第2話 父さんな、ヤ○ザの前で全裸になるんだ
Aパート
会議室での一件は、謎の変態『野獣X兵衛』により、僕が乱暴を受けかけたということで、一応、決着がついた。
本当の所は、僕を守ろうとしてくれたX兵衛。
そんな彼に罪を擦り付けることを僕は申し訳なかったけれど、あの場をなんとか収めるにはそういうことにすることしかなかった。
そして意外にも、すんなりとX兵衛は、そんな冤罪を受け入れてくれたのだった。
「あんたの事を守れるなら、俺は別にどうなったって構わねえぜ」
「……X兵衛!!」
そう言って、パトカーに乗って最寄りの警察署へと送られるX兵衛。
その寂しくも逞しい漢の背中を、急場しのぎでコンビニで調達したTシャツとパンツ姿で僕は見送ったのだった
とりあえず辛い目にあったのだから暫く休みなさい。
珍しく課長から出た優しい言葉。それに乗っかることにした僕は、それから三日間、久しく使っていなかった有給を使って、休むことにしたのだった。
「いつ、円香の奴が魔法少女に変身して、全裸になるか分からないからな」
迂闊に外を出歩くのは危険であった。
とりあえず、自宅にてパジャマ姿で布団にくるまりじっとしていれば、娘が変身したとしても、誰の目につくこともないだろう。
専業主婦で常に家に居る妻は、僕のその様子を『乱暴を受けたショックのせい』だと思い込んでくれているようだった。
そして、事あるたびに、憐れむような視線を向けてきた。
仕方ない。
こればっかりは、どうしようもないのだ。
そう自分に言い聞かせて、その境遇にしばし僕は耐えたのだった。
ちなみに、娘の円香に、魔法少女のことについて尋ねてみたが。
「はぁ、なに言ってるのお父さん? 魔法少女とか、アニメの見過ぎじゃない? 馬鹿なんじゃないの?」
割と辛辣な言葉でもって、僕の問いかけを否定してきた。
というか、そんな言い方ってないだろう。
円香。
僕の目の中に入れても痛くない、可愛い可愛い愛娘。
けれど彼女はここ最近、僕に対する当たりが強くなってきた。
中学二年生である。世に言う反抗期と呼ばれる奴だろう。
「ていうか、お父さん口臭いんだけれど? 話しかけないでくれる?」
そう言われて、強引に話を打ち切られてしまっては仕方ない。
はたして彼女が本当に魔法少女になったのか。それについては、さっぱりと分からないままなのであった。
しかし、なんの前触れもなく、僕の服が弾け飛んだのは事実。
あれは魔法や超能力、そういう不思議な力の存在なしには、説明できない現象だ。
そして、それがまたいつ起こるとも分からない状況だというのに、迂闊に社会活動を行うことなど出来る訳がない。
「こうして布団の中に居る限り、少なくとも大丈夫だ。うん、大丈夫だ……」
まるでうつ病に罹患し、自宅にひきこもるようになった中年男性の心地であった。
そんなこんなで、僕は都合二日ほど、布団の中に引きこもって生活をした。
ふと、自室のカレンダーに目が行った。
こうしている間にも、窓牧商事の社長との会談の日は近づいている。
そのことを考えると気が気ではなかった。
僕が出社していないこと、乱暴事件に巻き込まれたということは、きっと窓牧商事の方にも伝わっているはずだ。その辺りは、きっと都合はつけてくれていると思う。
けれどもこの事が、後々に尾を引かなければいいのだけれど。
なんにしても。
「魔法少女だっけ。その件について、解決しないことには、僕は迂闊に出社することもできない」
社則により、四日以上の休暇には医師の診断書が必要になる。
一応、こんなことがあった後である、言えば医師は、精神的なトラウマによるなんちゃらかんちゃらと、それらしい診断書を書いてくれるだろう。
しかし、そうなってしまうと、今度は窓牧商事との仕事が進まなくなってしまう。
一刻も早く解決しなくてはいけないのは、この身に降りかかる全裸になる呪いを、どうにかすることであった。
「とは言っても、円香はまともに話を聞いてくれないし。いったいどうしたら」
「お困りのようだなァ!!」
布団に包まっている僕の背後に突然人の気配が現れた。
何故、どうして、どうやって。そんなことを思いながら、振り返ると――。
そこには浅葱色の道着姿の隻眼の侍が、腕を組んで立っていた。
「……X兵衛!? 馬鹿な、捕まった筈では!?」
「ふっ、驚異の宇宙生命体を舐めて貰っては困る。留置所から抜け出すことなんて、訳ないってもんだぜッ!!」
留置所から抜け出して来たというのか!?
なんという奴!!
