第6話 - いつもスヤスヤ夢羊
「これはまた……大変なことになっちゃってますねぇ」
その光景を見たカエデは呟く。
オレたちの目前に広がるのは、広大な丘のド真ん中に巨大なクレーターを創り上げた『星の欠片』を中心に、宙に浮かぶ大量の白いモコモコを、黒よりの灰色の体毛をした狼群れが追い回している光景であった。
「なんだアレ? あの白いモコモコも魔獣なのか?」
フラフラと地上1~2メートルの高さを浮遊するモコモコの綿毛に、狼の群れがピョンピョンと跳ね回りながら懸命に喰らいつこうとしている。
モコモコは見るからに狼に襲われているが、逃げようとしているようにも見えず、遠目から見たら綿毛が浮かんでいるだけのようにも見え、生き物なのかどうかもわからない程であった。
「あれは
そう言うと、カエデはローブをバサッと翻す。
「これでも"元・宮廷魔術師"だって実力を証明しましょう! カエデさんは下がっていていいですよっ!」
カエデの周囲に氷の槍が浮かび上がる。それも1本や2本ではない。十数本の氷の槍が宙に浮かぶ魔法陣から出現し、フォレストウルフの群れに向けて狙いを定める。その様は瑠璃のやっていたゲームで見た"ゲートオブなんちゃら"のようだ。
「穿てッ! "
ゴウウゥッッッッッッッッ!!!!
カッコイイポーズとともにセリフを決めると、大量の"氷の槍"は物凄い速さで、幾度か軌道を変えながら飛んでいく。
何頭かのウルフは迫る脅威に気付いたものの、不意を突いて撃ち込まれたソレを避けることは叶わなかった。
「「「ギャンッッッ!!!!」」」
ガガガッ!! っと、氷の槍はウルフたちの胴体を一本ずつ精密に貫く。
心臓を貫かれたウルフたちはビクビクと痙攣し、そして動かなくなった。
「おぉ~、見事なもんだ」
「でしょう? これが天才魔道士の実力ですよ!」
複数の魔術を無詠唱で同時に発動してみせたのは多分スゴイと思うのだが、ぶっちゃけオレには魔術のスゴさはよくわからなかったので、テキトーに褒めておく。
残ったウルフたちは蜘蛛の子を散らすように逃げていき、そこには十数頭のウルフの死骸と、フワフワと浮かぶドリームシープと呼ばれた魔獣だけが残った。
ドリームシープ達は呑気なもので、さっきまで自分達を襲っていたウルフ達が死屍累々の惨状を呈していても、相変わらずフヨフヨと漂うだけだ。
「それでは行きましょうか。ドリームシープは温厚で無害な魔獣ですが、脅かしたりはしないでくださいね?」
「ああ、わかった」
そう言ってオレの手を引くカエデに、恐る恐るオレは付いていった。
ドリームシープたちはオレたちが近づいても逃げ出さず、相変わらずフワフワと浮かび続けるだけであった。それはまるで、オレたちの様子に気が付いていないようである。
それについて聞いてみると、ニャンジローは「ドリームシープも知らないたぁ、随分と都会っ子なんだニャ」と言いつつも、意外な解答が帰ってきた。
「ドリームシープは実際にウチらのことに気付いてないニャ。ヤツらは"夢見る羊"の名前の通り、ずっと寝たまま浮いてるのニャ」
「カナタさん、ドリームシープに"鑑定眼"を使ってみては?」
「お、おう」
カエデに促されるままにオレは一頭のドリームシープを見つめ『鑑定眼』を使用する。
『鑑定眼』は女神の加護の儀式で付与された、新人勇者スターターキットに含まれていたスキルの1つだ。効果は『鑑定』スキルと似ているのだが、少しだけ違う点がある。
まず1つは、鑑定眼は見つめるだけで鑑定ができること。鑑定スキルは直接触れないとダメらしい。
そしてもう一つは魔力を消費しないことだ。そもそも鑑定の魔力消費は微々たるものらしいが、素の
オレは眼に意識を集中させる。
するとステータスカードの時のようにじわりとステータスが宙に浮かび上がって見えた。
○○○
名前: なし
種族: 魔獣・
HP :E
MP :D
ATK :F
MAT :F
DEF :D
MDE :D
AGE :F
LUK :D
『
『浮遊』 : 魔力を消費して宙に浮かぶ。
スキル
『幻影魔法 Lv2』 : 幻影魔法を扱う。
○○○
なるほど。野生の魔獣の能力はこうやって見られるのか。ちなみに
「この『
「そうです! なぜ寝続けているのかは魔物研究会の永遠の議題の一つですので「そういう生き物だ」としか説明出来ないのですが、彼らは眠っていても敵意を感知し、幻影魔法を使って敵をやり過ごします。なので敵意の無い相手には気付かないんですよね」
