黒き双星が輝く頃①

 幻想の塔と呼ばれるどこまでも高く、その成り立ちが誰も説明できない不思議な塔のなかは、モンスターが蔓延る迷宮となっている。塔の内部はもちろん、頂上へと続く階段が設けられていて、いくつもの階層に分かれている。

 そんな迷宮を探索し、モンスターを倒し、その報酬で生活するものがいた。


 人はそれを冒険者と呼んだ。


「……?」


 シンと静まり返る迷宮にひとつの影が見える。

 影はなんだか丸っこくて、そして小さい。言うなれば狸のような、小動物のそれかと思うのだが、よくよく見てみればにゅっと伸びる首があり、頭があり、髪の毛が生えている人間なのだった。


「どしたのニア?」


 そして影はさらにひょっこりと現れて二つになった。

 完全に同じ形の丸っこい影である。


「ここって冒険者が集まる場所、だよね? なんでこんなに静かなんだろう」


 ここは幻想の塔の5階。

 少し冒険に慣れてきた初心者たちが探索しているという階層は、いつの頃からか人気が少なくなっていた。


 それもこの階層に巨大な化物が出現するという噂が流れてからだ。しかし、二つの丸い影はその噂を耳にしたことがない。


「今日はおやすみなんじゃない?」

「そっか。おやすみか。それなら僕たちが暴れても問題なさそうだね」

「あはは! あばれるあばれる! ニア、ごはん探しにいこっ!」

「今度は骨ばっかりじゃないのがいいけどね」


 そう言うと、もぞもぞと動く影が突然目にも止まらぬスピードで移動し始めた。影は地面のみならず、カベや天井などを伝って縦横無尽に走り回る。


 松明に照らされた影は漆黒のローブを着た二人の子どもだった。

 1人は男の子、1人は女の子だが、見た目はほとんど変わらず、髪型が性別を見分ける目印になっていた。


「いたぁっ! ごっはーんっ!」

「メル! やりすぎないでよ!」


 メルと呼ばれたのは少女の方だ。

 廊下の前方にモンスターの影を見つけたメルはさらにもう一段回、速度を上昇させると弾丸のように空中に飛び出し、あっという間にモンスターの頭上に姿を現した。


「グアアアッ!?」


 人間では感知できないであろうメルの動きに、ギリギリ感づいたモンスターは巨大な牛だった。二本足で巨体を支え、その手には大きな斧を持っている、ミノタウロスと呼ばれるモンスターだ。


「牛さん牛さん! 今夜はぁっ! ご、ち、そ、う……だァッ!!」


 メルは空中でくるりと身体を回転させると、ローブの懐に隠し持っていたであろう分厚い本を取りだした。身体が小さいメルが持つと、かなり大きく見えるが、本自体は変哲もないただの本に見える。


「いにしえよりつたわりしぃ、くるいたけるしゃっかのほのおよ! しんくのやりとなり、すべてをつらぬけぇ!」


 メルはたどたどしい口調で何やら詠唱を始めると、手にした本のページがバラバラとすさまじい勢いでめくれだす。そして本から目を覆うばかりの閃光が放たれた。


「――ラグナロクレイ!」


 刹那の瞬間、光り輝く本から一筋の深紅の光がミノタウロスの額めがけて放たれた。


「ガグッ!?」


 断末魔を上げる暇もなく、脳みそを貫かれたミノタウロスは大きな音を立てながらヒザから崩れ落ち、微動だにしなくなった。


 凄まじい威力の熱光線がミノタウロスの額と同じ大きさの穴を、塔の地面にも空けている。その穴がどこまで続いていて、あの熱光線がどこまで届いたのかはわからない。


「えへへぇ! ニアニア! どう? どう? お肉は燃やさなかったよ!」

「うんっ、これなら大丈夫そうだね!」


 後から追いついてきたニアと呼ばれた少年は、巨大なミノタウロスの死体を前にしても落ち着いた口調のままである。それどころか、メルの頭をくしゃくしゃと、まるで犬でも褒めるように頭をなでていた。


「さて、こんなにあっても食べきれないからね。必要な部分だけ切り出そうか」


 そう言って、今度はニアが懐からメルと同じ本を取り出す。片手で開いた本がバラバラとまた動き出した。


「美しくも凍てつく薄氷の刃よ、彼の者を切り刻め――フリージングカトラス」


 詠唱の後、ニアが本を持っていない片方の手を空中に向けて二、三度と降ると、突如空間に出現した白く輝く刃がミノタウロスの四肢と首を切り取ってしまった。


 そして、さらに刃は踊るようにミノタウロスの身体を刻んでいく。


「よし、これくらいでいいかな。半分は冷凍保存しておこうね」

「焼肉っ、焼肉ぅっ!」


 巨大なモンスターから取り出された肉はほんのわずか。ニアがあっという間に氷の塊にしてしまったものも含めても、大人が満足する量ではない。


 身の丈が10倍以上あるであろうミノタウロスという化物を一瞬で屠り去るほどの力を持つ二人だが、その実は見た目通りの子どもだということなのだろうか。


「っていっても、僕たち鉄板とか持ってないからなぁ……丸焼きにして食べるしかないよ」

「んむー、おっきい肉を食べるのもいいけど、じゅうじゅう焼肉がしたい!」


 二人の持ち物といえば、ぶかぶかの黒いローブに分厚い本だけ。冒険者らしい鞄などは一切持っておらず、着の身着のままといったところだ。


「あっ!」


 調理器具など一切持っていない二人が途方に暮れかかったとき、メルが前方を見て嬉しそうな声を上げた。


「これ! てっぱん!」


 見ればそれは、さっきのミノタウロスが持っていた大きな斧だった。

 確かに、斧の腹の部分は鉄板といえば鉄板なのであるが。


「すごい! でかしたよメル! それじゃ失礼して……生命の根源たる大地よ。今こそ目覚めよ――アースグレイブ!」


 続けてニアが詠唱すると、塔の地面が隆起してぼこぼこと木の根っこが鋭い槍の形となって飛び出してきた。


「よし、それじゃこれで組木をして……っと。メルー、おねがーい」

「あいあい! はぜろ! しゃくねつのほのお! バーンフレイム!」


 さらにメルが魔法を放つと、地面が炎が吹き上がりアースグレイブの木槍が勢い良く燃え始めた。


 その後も、二人は次々に魔法を繰り出していく。

 重力魔法により鉄板を浮かして焚き火の上に設置し、氷の刃で肉を薄くスライスすると、熱せられたミノタウロスの斧で焼肉を始めたのだった。


「はあはあっ、ニア! もうお腹すいたよ! 食べていい? 食べていい!?」

「ちゃんと色が変わったのを見てからね。この牛さん、生で食べたらお腹痛くなりそうだし」

「あああ! これ色変わった! いっただきまぁ~す! あむっ!」


 こうして幻想の塔5階に、肉が焼ける音とうまそうな匂いが蔓延しはじめたのだが、それを嗅ぐことができる冒険者は今はいない。突如として現れた双子の魔術師の姿は、まだ目撃されずにいたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る