Bパート

「見つけたぜぇ、X兵衛よぉ……」


 男は長ドスを握りしめて上段に構える。なんというか、僕が学生の頃に流行った、残酷無残、黄色いライダースーツでぶった斬るビルという感じだ。

 堅気じゃない。

 そんなの、今更言わなくったって明らかだった。


 しかしなによりも気になったのは、そこではない――。


「X兵衛、知り合いなのか!?」


 この埒外漢が発した言葉の方にあった。


 見つけたぜ、X兵衛とは、どういうことだ。

 彼はX兵衛を探していたということなのか。だとして、どうしてX兵衛は、彼に追われるような、そんな事態になってしまったのか。

 何をしたのか、どうして恨まれたのか。


 訳が分からないよ。


 〇クザがいきなり、昼からやってる居酒屋に、長ドス持ってカチコミしてくる事態もそうだが、この頼りになる宇宙生命体にして魔法少女のお父さんの味方――X兵衛が、目の前の漢に恨まれている事態もまた、僕のキャパをオーバーした出来事だった。


 説明してくれ、X兵衛。

 そう彼に、アルコールでいい感じにとろんとした視線を向けたその時。


「……豪一郎!!」


 おそらくその親分さんの名前だろう、それをX兵衛は苦虫を噛んだような歯切れの悪さで呟いたのだった。


 やはり、知り合いには違いないのか。

 名前を呼ばれた豪一郎親分が、ヒャッハー、と、何かキメてそうな感じの声を上げる。


「お前のおかげでよぉ、儂ァ、一昨日の総会でオヤジ・オジキの前で、股間の金棒晒して大恥よぉ。おぅ、どう落とし前付けてくれるんじゃボケェ。オジキたちから、威勢のいい見かけによらずイソギンチャクじゃのう、言われた、儂の気持ちがわかるけぇ?」


「イソギンチャク?」


「友久!! 男には、触れちゃいけない身体的な特徴があるんだ!!」


 よく分からないが、目の前の親分さんが、多くの人たちの前で恥を掻いたのは事実らしい。しかし、それがX兵衛のせいだというのが、どうして頭の中で繋がらない。


 どうやったら、股間を人前で晒すような機会があるのだろうか。

 そんなの自分から服でも脱がない限り、起こりえないだろう。

 常識的に考えて――。


 いや、待て。

 常識的ではないけれど、そうなる現象について、僕は知っている。

 というか、現在進行形でその呪いに侵されているではないか。


 まさかとは思うが、この目の前の大親分。


「奴の名前は焔豪一郎ほむらごういちろう。友久、お前の娘――円香の同級生にして、親友でもある『あけみ』ちゃんのお父さんだ!!」


「なんだって!?」


「焔あけみはベテラン魔法少女。彼女に誘われて、そして九兵衛に唆されて、お前の娘は魔法少女になっちまったんだよ」 


 そんなことがあっただなんて。

 ショックだ。実にショックすぎる。


 娘の親友、そのお父さんが――世の中で大っぴらに言えないお仕事を生業にしているだなんて、そんなことってあるだろうか。家族で交流しようにも、会った瞬間、警察から僕たち一家がマークされてしまうことになる。


 娘や息子の友達の家族揃ってバーベキューやキャンプ。

 そういうのって、人生における結構大切なイベントごとだったりするじゃない。

 なのに、娘の親友が〇クザの娘だなんて。


 近づかない、利用しない、屈しない、怯えない――そんな相手暴〇団だなんて。

 

 そんなのって、あんまりだよ。


「X兵衛!! 何をごちゃごちゃやっとんのじゃおう!! お前はワシと話しとるんと違うんかワレェ!! あぁん!?」


「落ち着け豪一郎!! あの日は、どうしても、外せぬ用事があったんだ!!」


「何が外せぬ用事じゃボケコラぁっ!! お前が言うたから、儂ァ、お前のこと信じたんじゃろうがァ!! 儂の魔羅と社会的地位は、お前が命に代えても守っちゃる――そう言うたから!! 吐いた唾飲めやオラァ!!」


