管理局は落ち着かない
冒険者管理局は国で運営されている組織だ。冒険者を管理し、サポートするために多くの人間が国に雇われている。
その一人が何を隠そう、この私なのだ。
私は王立の学園を卒業してすぐに冒険者管理局に就職した。その頃からもう何年経ったかわからないが、今日までずっと受付の仕事を担当させてもらっている、いうなれば受付のお姉さんなのだ。
「エーリナっ! 今日の夜は空いてる?」
「わっ! ちょ、ちょっとびっくりさせないでよユフィ!」
夕方の鐘が鳴り終わった瞬間、同僚のユフィが受付窓を向いて椅子に座っている私の背中に突然抱きつくものだから、心臓が飛び出しそうになってしまう。
受付の仕事はだいたい夕方には終わる。
それは管理局が開いているのが夕方の鐘が鳴り終わるまで、だからだ。他の事務職の人たちは、管理局が閉まった後でも仕事がたくさんあるらしいのだが、受付である私は冒険者が来なければ、やる仕事がない。もちろんユフィにも。
「なによぉ、ぼーっとしちゃって。恋煩いかなにか?」
「違うわよ! ちょっとコレ見てよ」
「ん? 冒険者の功績値? えっとフレン=ブラーシュ……あぁ、あのマールさんの弟さん。それで、この子がなんだっていうの?」
冒険者フレン=ブラーシュ。あの剣姫とも呼ばれたマール=ブラーシュの弟であることは有名な話だ。冒険者管理局はもちろん、同業者である冒険者たちにも知れ渡っていることだろう。
しかし、私が気になっているのは彼の素性とかプロフィールなんかではない。
「討伐モンスターのところ」
「え……これって……」
私の言葉通りに目線を討伐モンスターの欄に下げていくユフィは、やがて目を見開いて驚愕の表情を浮かべる。
「アンノウン。ここ数年は未確認モンスターなんて出現しなかったのに、駆け出し冒険者の、しかも1階だけを冒険している初心者が遭遇、討伐するだなんて……」
あり得ない。
「ふぅん、なるほどね。つまりエリナはこのフレンくんに興味があると」
「ち、ちがっ! どうしてそうなるのよ!」
「だってぇ、冒険者に成り立ててでそんなレアなモンスターを討伐するなんて、腕はもちろん、運だってかなりのものってことでしょ? 今の内に唾つけておけばやがて、マール=ブラーシュを越える冒険者になるかもって思うわよねぇ」
ユフィは何やら大きな勘違いをしているようだ。ニヤニヤと、良からぬことを企んでいそうな嫌な笑いを浮かべながらこちらを見ている。
「そうじゃなくて! 下層に強力なモンスターが出現しすぎてるって言ってるの!」
「ああ、そういうこと。そう言われるとそうかもね。今日も5階に
「え、それホント?」
そんな話、初耳だ。
そんな怪物が5階なんていう下層に?
「知らなかったの? 今日だけでも被害は二桁を超えてるわよ? 幸いまだ怪我だけで済んでるみたいだけど」
「対策は?」
「打ってるに決まってるじゃない。それこそ、今噂したあの人が討伐に向かってるわ」
「噂したあの人……? ってまさか!」
「そ、無敵の豪傑。閃光の戦姫マール=ブラーシュが引き受けてくれたわ」
マール=ブラーシュは今や冒険者ランキング3位の猛者。指折りの冒険者である彼女なら
「まったく。アンノウンといい、
「事件といえば、エリナ知ってる? コロシアムの件」
「コロシアム? あっちでも何かあったわけ?」
コロシアムといえば、アルフレイム城の近くにある闘技場のことだ。コロシアムでは定期的に闘技大会が行われている。闘技大会は優勝者に豪華な景品が貰える冒険者たちにとっては夢の大会。冒険者たちは景品のためにこぞって参加し、運営する国にとっては冒険者たちが研鑽を重ねることで、より冒険者たちの力量を上達させる目論見がある。
しかし、コロシアムは管理局よりも厳正に国に監視されている施設のはずだ。そこで事件なんて……。
「なんでも、東方の国からサムライが現れたらしいわよ」
「サムライですって? ほとんどが適正にならない幻の職業じゃない」
サムライといえば、近接職業として最も攻撃的な職業と言われている。しかし、どんなに適正検査をしてもサムライ向きの冒険者が現れず、誰にも就けない職業だと言われている。
そんなサムライがコロシアムに……しかも東方の国から……。
「話しによると、そのサムライは相当なイケメンらしいわよ……! まだ試合には参加していないらしいんだけど、いつも観客席から鋭くてクール視線で試合を見つめてるの!」
瞳を輝かせてユフィは見てきたかのように話す。確かにサムライなんていう職業の冒険者には興味あるけど、イケメンかどうかは別に気にならない。
「来週暇だったら大会見に行こうよエリナ!」
「私はいいわよ。っていうか、ユフィ。あなた今日の夜の予定を聞きに来たんじゃないの?」
「そうだった! 忘れてた! 今日から酒場で新メニューが追加されるらしいの! だから一緒に呑みに行きましょ!」
呆れる。自分から話しかけておいてその用件を忘れるだなんて。
「まったく。しょうがないわね。ま、夜ご飯作るのも面倒くさいし、とりあえず今日の酒場には付き合ってあげるわよ」
「そうこなくっちゃ! ささっ、早くいきましょいきましょ!」
フレン=ブラーシュの功績値の紙を机の引き出しにしまうと、私はユフィに強引に背中を押されながら、だんだんと日が傾いて暗くなっていく管理局を後にしたのだった。
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