。
どういうことなんだよ。
約束くらいちゃんと守ろうよ。
ひどいよ。こんなのってあんまりだよ。
そんな娘の裏切りに対する、絶望もそこそこに。
「……えっ、要係長?」
「いったい、どうされ……えっ? 裸? えっ?」
僕の背中に女性社員たちの冷ややかな声が浴びせかけられた。
うーん、こりゃまずい、事案という奴ですな、まったく。
そして更にけしからんことに、うら若い女性に丸出しの尻を見られるという、なんとも背徳的なその行為に、僕の股間がポッキーになっていた。
なんちゃって。てへへ。
馬鹿言ってる場合じゃないよ!!
どうするんだよこれ!!
言い逃れできな状況だよ!!
やっちゃったよ、ついに、一番心配していた状況に陥っちゃったよ!!
新進気鋭のIT企業の闇!!
敏腕係長の身にいったい何があったのか――突然女性社員の前で全裸になる!!
明日のトップニュースはこれで決まりになっちゃうよ!!
「……たっ、助けてくれ、X兵衛ッ!!」
思わず口を吐いたのは、ここぞとばかりに頼れる、男の中の漢。
野獣X兵衛の名であった。
しかし、ここにX兵衛はいない。
彼は所詮部外者の身。そして、過去に一度、不法侵入と器物破損、そして僕への乱暴で、この会社からつまみ出された、お帰りくださいの要注意人物である。
自分で、この状況をどうにかするしかない。
するしかないのだ。
そう思った時だ。
「おうさ!!」
突然、天井から、その声は響いた。
かと思えば――休憩室の天井、換気扇の蓋が外れたかと思うと、そこからずるりと人影が、部屋の中へと飛び降りて来たではないか。
浅葱色した道着服に身を包んだその男こそは――。
OH!! ラスト・スペース・サムライ・ボーイ・J・U・U・B・E・I!!
「おまっとさんだぜ!!」
「X兵衛!! 来てくれたのか!!」
「お前さんの、股間と社会的地位を守る為なら――俺はたとえ火の中水の中、どこにだって現れてみせるぜ!!」
なんて頼もしい漢だ。
X兵衛まさしく、お前こそ、男の中の漢。
この殺伐と世の中で、真に義に生き、着に死ぬ真の
頼もしいその隻眼の笑顔に、僕は思わず涙を流した。
と、その時。
「いっ、いやぁあああああっ!!!!」
「要係長!! こっちを向かないでください!!」
「係長のポークウィンナーがぁっ!!」
ジーザス。
X兵衛の登場にすっかりと気を取られて、股間を隠すのを忘れてしまっていた。
女性社員の前にぼろりと丸出しになる、僕の息子。
おう、これは、もう、どうしようもない。
尻の穴までならちょっとやってしまったということでセーフだろうが、流石におにんにんを見せつけたとあっては、変態の誹りは免れないだろう。
万事休すか。
いや、それでも。
それでもX兵衛ならやってくれる。
なんとかこの場を誤魔化してくれる。
僕はX兵衛の顔を見る。任せろと、彼は自信に満ちた表情を俺に向けた。
「股間を丸出しにしたからといってなんだというもの!! それくらい、この俺の手にかかれば――いや、野獣珍陰流の奥義にかかれば屁の河童!!」
「おぉ、頼もしい!!」
「見よ!! 野獣珍陰流奥義――
叫ぶや、僕に向かって突進してくるX兵衛。
そうして彼は僕の股間を、そっとその両手で包み込むようにして挟むと、ぼろり、その親指と人差し指の間から、それをはみ出させた。
うむ、根本隠して、先隠さずとはこれいかに。
いやしかしこれは――。
「なっ、何をしているんですか、貴方は!?」
「というか、男どうしでいったい何を!!」
「不潔、不潔よぉっ!!」
「違う、よく見るんだお嬢さんたち――これは、チ〇ポではない、六本目の指だ!!」
六本目の指。
どういうことだ、とばかりに、女性社員たちが、顔をこわばらせながらも、僕のチ〇ポを凝視する。あ、あかんこれ、ちょっと、気持ちよくなる感じの奴や。
そんなことを思っている間も、X兵衛は、僕のために、真剣な顔をして話を続ける。
「かの太閤秀吉は、生まれながらにして指が六本あったという」
「あ、それ、聞いたことあるかも」
「結構有名な話よね。歴史オタ的には」
「然り!! そして、この野獣X兵衛もまた、六本の指を持つもの成り!! この、一見するとち〇ぽに見えなくもないこれは、我が六本目の指――親指と人差し指の間から生えたものなのである!!」
なんという理論。
見事としか言いようがない。
これはキバヤシ先生も、なんだってー(例のAA)、で逆に叫びますわ。
ち〇ぽと見せかけて実は指。
うぅむ、肉体を隠すなら、肉体の中とは、恐れ入るぜ流石はX兵衛だ。
「いや、けど」
「爪とかついてないし」
「どう見ても、それ、ち〇ぽでしょ」
と、そんなX兵衛の力説をサラッと否定して、女子社員たちが冷たい視線を僕の股間へと浴びせかけてくる。そのあまりの冷たさ――電柱の下にぶちまけられたゲロでも見るかのような――に、おもわず、ぞくぞくっと体とち〇ぽが震えた。
あかん、アカン奴ですわ、これはあかん。
色んな意味で、危ないですわ。
むぅ、と、唸るX兵衛。
分からず屋の女子社員どもを前に、彼が次に取った行動は――。
「……ぴきぃ、ぴきぃ、僕、悪いち〇ぽじゃないよぉ!!」
まさかの腹話術。
手の中に挟んだち〇ぽを微妙に動かして、彼は、可愛らしい裏声で、それをやってみせたのだった。
おぉ、X兵衛。不屈の男よ。
しかし、悪いち〇ぽの対義語は良いち〇ぽ。
それでは女子社員や納得しない。
「「「やっぱち〇ぽじゃねーか!! 変態ィイィイィイィ!!!!」」」
社内に、女性社員の叫び声が木霊した。
それはそうだろう、そうなるだろうともさ。
たとえ、僕の股間のち〇ぽが良いち〇ぽだったとして、それがいったいなんだっていうんだろう。やれやれ、ふぅ、僕は〇精した。
嘘だけど。
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