第4話 - そして、なりそこない勇者は旅に出る

 場所は変わり、王城。



 今回の勇者召喚の事件における報告のため、オレとカエデは国王の元に出頭していた。


 ちなみにだが、オレの召喚や『女神の加護』の儀式を行った場所はワタツキ家の屋敷の一室であり、王都の中央にある王城とはほど近い場所にあった。


 王城は西洋風の城ではなく、見た目は修学旅行で見た姫路城のような日本式の城郭であった。この城……オーエド城は建国期から現存するものらしく、初代勇者ツバサ・ハツヅキの熱い拘りが感じられる出来栄えであった。が、内部は時代感をぶち壊すような調度品や魔法具も設置されており、なんとも中途半端な内装となってしまっていた。


 オレの記憶にある日本の城郭とは違い、内部は圧迫感を感じない程度には広く、居住性の高そうな造りになっている。きっと外見こそ日本の城を参考に拘り抜いた設計をしたものの、内部は再現度よりも実用性を重視した結果なのだろう。

 城内で見かける人々も、和風のサムライさんや女中さんもいれば、思いっきり西洋風の騎士さんやメイドさんもいる。なんとも不思議なファンタジー世界である。


「なぁ、なんかすごく雰囲気が重苦しいんだが……」

「えぇ……。それは、まぁ……」


 王城の廊下をキョロキョロと見回しながら歩くオレと、暗い顔でトボトボと歩くカエデは、先導する無表情なメイドさんの後ろをついていく。

 時折廊下ですれ違う人々は、オレとカエデに対して憐みと同情のような、そんな表情を向けてくる。

 それは異世界に連れてこられたオレに対する同情……ではなく、オレの隣を歩くカエデに対して向けられているようであった。



 そんなこんなで、城の最上階にある王の間の入口の前へ辿り着く。


「ところで、謁見の作法とか全然知らないぞ?」


 ド田舎の高校生に過ぎないオレには、精々高校受験の面接試験における作法程度の知識しか持ち合わせていない。ぶっちゃけそれすらも不安なくらいだ。


「大丈夫です。最低限の礼儀さえ守って頂ければ、謁見の作法として問題はありません」


 メイドさんは変わらず無表情で、オレに細かい作法等を簡単に教えてくれた。特段難しい作法などは無くて安心だ。



「それでは行きましょう。『宮廷魔術師 カエデ・ワタツキ』入ります!」


 カエデは襖の向こうに向かって大きな声で告げる。すると「よい、入れ―――」と若い男性の声が聞こえてきた。




◇◇◇




「―――表を上げてくれ」


 その言葉に、オレたちは顔を上げる。

 正に豪華絢爛と言うべき贅沢できらびやかな装飾が施された王の間には、この国の重鎮たちがズラっと並び、オレらが座る正面には、オーエド国の国王・月詠ツクヨミ 勇人ハヤトがこちらを見つめていた。


「はじめまして。"チキュウ"からの勇者カナタ・スクモ殿。私が国王ハヤト・ツクヨミだ。挨拶が遅れてしまったことと、このような事態に巻き込んでしまったことを申し訳なく思う」


 そう言って、国王ハヤトはオレに対して頭を下げた。

 「国王様が頭を下げられては……」と、並び立つ宰相っぽい人が慌てて国王を止めようとする。国のトップがただの百姓に過ぎないオレに頭を下げるのは色々と難しい政治的問題があるらしいのだが、国王はその制止を聞きもせず、


「彼は我が国の国民ではない。彼が我を敬い、そして我が彼に敬われる必要などないのだ。そして彼は我が国が一方的に巻き込んだ被害者なのだ。我が率先して頭を下げずして、どう礼儀を尽くそうというのか」


 と、逆に宰相を言いくるめてしまった。ぐうの音も出ない宰相ら重鎮一同は、ぐぬぬという声が聞こえてきそうな顔をしながらも、百姓と言う最底辺の身分のオレに対して一斉に頭を下げた。


