上を向いて登ろう

つとむュー

プロローグ

「雨具、水筒、帽子、地図に懐中電灯。すべてチェックよし。忘れ物はないよな……」

 土曜日の午前九時。陽はすでに高い。

 廊下に荷物を並べながら、念のために俺はザックの中身を確認する。大丈夫、問題はなさそうだ。

「ふわぁぁぁ、今回も早いわね……」

 ゴソゴソと音がうるさかったのだろう。目をこすりながら妻が寝室から顔を出してきた。

 早いったって、もう九時だぜ。毎週毎週、何時まで寝てるんだよ。

「それで? 今日はどこに登るの?」

「赤城山だよ」


 ——赤城山。

 群馬県の中央部に位置する、最高標高が一八二八メートルの山だ。


「赤城山って、あれ? 先月も登らなかったっけ?」

「あそこの景色は最高だからね。何度登ってもいいものだよ」

 赤城山は日本百名山にも選ばれている。選者の深田久弥がプレイ・グラウンドと称するように、最高峰の黒檜山をはじめとして地蔵岳、鈴ヶ岳など、登るピークに事欠かない。そのことを妻に言ってもにわかには分からないと思い、景色の一言で片付けてしまった。

「へぇ~」

「お前も来るか?」

「嫌よ、山登りなんて。疲れるだけじゃない」

 いつもと同じ反応。だから期待なんかしてはいない。

 子供達は子供達で、週末は部活で忙しい。だから登山はいつも単独行だ。

「それじゃ、行ってくるよ」

「運転気をつけてね。無理しないでよね、年なんだから」

 年と行ってもまだ五十才だ。定年まではまだ十年以上もある。

 それに定年で時間が自由になったとしても、山に登れるだけの体力があるとは限らない。だから今のうちに、週一の山登りをこなして体を鍛えておくのだ。

「分かってるよ。無理なんてしないから」

 そう、最近の俺は無理はしない。

 無理をしなくても良い場所を見つけたから――

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