 え、なに、そんな約束していた訳。

 そりゃお前、X兵衛が悪いよ。


 社会人として当然、約束したことは守るべきでしょうよ。たとえ相手が〇クザでも、そこはアンタ、ちゃんと言ったことは守らないと。

 というか、そんな調子で、僕の股間を守るという約束も反故にされたら、こっちもたまったもんじゃないっての。一度守ると言った手前は、ちゃんと守って頂かないと。こっちも社会的な命がかかっている訳なんだから。


 けどそうか、一昨日か。

 いやはや、僕が初めて全裸になった日に、この人も全裸になっていたなんて。

 世の中奇妙な縁というのもあったものだな――。


 いや、違うだろ。

 なにアルコールに負けて、大変ですねぇ、みたいな感じで流そうとしているんだ。


 さっき、X兵衛が言っていたじゃないか。

 彼の娘――あけみちゃんが、僕の娘の円香を唆して、魔法少女にしたって。


 その外せない用事ってのはじゃないのか。


「X兵衛、もしかして」


「……しかたなかったんだ。堅気じゃない豪一郎に対して、お前はただのサラリーマン。豚箱にぶち込まれ馴れている豪一郎より、お前を守ることを俺は優先した」


「……X兵衛!!」


 そこまで僕のことを心配してくれるのは素直に嬉しい。

 嬉しいけれど、それでこんな厄介事に巻き込まれるなら――それはありがた迷惑というものである。


「オラァっ!! お前等出て来いやァっ!! パーティーピーポォッ!! 楽しい楽しい、キリングタイムの始まりじゃぁ!!」


 ヒャッハー!!

 世紀末でないとなかなか耳にすることがなさそうな、雄たけびをあげて、豪一郎さんの後ろに、明らかに堅気じゃない連中がぞろぞろと姿を現した。


 皆してそんな、黒スーツに肩パットなんか入れちゃって、もう。

 世紀末なのか、賭博黙示録なのか、どっちかにしてくれよ本当という気分だ。


 なんにしても、凄い気合の入りようである。

 全力で、X兵衛を殺す、と、そういう気迫が全身から感じられる。


 流石にこれにはX兵衛も臆するかと思ったが。

 彼はその隻眼を吊り上げてカウンターから立ち上がると、腰に差している刀の柄に手をかけて、その筋の方々に負けじと劣らぬ裂帛の気を放って見せた。


 たまらず、ヒャッハーたちが息を呑んで、一歩、後ろへとさがる。

 同時に、僕はピッチャーから、生ビールを自分のグラスに補充する。


 ばっきゃろう、こんな地獄、酒でも飲んでないとやってられるかってんだ。


 畜生、殺すなら殺せよこんちくしょう。

 僕はもう腹くくったぞ。


 どうせお前、生きてたって、娘が魔法少女になるたびに、全裸になるかもしれないんだ。社会的に死ぬのも、物理的に死ぬのも大差ないっての、ハッハーン。


 そんなことを思って、僕がグラスに口をつけた。

 その時であった――。


「……なんだと!? この気配は!!」


 X兵衛が、突然神妙な顔をしたかと思うと、すぐに刀を放り出した。

 どうしたのだろう、今、まさに、本職さんたちと、やりあおうとしていたというのに。


 なぁんて、思っていた、僕のお気に入りのジーンズと春モノのセーターが爆発四散!!