「(なんとも……近年稀に見るくらいの好青年だな)」


 それが、オレが国王に対して抱いたファーストインプレッションだ。

 聞いた話によれば、国王ハヤト・ツクヨミは22歳独身、引退した前国王であり父の後を継いだばかりの若き新国王なのだそうだ。爽やかなショートの茶髪に、同じ男として比べる気にもならない程に整った顔立ち、細マッチョと言うべきスラッとした体格である。


「(ゲームの主人公かよッ!!)」


 とツッコミを入れたくなるような完璧プロポーションに、国王という立場ながらに傲慢さが全く感じられず、寧ろ礼儀正しく誠実な名君といった印象を持たせる、完璧超人なのだ。


「いえ、気にしないでください。こちらこそ初めまして、ハヤト様」

「ハヤトでよい。重ねて言うが、君は異世界の勇者。我を敬う必要などない存在なのだ。気楽に呼んで欲しい」

「わかり……いや、わかった。ハヤト」


 オレがそう言うと、国王ハヤトは嬉しそうに頷いた。


「では……、宮廷召喚魔術師 カエデ・ワタツキ。其方に此度の失態に対する罰を言い渡す」

「ひゃ、ひゃいっ!!」


 国王ハヤトは雰囲気を一変させ、厳しい表情でカエデの名前を告げる。カエデは怯えるように返事をし、ピシッと背筋を伸ばした。打って変わって重々しい空気が流れ、重鎮たちがゴクリと唾を呑んで見守る中、国王ハヤトはその口を開いた。


「其方は召喚儀式の責任により、宮廷魔術師を解任する」




◇◇◇




「待ってくれよ! 」


 オレはカエデを庇ってハヤトに言い争う。

 確かに、あのミスはカエデのミスだが、ただがクシャミ一つの失態だ。魔力が暴発し儀式が失敗したのは彼女の運が悪かった……だけだと思う。

 それなのに彼女を免職にまで追い込むのは、些かやり過ぎではないかと思ったのだ。


 だが、ハヤトは目を瞑って首を横に振った。


「カナタよ。我はカエデを宮廷魔術師から解任すると言ったが、これでも譲渡した方であるのだ」

「どういうことだ……?」


 首を傾げるオレに、重々しい雰囲気のハヤトが話を繋ぐ。


「……この勇者召喚は、我が国だけではなく同盟国も含めた、魔王と対峙する全ての人類の希望であった。その儀式を失敗したのだ。例えカエデに落ち度が無かったとしても、我々が国という組織である以上、誰かが責任を取らねばならん……それはわかってくれるな?」

「あ、ああ……」

「此度の召喚儀式の責任者はカエデであった。なればカエデがその責を負わねば示しが付かぬのだよ。我らが勇者を失ったことによる損失は余りに大きい……」


 ハヤトは閉じた扇子をクビにトントンとあてる。


「本来なら首が飛ぶ案件であった。だがそれは余りに忍びなかった。外聞的にも罰を科すことが必要であったが、将来有望な魔術師をこんなことで失うのは我々とて避けたいのだ。だから我は表向きにはカエデを宮廷魔術師の職から解任し、王都から追放するという処分を下すことにしたのだ」


 カエデは本当なら、その命をかけて責任を負わなければならない立場であった。だがハヤトが手を回し、罰を軽くしてなんとか命は助けられるようにと譲歩してくれたのだ。

 その落とし所が、役職の解任と王都追放であったということだ。


「あ、ありがたき幸せにございます」


 カエデは肩を震わせて、その目には涙を浮かべていた。オレの目からは、その表情は決して喜びのものでは無いように見えた。

 いくら命が助かったとはいえ、彼女は失ってしまったのだ。これまで積み上げてきた努力によって手に入れた宮廷魔術師という誇りある職、立場、生活、そんな全てを。

 

