都会で山登り体験?

「都会で山登り体験、してみませんかぁ~?」

 そんな呼びかけに反応してしまったのが三ヶ月前。

 ビラを配っている女性が可愛かったことも一理あるが、紙面に書かれている『最新のクライミングマシンでバーチャル登山が楽しめます』という文句に心を奪われてしまったことも事実。早速俺は、その店を訪れた。


 ——バーチャルクライミングクラブ『上を向いて登ろう』


 外から見える店内は、登山グッズが並ぶアウトドアショップという感じだ。クライミングクラブにはとても見えないが、その方が店内には入りやすい。俺はビラを片手に自動ドアの前に立った。


「いらっしゃいませ!」

 ドアが開くと一人の女性が近づいてくる。俺が手にするビラに気付いたのだろう。にこやかな笑顔で俺の興味のど真ん中を突いてきた。

「クライミングマシンにご興味がお有りですか?」

 まあ、当然だろう。俺は、ビラのクライミングマシンの写真を親指で抑えるように握りしめていたのだから。

「ああ」

 こちらの意向をわざわざ説明しなくてよいのは助かる。

「それでは、どうぞ、実物をご覧になって下さい。こちらです」

 促されるように店内に一歩踏み入れる。きっと、オープンしたばかりなのだろう。店内は清潔で明るかった。


 店員の後についてグッズ売り場の奥に行くと、ビラの写真と同じマシンが鎮座していた。俺は、そのマシンの大きさに圧倒される。

 幅は六十センチくらい、奥行きは二メートルくらい、高さに至っては一メートルくらいはあるだろうか。ランニングマシンのベルトの部分が、立体的なエスカレーターになっているという感じだ。そこは五段くらいの階段になっていて、両側に手すりが付けられていた。

「登ってみますか?」

「いいんですか?」

 とりあえず、俺は店員に訊いてみる。

 このマシンが目当てで来たのだから、試さずに帰るという選択肢は無いのだが。

「どうぞ、どうぞ。これはそのためのマシンですから」

 店員に促されるように、とりあえず俺はマシンの手すりを掴んでみる。間近で階段の部分を観察すると、全体が黒いゴムラバーに覆われており、エスカレーターのような硬いイメージはない。

「これ、土足でもいいんですか?」

「ええ、構いませんよ。ここのマシンは、登山靴の試し履き用ですから」

 周囲を見渡すと、壁の棚にはびっしりと登山靴が陳列されていた。登山靴を買いに来たお客さんが、このマシンを登ってみて靴の履き心地や登り易さなどを試すのだろう。

 俺は意を決し、クライミングマシンの一段目に足をかけた。

 見た目通り、足裏の感触はそんなには硬くない。といっても、柔らかすぎるということもない。そして体重を一段目に乗せた足に移動する。しっかりと一段目を登ったという感覚だ。

 さらに二段目に足をかける――と、マシンに変化が起きた。ウィーンと小さく機械音がし始めたのだ。

 何だろうと足元を見ると、階段部分が下りエスカレーターのようにゆっくりと下がっている。

 そうか、こういう仕組みなら、何段でも登り続けることができる。

 俺は三段目、四段目と登ってみた。すると、登る速度に合わせて階段部分が下に動く。違和感がないのは、手すりの持ち手部分も同期して動いているからだろう。そして登るのを止めるとマシンの動きも止まった。

「いかがです? 意外と快適でしょう」

 確かにこれは上手く作られている。

 ただの下りエスカレーターであれば、歩みを止めた時にも下方へ動き続けるだろう。しかしこのマシンは、歩みに合せて階段の動きがコントロールされている。これなら自分のペースで登ったり休んだりすることができそうだ。

 しかしここで俺は、あることを疑問に思う。


 ——最新のクライミングマシンでバーチャル登山が楽しめます。


 ビラにはこう書かれていた。確かにこのマシンは最新型なのだろう。しかし、これでは登るだけだ。バーチャル登山をうたうのなら、下りや平坦な道にも対応していなくてはならないはず。

 だから俺は訊いてみた。

「あの、さっきのビラにはバーチャル登山ができるって書いてあったんですけど……」

 すると店員は、待ってましたと言わんばかりの笑顔を浮かべた。

「その通りです。ぜひ体験してみて下さい、当クラブ自慢のバーチャル登山を! 隣にレクチャールームがありますから」

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