 更に、X兵衛に向かって、往生せぇや、と、斬りかかっていた豪一郎さんの流し着も、無残に破裂して飛び散っていた。


 あぁ、風に舞う、藍染の布切れに、栗色をした毛糸たち。

 それに合わせて、くるっぽーくるっぽーと、昼から飲める居酒屋の、鳩時計が、正午をお知らせして鳴き狂った。


「X兵衛これはいったい!? 学校のある時間は、娘たちは変身しないんじゃ!!」


「……迂闊だったぜ、俺としたことが、すっかりと計算に入れるのを忘れていた!?」


「まさか!!」


「……あぁ、、って奴だァ!! ちくしょう、こんな真昼間から、魔法少女に変身するなんて!! 予想外だァ!! お前の娘も、豪一郎の娘も、すげぇ魔法少女だぜ!!」


 そんなことで娘を褒められても、困る。

 というか、褒められることでもないだろう。

 昼休みに、こっそりと魔法少女になるなんて。


 せめて放課後になるまで、魔法少女になるのは我慢してくれよ、円香。

 というか、ほぼ同時に衣服が爆発四散した辺り、よっぽど仲いいのね、うちの娘と、豪一郎さんところの娘さん。


 なんにしても。


 昼から飲める居酒屋で、靴を残して裸ん坊。

 四月の、少し冷たい風が、股間をぶるり揺らしてくれる。


 前を見れば、見事なモンモン、背中に阿修羅の刺青を背負った親分さんが、刀を振り上げたまま、目を丸くしてその場に静止していた。

 彼もまた、ここで自分が全裸になるなど、思いもしていなかったのだろう。


 風に――なるほどイソギンチャクが、そよりそよりと海藻と一緒に揺れていた。

 そりゃそんなん見られたら、X兵衛の奴を殺そうとか、そんな物騒なこと考えますわ。


「と、冷静になっている場合じゃない、X兵衛!!」


「分かっているゥ!! まったく今日はとんだ厄日だぜェ!! 一度に二人の股間を守らなくっちゃ、行けねぇなんてよォ!! けど、俺も野獣珍陰流の男よォ!! やってやらァな!!」


 すっと、X兵衛が両手を伸ばして僕の股間を隠す。

 と、同時に、右足を伸ばして、豪一郎さんの股間をその足で隠す。

 一本足でその場に立ち、目いっぱい、手と足を伸ばして野獣X兵衛は叫んだ。


野獣珍陰やじゅうちんかげ流奥義!! 苦々露憐クックロビン!!」


 ぱぱんがぱん。

 僕の股間の前から手を引いて二つの脚で立つと、手を叩くX兵衛。そうして、今度は足を入れ替えて、左足を豪一郎さんの方へと突き出すのであった。


 誰が殺した、お父さんクック・ロビン


 マザーグースのワンフレーズが、頭の中に爛漫咲き乱れる中、僕と豪一郎さんは視線を交わした。


「お前ェ、まさか……」


「えぇ、僕も、貴方と同じ業を背負う者です。X兵衛は、僕を守る為に、あの日、貴方の前から姿を消していたんです」


「X兵衛!! お前、それならそうと早く言いやがれェ!! 大事なことだろうが!!」


「……ふっ、男に言葉は不要であろう」


 ぱぱんがぱん。


 また、手を叩いて、足を入れ替えるX兵衛。

 流石に二人同時に股間を隠さないといけないとなると、隙が多くなってしまうのは仕方ないか。


 親父さん、親父さぁん、と、彼の舎弟たちが駆け寄って来る中、全裸のまま、豪一郎さんはそっと僕にその阿修羅が描かれた背中を向けたのだった。


「……堅気の人に迷惑かけねえのが任侠道よ。X兵衛、そういう事情なら、今日の所は見逃しといてやらァ」


「……豪一郎ォ!!」


「しっかり、その兄ちゃんを守ってやんなァ……。行くぞお前等ァ!!」


 彼が一喝すると、それまで騒がしかったヒャッハー連中が急に静まり返る。

 まるで素面に戻ったように、平然とした顔になった黒服肩パットの一団。彼らは、すぐに全裸の親分を取り囲むと、爆破した店の入り口から、ぞろぞろと出て行くのだった。


 あの調子で、彼らは事務所まで戻るのだろうか。


「……大変だなぁ」


 まるで他人事のように呟きながら、僕はまた、ピッチャーからグラスに酒を注いだ。

 全裸、飲まずにはいられない。

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