美風さんと赤城山!?

 翌週末。

 俺は再び、『上を向いて登ろう』を訪れた。気になっているオプションを試すためだ。

 今回はちゃんと登山の格好をして、ザックも背負って来た。やはり、本物と同じくらいの重量を背負わないとトレーニングにはなりそうもない。妻にも「登山」と伝えてある。


「今日はバーチャルサポーターをお願いします。チケットは、一枚の追加でいいんですよね?」

 今回も美風さんが対応してくれた。俺は彼女にチケットを二枚差し出す。

「はい。一時間のご利用でしたらチケット二枚でOKですよ」

 美風さんは、今日もやっぱり登山風のファッションだった。バーチャルとはいえ、こんな美風さんと一緒に登れると思うとドキドキする。

「今日はどの山にされますか?」

「前回と同じ赤城山でお願いします」

 俺は比較してみたかった。バーチャルサポーターがいる時といない時で、どれほど感覚が異なるのかを。

「了解しました。それでは黒檜山登山口スタートで設定いたします」

 さあ、美風さんはどんな服装で現れるんだろう。

 やっぱり今日のような、チェック柄のシャツにカーキ色のストレッチパンツかな?

 もしかしたら、もう少しセクシーな格好だったりして。

 そんな妄想に浸っていたら、美風さんの声が聞こえてくる。

「バーチャルサポーターのペースはどうされますか?」

 ペースって?

 もしかして登山のスピードのことなのか?

「それってどんな設定ができるんですか?」

 逆に俺は訊いてみる。

「基本設定は、会員様と同じペースとなります。その他にも少し速くしたり、逆に遅くしたりすることもできますよ。百名山一筆書きをする方のような超ハイペースっていうのもありますけど」

 ほお、美風さんとのんびり登山を楽しむというのも悪くない。

 ていうか、超ハイペースって何だよ。某放送局のカメラマンの気持ちを味わえってか?

 まあ今回は初めてだから、自分と同じペースにしておくか。

「じゃあ、基本設定でお願いします」

「わかりました。前回の登山のデータを基にして、丘田様に最も適したペースで登るように設定しておきますね」

 そいつは助かる。

 バーチャル画面に理想的なペースメーカーが現れるなんて、地味にすごいことかもしれない。

「それではクライミングマシンの前にお立ち下さい」

 俺がマシンの前に立つと、いつものように美風さんがゴーグルを掛けてくれた。

 手すりを握って最終設定が終わると、画面が登山口の風景に切り替わる。すると、目の前では、登山ファッションに身を包んだ美風さんが準備運動を終えてこちらを振り向くところだった。その格好は、今日の美風さんとほとんど一緒だ。

 そして、俺に向かってニコリと微笑む。

「さあ、一緒に登りましょ!」

 うわぁ、これはイイ。最高にイイ!

 バーチャルとはいえ、サポーターがいるといないとではモチベーションにかなりの差が生まれることを俺は知る。


 俺は美風さんの後ろについて、登山道を登り始める。確かにペースは速くもなく、遅くもなく、自分にピッタリだ。

 それにしても、ペースメーカーがいるというのは、こんなにも心強いものなのかと思う。一人で登っている時は、まだ着かないのかとか、苦しくなってきたとか、どうしてもネガティブなことばかり考えてしまう。今は、美風さんの後をしっかりとついて行くことだけを考えれば良い。

 猫岩のような景色の良いところでは、美風さんは立ち止まってちゃんと休憩を入れてくれる。光る汗を拭く美風さんも可愛らしい。「はい、お茶です」と差し入れをしてくれれば最高だが、さすがにバーチャル登山ではそれは無理だ。

 休憩が終わると、また美風さんの後ろについて黙々と登る。だんだん慣れてくると、たまには何か話をしてくれればいいのにと思うようになった。しかしバーチャルな美風さんは黙々と黒檜山への急坂を登っていくだけだった。

 仕方がないので、俺は美風さんの後ろ姿ばかり見るようになる。これまた仕方がないことなのだが、黒檜山への岩塊尾根は傾斜が急なので、美風さんのお尻が俺の目の前に迫ることが多い。

 ——ストレッチ性の高いロングパンツに包まれた形の良い美風さんのお尻。

 それをずっと追いかけることができるというのは、別の意味で興味深い体験だった。

 結局俺は、美風さんのお尻を眺めているうちに、山頂に到着してしまった。


「いかがでしたか?」

 クライミングマシンを降りると、美風さんがゴーグルを外してくれる。

 いつものように感想を尋ねてくる美風さんだったが、今回はなんだか恥ずかしくて彼女の顔を見ることができない。素敵なお尻でした、なんて言うこともできないし。

 だから俺は、違う言葉を並べてなんとか誤魔化した。

「ペースを作ってくれるのはとてもいいんですが、黙々と登るのはちょっと物足りないというか、なんというか……」

 登山中に何か話をしてくれれば、お尻ばかりに気をとられるということも少なくなるだろう。

 すると美風さんはニコリと笑ってこう言った。

「実は、そういうオプションもあるんです。チケットを一枚追加していただくと、その山の景色や花や地質の解説を聞きながら登ることもできます。その他にも、その地域の歴史や昔話、民間伝承の朗読というプランもありますよ。今はまだ実装されていませんが、ミュージカル風に唄を歌いながら登るというサービスも準備中です」

 いやいや、山に来てまで歌はないだろう。ドレミの歌じゃあるまいし。

 でも花や地質を解説してくれるのは助かる。昔話を聞きながら登るというもの面白そうだ。

「では、今度はそういうオプションも試してみます」

 

 次週からは、俺はいろいろなオプションを試してみた。

 花や地質の解説は、本当にためになった。周囲の木々や花や岩石に目を配るようになって、お尻ばかり見ていることも少なくなったし。

 美風さんのペースを上げることもやってみた。あのお尻に追いつこうと思うと、少し速いペースでも登れることがわかった。が、さすがに超ハイペースはダメだった。ぴょんぴょんと岩塊尾根を登っていく美風さんに「遅いなぁ。もっと頑張ってよ」と言われた時は、登山とは別な感動を覚えたけど。

 そうこうしているうちに、あっという間に俺は、サービスのチケット十枚を使い切ってしまった。

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