骸骨の兵士たち②

 拳を振り上げたままで固まっているシャルの姿を見て、フレンとアリシアは固まっていた。正直、あれほどの凄まじい攻撃を素手で放つことができる人間とは到底思えなかったからだ。


「いったぁ、この骨の人たち硬いってもんじゃないですね」

 しばらく動かなかったシャルだったが、スケルトンソルジャーを殴りつけた拳に痛みが広がり始めたのか、掌をひらひらと振った。


「ア、ア、アンタぁ! 結界張った意味ないじゃないのよーッ!!」 


 戦闘技術が高いということは事前にわかっていたはずなのだが、見た目や装備品から大した強さではないと踏んでいたアリシアの予想を大きく裏切った。

 スケルトンソルジャーから守るために張った結界から飛び出し、軽々と骸骨の兵士たちを粉々にするシャルに気遣いなど無用なのであった。


「あーもうっ、シャル! 後は任せるわ!」

「がってん!」


 メイスをひと払いしてスケルトンたちとの間合いを取ると、アリシアは一目散に十字架へと走っていく。

 すれ違いざまにハイタッチを交わしたシャルは、両方の拳をがっちりと合わせて、再び戦闘体勢に入った。


「よーし! 覚悟しろ! こんにゃろー!」


 気合の雄叫びを上げると残った4体のスケルトンたちが一斉にシャルの方へと向き直る。シャルの見た目とは不釣り合いな暴力的な科白だったが、可愛らしい声と言い慣れない初々しさのせいで、威圧感はほとんどなかった。


「てりゃあっ!」


 シャルは1体のスケルトン目掛けてダッシュすると、助走をつけた状態で空中へと飛び上がる。そしてスケルトンの頭蓋骨に飛び膝蹴りがヒットした。 


 そのままもう片方の足でスケルトンの身体を蹴り飛ばすと、着地と同時に隣接したスケルトン2体の足を払う。まるでダンスを踊っているかのような流麗な動きに、フレンはつい見とれてしまう。


「フレンさんッ!」

「あっ、はい!」


 シャルの呼びかけに驚きながら反応したフレンは、倒れた2体のスケルトンの内、1体目掛けて蒼の宝剣を振り下ろした。

 剣が頭蓋骨を粉砕する頃には、もう1体のスケルトンをシャルの拳が撃ち抜いていた。


「我は神の代弁者。彼の者に神の裁きを下さんッ――ホーリィライトニング!」


 それと同時に、最後の1体目掛けてまばゆい光球が放たれ、その身体を貫いた。十字架にたどり着いたアリシアが放った攻撃スキルだった。


「いぇーい! 勝利ですね!」


 全てのスケルトンソルジャーを撃破したことを確認すると、シャルは嬉しそうにフレンの両手を掴んでぴょんぴょんと跳ねた。


「ホ、ホントに強いんだね、シャル……」

「ええ、びっくりしたわ。これなら93点もおかしくない」


 結界を解除したアリシアが小さくなった十字架を首にかけながら近寄ってくる。アリシアにとっても、駆け出しの、それもクラスについていない女の子がこうもモンスターを軽々と薙ぎ払っていく姿を見たのは初めてのことだった。


「これなら前衛としての素質は十分ね。きっと騎士でもなんにでもなれるわ」

「すごいじゃないか! シャル!」

「うーん……騎士、ですか?」

「なに? 騎士にはなりたくないの? みんなの憧れのクラスよ?」


 以前、アリシアが説明した通り、職業ギルドによって冒険者たちはクラスを習得することができる。前衛と呼ばれる、近接戦闘に特化したクラスは多種多様なものが存在しており、その中でも騎士クラスは優秀な戦闘能力や智謀戦略に長けた人間しか習得できないと言われていた。


「なりたくないってわけじゃないんですけど、その……なんか、武器とか防具とか装備するのって面倒なんですよね」

「ハァ?」


 シャルの信じられない科白にアリシアは目を丸くした。


「だってだって、重いし、動きも遅くなっちゃうし、使い方もよくわからないですし」

「武器なんて持って振ってればいいでしょ!」

「えー、それってなんか違う気がします。やっぱり、こう自分に合った物がいいかなぁって」


 えへへ、と屈託のない笑顔を浮かべるシャルに、アリシアは反論しようと考えを巡らせてみたのが、きっと無駄なのだろうと判断して、ため息を吐くだけで諦めた。


「……じゃあ、魔法職とか遠距離職がいいわけ? ウィザードとかハンターとか」

「いえいえ、どっちにしろ色々考えるのが面倒そうなので、素手で殴れるクラスになりたいです!」

「見かけに寄らず脳筋ってことなのね……」


 脳筋という単語を耳にしたフレンはシャルの親父の姿を思い出す。なるほど、蛙の子は蛙なのかもしれない。


「それならモンクしかないわね」

「モンク?」

「一応、聖職者ギルドで取得できるクラス。サポートスキルも使うけど、基本的には徒手空拳で戦う前衛職よ。今ではほとんど見ない絶滅危惧種みたいなもんだけど」

「プリーストと一緒で回復薬のせいでいなくなっちゃったってこと?」

「それよりずっと前からよ。職人の腕が上がってきたから単純に武器を持った方が強いってこと。モンクが装備できるのは手甲くらいしかないから」


 職人通りレブラ・ストリートと呼ばれるほどに武器や防具を作る職人や、彼らの店舗が多くなった。競争率の高さも相まって、装備品は安くて良いものが出回るようになったため、装備品をほとんど身に付けないモンクの人気は下がっていったのだという。


「でも、私にぴったりなクラスかもしれませんね!」

「でしょうね。スキルも詠唱が必要なものはほとんどないって聞くし、面倒くさくないって意味ではぴったりだと思うわ」

「わぁ! それなら私、モンクのクラスを取得したいです!」


 目を輝かせるシャルを見て、フレンも自分にあったクラスの取得が必要だと改めて考える。


「僕も、何かクラスを取得した方がいいよね……」

「当たり前でしょ。今日は二人にどんなクラスを取得させるか、を調べるのも目的の一つだったんだから」


 冒険者としての知識も経験もない二人。アリシアはその二人が有名な冒険者になるため、最低限の知識を身につけようとしていた。

 その一つが、クラスの取得にあったのだ。


「一応聞いておくけど、フレンくんはどういう戦い方をしたい、っていう希望はあるの?」

「うーん……特にこれと言って……この蒼の宝剣は使いたいと思うけど」


 フレンの右手に握られている蒼の宝剣。フレンの身の丈のほどはある長剣だ。この武器を扱うクラスといったら幾つかに絞られてくる。


「それなら剣士ギルドに行くといいわ。騎士以外にも剣を扱うクラスはあるから」

「剣士ギルド……」

「ひとまず、塔から脱出しましょうか。帰ったらすぐにギルド申請して、さっさとクラスを取得すること」


 まるで本当の教師のようにアリシアは二人を並べてそう言った。二人も生徒のように、息を合わせて「はいっ」と返事をしたのだった。


 


 


 

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