第5話 - ここはミズホ なにもないまち
ハヤテへの謁見から三日後。
荷造りなどの準備に一日を費やし、三日間の馬車の旅の末に辿り着いたのは、王都から東の方角にある自然と水の街『ミズホ』であった。
このオーエド国には、大きく分けて5つの地域と都市が存在している。
1つ目は中央地区に存在する王都『コウヅキ』。オレが召喚されたオーエド国の首都であり、最も人口も多い。位置的にも経済的にも国の中心となっている大都市だ。
首都だけあり、王城を始めとした国の重用機関が集中し、人口もとても多い。初代勇者ツバサ・ハツヅキの残した和風文化が最も色強く感じられる街てもある。
2つ目は西部地区。アースの中では、人族の国オーエドと並んで最大級の規模と人口を抱える獣人の国ガルハルトとの国境を有する。『サカエ』は国内最大の貿易都市であり、王都を除けば国内最大の都市であることは間違いない。
3つ目は南部地区。一年を通して温暖な気候が特徴で過ごしやすく、遠浅のコバルトブルーの海が魅力的。『キリシマ』の街は国内最大のリゾート地として開発されており、人族に限らず多くの観光客が集まる。
4つ目は北部地区。険しい山脈が連なり、冬季には雪も降る。強力な魔獣も生息することから未開の地が多い。強さを求めるハンターや冒険者が多く集い、『ヤクモ』の街は冒険者の街として北部地区最大の賑わいをみせる。
そして5つ目が東の都市『ミズホ』である。
ミズホがある東部地区は、豊かな自然が広がる平和でのんびりとした地域だ。最東部のエルフの国との国境付近には大きな湖があり、そこから流れる川が水の恵みを与えている。広大な土地を活かした農業が盛んで、一部海岸地域では漁業も行われているらしい。
……っとまぁ、つまり簡単に言えば、ミズホ地方はド田舎なのだ!
街の風景は現代でいう時代村のような感じで、いかにも江戸時代っぽい趣ある長屋が大通りに面して建ち並び、それぞれが雑貨屋だったり、軽食屋なんかを開いて賑わいを見せている。
東部地区最大の街だけあって活気はあるのだが、建物がどれも平屋ばかりで、王都には多少あったような背の高い西洋風の建物が全くない。
この街で一番大きな建物である役場も、函館市五稜郭史跡のド真ん中にある箱館奉行所のような、立派な造りの平屋である。オレとしては雰囲気があってむしろ好きだが、どうしても田舎っぽいと思えてしまうのは否めない。
そんな
◇◇◇
「……さて、どうしようか」
「……どうしましょうか」
ミズホの街の役場前で馬車から降ろされたオレ達は、お互いに顔を見合わせながら途方にくれてしまっていた。
オレたちがこのミズホの街に送られたのには二つ理由がある。
1つはオレが謁見の場で言った「やっぱりオレには牧場生活が似合ってるかな~なんて」というセリフを拾った国王ハヤテが、「農業といえばこの街だ」と半ば強制的に薦めてきたからだ。
広大な農地と豊かな自然を有する東部地区は、確かに農業にはもってこいと言えるだろう。
そしてもう一つは、序とばかりに「東部地区を発展させよ」との指令を頂いてしまったからだ。
他の地区の街といえば、西部なら商業都市、南部ならリゾート地、北部なら冒険者と修行の街と、それぞれ特色を持った大都市として発展している。
それなのに、東部には一応自然と農業という特色はあるが、他3都市と比較にならないほど発展が遅れているのは明らかだという。
そこで、オレという新たな刺激を与えられる人間を投入し、なんとか東部地区の発展に繋げたいということらしいのだ。
政治利用されるのは癪だが包み隠さず堂々と頼まれれば断りづらいし、特段何かしなくても自由にやれば良いとのことだったので、素直に受けることにしたのだった。
ふーむ、と腕を組んで佇んでいたが、ふと気になり財布を見る。
ポケットに入っていたお陰で一緒に異世界にやってきたオレの財布には、オーエド城を出る際にハヤトから貰った大金貨2枚が入っている。
この世界では、小銅貨・銅貨・銀貨・金貨・大金貨・白銀貨の6種類の貨幣がある。ツバサ・ハツヅキの時代に世界的に統一されたらしく、独自の貨幣を取り扱っている地域であっても、この共通貨幣であれば基本的に取引に応じてくれるらしい。
