第15話 甘く、苦く
お菓子屋さんに入るとドアについていたベルが鳴り、シナモンや蜂蜜の甘いがして既にヨダレが出そうです…
商品棚にはカットされたアップルパイをはじめ、オレンジパイやチェリーパイなども置いてあります。
「いらっしゃい、何か買っていくかい?」
ちょっと太っていて、エプロンを着たおばちゃんが店の奥から出てきました。
これは絶対に美味しいです。
「はい、このアプルパイを一切れと、ストロベリーパイを―」
私がそう言い終わる前に勢いよくドアが開き、そこには―
「なにやってんのミラァ!離れるなって言ったでしょうが!」
店内であるにも関わらず怒鳴り散らすリオル。
「店内で騒がないでください…それにしてもよくここが分かりましたね」
「トレラがこの店からあんたの匂いがする匂いがするって言ってたのよ。ほら、トレラがどこかに行く前にさっさと買い物済ませて温泉入るわよ」
私はお金を払い、パイを箱に入れてもらってお店を出ると、外で待っているはずのトレラさんはいませんでした。
「あれ?ここで待っているのではなかったのですか?」
「あいつ…!何かやらかさないうちに探し出すわよ!」
「はい!では私はこっちを―」
「私から離れない!」
「はい…」
こうして私達がお店を回りながら探していると、長椅子に座っているトレラさんがいました。
「おお、お前さんら。探したぞ」
「探したのはこっちのほうよ!さっき待ってろって言ってたのにどうしてあんたは…」
「そんなことより早く温泉行くぞ、説教は嫌いなんでな」
そう言ってトレラさんは立ち上がり、歩き始めてしまいました。
一方、話を切られたリオルは握りこぶしを震わせています…
温泉施設まで行くと、受付の方に案内され、私とリオルは女湯へ、トレラさんは男湯へと別れ、更衣室へと向かいました。
「大きな更衣室ですねー」
「そうね…個室がないことが残念だけど…」
「なぜ個室が必要なのですか?男の人がいるわけでもないのですし」
「そういう問題じゃないのよ…同性でも人前で裸を晒すのって恥ずかしいのよ…」
「じゃあ何故温泉に来たのですか…」
私はうだうだ言っているリオルを脱がし、タオルを巻いて浴場への扉を開けると、そこにはとても大きな、大浴場が広がっていました。
私達の他にも人は多く、賑やかです。
「おぉ~!凄いですねー!」
「そうね、家のお風呂の数百倍くらい広いんじゃないかしら?」
「じゃあ早速浸かりましょう!」
「バカ!最初に体洗いなさい!だから家のお風呂も汚れるのが早いのよ!」
渋々体を洗い、やっと温泉に入ると、ここまでの疲れが一気に吹き飛ぶかのように気持ちがいいです。
「はぁ~いいですね~」
「そうねー、ここまで歩いてきた甲斐があるってものよね…あいつは大丈夫なのかしら?」
「トレラさんならきっと大丈夫ですよ、多分ですけど」
「そうだといいんだけど…さ、上がりましょうか」
「もうですか!?もうちょっと浸かっていましょうよ!」
「いや…のぼせてきてるからこのままじゃ倒れるから…」
顔がリンゴのように赤いリオル。
そういえばいつもリオルはお風呂上がるの早かったですね…
私達は更衣室に行き、体を拭いて着替え、外に行き、長椅子でのぼせかけたリオルに膝枕をして休みました。
「悪いわね…あー、まだクラクラする…」
「いいんですよ、…っと寝ちゃいましたね」
私もそのまま居眠りをしてしまい、気が付くとリオルのおでこに私の唇があたっていました。
私は焦って起き上がり、リオルの様子を見ましたが、まだ寝ています。
「よ、よかった…」
「何がだ?」
いつから居たのか目の前にトレラさんが。
「うわっ!ビックリしたじゃないですか…」
「仕方ないだろう、気持ちよさそうに寝ていたから起こすわけにもいかなかったからな」
「私…どれくらい寝ていました?」
「知らん。俺もここに来てそう経たんからな」
空を見るとまだ明るいのでそう長くは眠っていなかったようです。
ですが膝が痺れているのでそろそろ起こさなければいけませんね。
「リオル、そろそろ起きてください」
「う…ママ…行っちゃダメ…パパも…」
「悪夢でも見ているのかこの娘、この様子だと大分親に甘えているようだな」
「いえ…甘えられなかったはずです、だって…あれ?何故私はこんなことを覚えて…あれ?」
何故リオルは両親のことを忘れているはずなのに…
でも何故私はそれを?
たしか私は…
「おい、大丈夫か!?顔が真っ青だぞ!」
思い出せません。
私が何かをして…?
私がリオルに…何かを?
その何かとは?
「あ…あああああ!」
「ちっ!悪く思うなよ!」
私の意識は突然絶たれ、目の前が真っ暗になりました。
そして暗闇の奥から何かが歩いてきます。
髪が長く、黒いワンピースを着た少女の人が私に向かって。
「思い出しかけているんだね。あの日のことを」
「遠く、辛かったあの日のことを」
「消してしまったあの日のことを」
「思い出したいのであればわたしが思い出させてあげる」
「ただし思い出してしまえばこの先あなたは必ず辛い思いをする」
「ともに暮らしてきた楽しい思い出が偽りになる」
「それでも…思い出すの?」
涙を流して話すその言葉はとても重く、氷のように冷たいものです。
ですが私は…
「思い出させてください。たとえその記憶がどんなに辛くても、どんなに悲しくても、それが事実なら私は思い出さなくてはいけないのです。それに、リオルやセーラさん達とともに戦い、笑って過ごした日は一日たりとも嘘偽りのないものです。ね?『わたし』」
私がそう言うと『わたし』は私を抱きしめました。
「やっぱり…私はそう言うんだね、うん、分かってた。だって私だもん。なら思い出させてあげる」
『わたし』が私の中に溶け込むと様々な記憶が頭の中に飛び交い、私は全てを思い出しました。
私がリオルの記憶を消したこと。
私が戦争を起こしてリオルの両親を戦争に行かせたことを。
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