「カエデ……」


 彼女は大層な立場のお嬢様だけど、普通の16歳の女の子だ。その姿は余りにも弱々しく儚くて……。

 そんな彼女に手を差し伸べることに、躊躇することなんて何もなかった。


「力も何も失っちまったのは、オレだって一緒だ。立ち上がろうぜ、カエデ」

「カナタ様……」


 カエデの肩に手を乗せる。カタカタと震える背中を反対の手で擦ってやり、優しく語りかけてやる。

 失敗したり、うまくいかないことだって誰にでもある。でもその先には必ず、同じくらい良いことが待っている。カエデにもそう信じてほしかった。


「オレもスッカラカンで、何にも無いのは一緒さ。一からやり直そうぜ、カエデ」


 語りかけた背中は、いつの間にか震えを止めていた。そしてカエデはゆっくりとオレの方を振り向き、真っ赤な目を擦ってズビーっと鼻を啜る。


「こんな私でも、不幸しか取り柄のなくなった私でも、もう一度やり直せますか?」

「ああ、勿論だ。諦めない限り、立ち止まらない限り、不幸なんて関係ねぇ。必ず雲は晴れる」


 カエデはオレの言葉に頷くと、ハヤトに対して向き直った。


「ハヤト様、いままでありがとうございました」

「うむ、これまでの働き、大儀であった。……して、カナタよ」

「ん、オレか?」


 すっかり蚊帳の外だったので、急に呼ばれて驚いてしまった。


「君はこれより、どうするのだ?」

「え? うん、そうだな……」


 突然の問に、オレは直ぐに返事が返せず考え込んでしまう。


「もし君が望むならば、この城に残って暮らすと良い。元はと言えば、我々の勝手な都合で君を巻き込んでしまったのだ。カナタが元の世界に帰れるまで、不自由のない生活は保証しよう。

 だが世界は広い。君のような若者にとっては、こんな城に囚われて生きるよりも、世界を巡り旅した方が有益であるだろう。

 君は自由な鳥だ。是非君の思い描くままに選択してほしい」


「(うーん、そうだなぁ……)」


 城に残ってハヤトに養ってもらいながら日本に帰れるのを待つってのもアリっちゃアリだが、折角ファンタジー世界に来たのに、それはちょっと勿体無いなぁと思ってしまう。

 だからと言って旅に出るにしても、オレは戦闘力皆無の百姓だしなぁ。


「ま、やりたいことをやるかな」


 ヘラッと笑い解答する。「なんじゃそりゃ……」と隣にいたカエデはズッコケていた。ナイスリアクション!


「とりあえず……、城に住まわせて貰うってのはナシの方向でお願いするよ。何も出来ないのにタダ飯喰らうのは申し訳ないし、肩身が狭いしな。

 折角『生命の牧場ライフメイカー』なんてスキルも貰ったし、やっぱりオレには牧場生活が似合ってるかな~なんて」


 オレの行き当たりばったりな考えに皆が唖然としていた。が、ハヤトだけはクックッと面白そうに笑っていた。


「なるほど、それが君の生き方なのだな。実に面白い! ……そうだな、カエデよ」

「はっ、はい!?」


 今度は突然カエデの名前が出て、彼女は驚きの表情で返事をする。


「丁度暇になった者がいるではないか。良い機会だ。我が友・カナタと共に、其方も行ってくるが良い」「は、はいぃ!?」

「お、お待ちくだされ! ハヤト様!」


 カエデは唐突な提案に面食らい、それを聞いた役人達も思わず声を上げる。

 だが、ハヤトはそれを一睨みで制する。


「なんだ、罪人風情が断れるとでも?」

「う、あうぅ……。申し訳ございません。喜んでお役目受けさせていただきます……」


 カエデは何も言い返せず頷くしか無い。


「お前たちも、我の提案を止める理由があるなら聞こうか?」

「い、いえ……」


 連なる国の重鎮たちも、誰もハヤトの剣幕に意見することが出来ないようだ。

 絶対思いつきでゴリ押したよな、この人……。


「良いのか? 嫌がってるように見えるが、無理やり連れてっても……」

「良い良い。そのほうが面白そうであるからな……。我もカナタに影響されたのかもしれん」


 相変わらずニヤニヤと年相応に笑ってみせるハヤトに対し、オレもカエデも苦笑いしか出来なかった。



 案外、この国王サマが一番の自由人だったのかもしれないな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る