それぞれの硬貨は10枚で1つ上にランクアップするようで、つまりこんなカンジだ。
~~~
小銅貨10 = 銅貨 1
銅貨 10 = 銀貨 1
銀貨 10 = 金貨 1
金貨 10 = 大金貨1
大金貨10 = 白銀貨1
~~~
並の冒険者が利用する一般的な宿屋の宿泊料金がだいたい銀貨2~3枚と聞いたので、食費等を含めてもおおよそ2人が半年は宿屋暮らしが出来るだけの支度金を貰ったと考えられる。
本当はハヤトがもっと持っていけと言ってくれたのだが、あんまり沢山貰っては悪いからと辞退してきたのだ。旅に出ると決めたからには、甘える訳にはいかないだろう。
「まずは、金を稼ぐ方法を考えないとな」
このお金を元手に商売を始めてみたり、装備を整えて冒険者になるなり、これから生きていくための方法はいくつか考えられるが……。
そう思って、当てもなくキョロキョロと付近を散策していた時であった。
何やら一人の男性がこちらに向かって走ってくるのだが……、彼の黄色の頭髪から覗く二つの三角形。アレって、ファンタジーでは定番のケモミミ……獣人さんって奴か!
「すまんニャ、お役所のお方ですかニャ?」
「え? あ、いえ、違いますが……。どうかされたのですか?」
どうやら彼はカエデを役所の職員と間違えて話しかけてきたようだ。
ほんの数日前まで国家お抱えの魔術師であったカエデは、田舎町の風景には不釣り合いに思えるほど立派な藍色のローブを纏っている。確かに、国から派遣されてきた魔術師とか言ってもおかしくはない風貌だ。
まぁ、派遣されたのではなく追い出されたのだけど。
「そうだったのニャ。この際冒険者さんでもハンターさんでも何でもいい、ちょっと力を貸して欲しいニャ!」
オレとカエデは目を見合わせる。本当に困っている様子だが、どうしたのだろうか。
「えーっと、先ずは何があったか教えて欲しいんだ。オレ達は今この街に来たばっかりでな、何か事件でもあったのか?」
一先ず彼に事情を話して貰うように促すと、彼は「旅の方だったんか! そりゃすまないニャ」と言葉足らずだったことを謝罪し、改めて話し始めた。
「オレっちはニャンジローって言ってな、"ミズホの職人義兄弟"の次男で料理人をしてるニャ。ほら、これがステータスカード」
と言って、彼はステータスカードを差し出した。
ステータスカードには「ニャンジロー 20歳 男 料理人 Lv20」と書かれていた。なるほど、こうやって身元確認に使われることもあるんだな。
「お兄さんたちは知らないかもしらんけど、昨日の夜に『星降り』があってニャ? それが街の近くの丘に落下してしまったんだニャ」
「『星降り』?」
オレは首を傾げ、カエデの方を見る。カエデは頷いているので、どうやらその言葉の意味を知っているようだ。
「『星降り』っていうのはですね、魔素の結晶体である『星の欠片』というものが天から落ちてくる現象のことなんですよ」
フフーン、とドヤ顔でカエデは言う。
曰く『星降り』は大昔からこの世界に稀にある現象らしい。『星の欠片』と呼ばれる大きな岩のようなものが空から降り注ぐ。その石が地面や建物に衝突した時の被害もあるが、どうにもその石が発する独特の魔素が特定の魔獣を引き寄せてしまうらしく、そっちの方が困りモノらしい。
ちなみに『星の欠片』の正体については、
「つまり、『星の欠片』に集まった魔獣をなんとかして欲しいってことだな?」
「そういうことニャ」
ニャンジローは期待の籠もった表情でコクコクと頷く。
戦闘能力のないオレにはどうすることも出来ないので、「任せるぞ」という目線をカエデに送る。
「構いませんよ。折角ですし、カナタさんの『
カエデはニコッと笑う。
確かに、オレに残された唯一のスキルだ。まずはお試しに一回くらい使ってみたいとはオレも思っていた。
「ありがたいニャ、そんじゃ案内するから着いてくるニャ!」
こうして、オレたちは突発的な魔獣退治のクエストをこなすべく、街外れの丘へ向かったのであった。
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