カエデは近くに浮かんでいたドリームシープの頭を優しく撫でようとする。
「ほら、こうして優しく撫でてやればドリームシープも……」
そう言って触れた途端、『
手を差し出した体勢のまま固まるカエデに、思わず「プッ」と吹き出して笑ってしまった。
◇◇◇
「おかしいです……。なんで私だけ……」
フォレストウルフ討伐で取り戻した威厳をドリームシープに台無しにされたカエデは、すっかり意気消沈してブツブツと言っている。
あんまり放っておいても進まないので、ここは話を変えることにした。
「ところで、コイツらと『星の欠片』にどんな関係があるんだ?」
そう聞くと、ハッと我に帰った
「え、えっとですね。これまた詳しい理由は解明されていないのですが、どうやら『星の欠片』から発せられる魔素をドリームシープが非常に好むらしいんですよ。それでこんなふうに、何処からかドリームシープたちが集まって来るんですね」
カエデは握り拳をつくった右手をドリームシープに見立て、フォレストウルフに見立てた左手で喰らいつくようなジェスチャーをしながら説明を続ける。
「ドリームシープ自体は危険性の無い魔獣なので問題ないのですが、それを獲物とする肉食の魔獣が集まってしまうのが『星降り』の問題点なんです。ドリームシープは幻影魔法さえ避ければ、肉食魔獣にとっては動きが鈍くて狩りやすく、数もやたらと多くて肉が美味な絶好の獲物なので……ジュルリ」
美味って。そんな邪な心を読まれて逃げられたんじゃねぇか! そりゃ逃げるわ!
「フォレストウルフは危険度D。人も襲う魔獣だから、オレっちみたいな非戦闘職はこうして駆除して貰わなきゃなのニャ」
なるほど。『星の欠片』に群がるドリームシープに、またウルフも集まるということか。
危険も無く簡単に狩れるドリームシープは、ウルフに限らず肉食魔獣たちの絶好の獲物となりうる。
きっと放っておけば、更に狼以外にも様々な獰猛な魔獣が集まってくるだろう。その前に手早く『星の欠片』を撤去しなければならないんだな。
そうこう話しているうちに、ウルフ達の死骸を避けながら、ようやく大きなクレーターの中心に到着した。
目的の物は墜落の衝撃で崩れた土を被っていたので、ニャンジローの持ってきたスコップを使って周りの土を取り除いていく。そうして『星の欠片』は姿を現した……のだが。
「これ……隕石じゃねーか!」
魔素の結晶体のような物だという説明を聞いていたので、オレは色鮮やかに輝く宝石のような物を想像して期待していたのだが、そんな期待を裏切るかのようにオレの目の前に現れたその物体は、色とりどりの小石を含んだ黒色の岩石……まぁつまり、隕石であった。
「インセキ……? カナタ様は『星の欠片』の正体をご存知なのですか!?」
「あ~、そうか。世界観の違いだなぁ……」
地球であれば、空から石が降ってくれば「宇宙から落ちてきた」という発想が自然と生まれたであろう。何故ならそれ以外の方法が考えられないからだ。
だが、この世界は地球とは違う。なんでも空を飛ぶ超巨大な鯨の様な龍『
そんなオレにとってはデタラメな存在がこちらでは存在してしまうため、「宇宙から落ちてくる」という正しい説が他の説に塗り替えられてしまったのだろうか……。いや、そもそも宇宙空間という概念がこの世界に存在しているのか?
って、そんなことはどうでもいいよ!
「それよりも『生命の
「そんなことって……、魔獣学分野の大発見かもしれないというのに……」
呆れた顔をしながらも、カエデは素直に隕石の処理をしていく。
そこそこ質量のある隕石の処理などどうするのだろう? と思っていたら、"
そして数分後、隕石の中心から空色に輝く宝石を取り出してみせた。
「ふぅ、これで処理は終了です。これが『星の欠片』の核である魔石です。ドリームシープを引き寄せる魔素はここから発しているので、これさえ回収してしまえばもう大丈夫ですよ! 残骸は鉱石として利用出来ますが、今回は運搬が面倒なので埋めてしまえばいいでしょう」
土魔法の使えない私には、鉱石を使うことなんて出来ませんけどね! と笑ってカエデは言った。
余計なこと言わんでいいのに。残念な娘を見るようにジトっとした目線を向けると、うぐぅ、とたじろいだ。
何はともあれ、やっとオレのヒミツのスキル『
初めて生み出す従魔はどんな魔獣になるんだろう.....。
未知なる出会いに、オレは心を躍らせていた。
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