昭和の映画やドラマじゃあるまいし、そんなこと実際にするなんて……。
X兵衛、やはり只者ではないな。
それよりと言い放つと、X兵衛は僕の正面に回り込み、そのまま布団に包まった僕の肩を抱いた。また、暑苦しい涙が、片方だけの目から溢れ出る。
彼は済まない、こんなことになっちまって、と、僕にひたすら陳謝してきた。
「なんで君が謝る必要があるんだ!! 君は身を挺して、僕の社会的な地位を守ってくれたじゃないか!!」
「そうは言っても、まだお前さんの身には魔法少女の呪いがかかったままだ……。すまねえ、お前さんをこんな修羅道に巻き込んじまって!! 全て、そう全て!! 俺が九兵衛の奴を止められなかったのがいけねえんだ!!」
「その九兵衛ってのは、いったい何者なんだ!? というか、魔法少女について、詳しい話を聞かせてくれ!! 情報量が少なすぎて、僕はもう、何が何だか……」
そうだな、と、X兵衛が瞼を閉じる。
その逞しい腕で涙を拭うと、彼はその場に立ち上がる。
そして、僕を見下ろして、こう言い放った。
「場所を変えよう。誰が聞いているとも分からねえ」
「え、いや、外出はちょっと」
「大丈夫だ。魔法少女が変身するのは、夕方から夜にかけてだ。昼間は授業で変身している余裕なんかねえよ」
なるほどそれは一理ある。
円香もなんと言っても中学生だ。学校から抜け出して、魔法少女に変身するなんてことは、きっとしないだろう。そして学校の皆が見ている前で、軽率に変身するなんてこともきっとあり得ない。
魔法少女のことはよく知らない。
だが、『その能力については秘密にする』というのが、不文律として存在するのは、僕も一応ではあるが知っていた。父親に不幸のしわ寄せがくるというのは聞いたことがないが、そこは、ぶれない部分なのだろう。
まぁ、それでなくても、急に妻が部屋に入ってきて、X兵衛と鉢合わせになったら――それはそれで説明に困る。
「分かった、外に出よう」
僕は布団から抜け出すと、久しぶりにパジャマのボタンを外した。
◇ ◇ ◇ ◇
「つまり、君たちは宇宙から来た生命体で、古来から少女たちと契約して、魔法の力を与える代わりに、その代償としてお父さんに全裸になって貰って来た、と?」
「あぁ。有史以前から、脈々と続いている話だ」
「そもそも、何故、魔法少女になる必要が?」
「趣味だな。それ以上でもそれ以下でもない」
「趣味」
「魔法の力を使って、人知れず善行を成す。それに勝る快楽のあるやろうか。少女たちが魔法の力を欲するのは仕方のないこと。けど、お父さんにその皺寄せが行くって言うのを知らせず、契約するのは、どうかしてるぜぇ……って、俺は思うのさ」
「だから、僕を助けに来てくれたのか、X兵衛」
昼からやってる居酒屋。
二人掛けのテーブルに座った僕たちは、魔法少女とはなんぞや、何故、その尻拭いを、父である僕たちがしなければならないのか――とまぁ、そんな話を、枝豆を摘まみながら、生中で喉を潤しつつ繰り広げていた。
あぁ、昼前から飲むビールって、こんなに美味しいんだな。
有給休暇万歳という奴である。
まぁ、それはさておき。
「なるほど、魔法少女のシステムが、いかにろくでもないものかというのは、X兵衛の説明でよく分かった」
「分かってくれたか」
「で、止めさせるにはどうしたらいいんだ? クーリングオフとかないの?」
「ねえから性質が悪いんだよ魔法少女は。とにかく、一度なっちまったらお終いだ。後は腹を括って、どうにかこうにかやっていくしかねぇ」
やっていくしかねぇのか。
突き付けられた非常な現実に、がっくりと肩が落ちる。
そんな騙し討ちみたいな契約をしておいて、その解消ができないなんて。
消費者庁に訴えかけて、取り締まって貰いたくなる事案である。
まぁ、超常の存在に文句を言ってみたところで無意味だろうが。
現にX兵衛はこうして留置所――つまるところ警察組織を出し抜いて、この場に居る訳である。警察でも手に余る相手を、消費者庁がどうこうできる気がしなかった。
なぁに、そんなに気にすることはねえよ、と、X兵衛が僕の肩を叩く。
「魔法少女なんてハシカみたいなもんよ。そのうち、そんなことしてはしゃいでる自分を冷静に客観視するようになって、夢から覚めるみたいに変身しなくなるもんさ」
「……そういう者なの?」
「だいたい長くやっても、高校生くらいまでだな。大学生で魔法少女やってるのも一部居るけれど。成人したら、流石にもう変身することはないよ」
つまりだ。
円香が飽きるまで、僕はこの魔法少女の呪い――突然全裸になる――と付き合わなくてはならないということなのか。
きっと何かのはずみで、軽い気持ちで契約したのだろう。
すぐに飽きて、彼女は変身しなくなってくれる。
そう信じたかった。
「まぁ、そういう訳だから、暫くはお前さんの身の回りに張り付いて、全裸になっても大丈夫なように俺が全力でサポートするぜ」
「……X兵衛!! 見ず知らずの僕のために、どうしてそこまで!!」
「もとはと言えば、俺の兄貴の九兵衛が、親御さんに不幸が降りかかることを黙って契約したのが発端だ。身内のちょんぼは身内で処理するぜ」
それに、と、彼がむず痒そうに鼻を掻いた。
その時だ。
ドゴォーン!!!!
まるで、日常生活には馴染みのない、爆発音。
それと共に、居酒屋の入り口が爆発四散した。
はらりはらりと舞い散るコンクリート片。
茶色い煙の中、ゆらりとゆらりと幽鬼のように、その中から歩み出て来る者がある。
藍染の着流しに黒い帯、長ドスを手にした大男。
頭には白いハチマキと、一緒に結わえられた大きな蝋燭。
その火は、土煙の中に怪しく揺らめいていた。
しかし、なにより恐ろしいのはその顔――。
明らかに堅気ではない、阿修羅のような形相に、頬にはざっくりとした十字瑕。
白目を剥いてこちらを睨むそいつは、長ドスの鞘を捨てると、その刀身をべろりと舌でなめずったのだった。
「見つけたぜぇ、X兵衛よぉ……」
一言で形容するなら、ザ・親分。
その埒外漢は、X兵衛を睨みつけながら、狂気に満ちた笑顔を見せた。
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