骸骨の兵士たち①

 ドクドクと脈打つ心臓を汗ばんだ手で抑えながら、フレンは一段一段、階段をゆっくりと昇っていく。


「もー! 早く昇りなさいよ!」


 そこは幻想の塔の1階と2階をつなぐ、短くも長くもない変哲のないただ階段の途中だった。


「そ、そんなこと言ったって! 2階に行くのは初めてなんだよ!」

「別にそんな大層なもんじゃないんだからさっさとしなさい!」

 そう言って後ろからアリシアが急かすように背中を押してくる。

 フレンにとってこの階段を昇ることは大変緊張するものだ。必死に踏みとどまって自分のペースを保とうとするのだが、後ろからの圧力に負けそうになる。


「わーわー! 押さないでよアリシア!」

「えー、私押してませーん」

「わ、私も押してないですよ!?」

「全くアリシアは子どもみたいな嘘つくんだから……!」

「う、うるさいわね! 今のメンバーなら2階も楽勝だから早く行けっての!」

「うわぁっ!」


 ドンっと背中に重い衝撃が走ると同時に、フレンは押し出されるような形で階段を駆け昇ると、ついに幻想の塔の2階フロアへと足を踏み込んだ。


「……これが……2階……」


 辺りを見渡した感じ、1階と同じような造りになっている。薄暗く、ところどころに松明が設置されていて、石造りの壁と床がどこまでも迷路のように続いていた。


「2階に上がるまでに日が暮れるかと思ったわよ」

「っていうかアリシア! 僕の背中蹴ったでしょ!」


 冷静さを取り戻して改めて考えてみると、最後の衝撃はまるで人に背中を蹴られたかのような痛みが走ったのだ。十中八九、痺れを切らしたアリシアの仕業だろう。


「プリーストの攻撃なんてたかが知れてるでしょ。そんなことより、ひとまず2階のモンスターと戦って二人の実力を測るわよ」


 人の背中を蹴っておいて、そんなことで済まそうとするアリシアに何か一言言いたかったのだが、ぐうの音も出ずにフレンは握った拳を悲しく下ろすしかなかった。


「っていうか、フレンくん。アンタそれで戦うつもり?」

 じとっとした視線でアリシアはフレンの手にある武器を指差した。そこには、あの鞘から抜けない蒼の宝剣が握りしめられていたのだ。


「カーミラさんから貰った赤の疑似宝剣は壊れちゃったし、僕もう武器がないからね。鞘に入ったままでも素手よりはマシかなーって」


 斬ったり刺したりという攻撃は出来ないだろうが、鞘に入っていても鈍器としての役割をこなしてくれるだろう。フレンは蒼の宝剣を両手で握り、真一文字に素振りをした。


「ハァ……で、もう一人はというと、その素手なのよね……」

「はいっ!」

 ニッコリと笑ったシャルの両手には何も握られていない。女の子の小さい拳があるだけである。


「本当に戦闘技術93点なんでしょうね……不安になってきたわ」

「大丈夫ですよ先生! さっ、モンスターでもなんでも来やがれです!」


 そう言って、小さな胸を大きく張って、意気揚々とシャルは歩き出した。


「ま、待ってよシャル!」


 一人にしては危険だとフレンもその後を追う。そんな小さい子ども二人の背中を見てアリシアはため息をもう一つ吐くと、額に手を当てながら歩くのだった。




 ぼんやりとした薄暗い廊下をしばらく歩いていると、一番後ろを歩くアリシアが口を開いた。


「2階に出現するモンスターのほとんどがスケルトンの類よ。獣人と同じく、武器を扱うけど知力は低いわ。でも、獣人よりも頑丈だから攻撃は躊躇をしないこと。わかったわね?」

「うん!」

「はい!」


 二人はいつでも戦闘ができるようにと身構えながら歩みを進めていった。普通に歩くよりも構えている分、時間がかかる。


 ようやく長い廊下を通り抜けると、3人の視界が大きく広がった。


「わぁ、広いですね! ここって安全地帯セーフティポイントですか?」

 その部屋はとても広く、松明の数が多いからか明るかった。ところどころに苔や草花が生えていて、モンスターの気配を感じ取れず、休憩場所として使えそうだ。


 綺麗な場所だと、シャルは手を広げて部屋の中央まで走っていく。そのとき――

「シャル!」

 アリシアの警告とともに、地面が不自然に隆起し始める。


「!?」


 しかも、その隆起は部屋のあちらこちら、何箇所にも発生しており、まるでシャルを囲んでいるようだった。


「気をつけて! スケルトンソルジャーよ!」

 石床を破壊する音が聞こえたと同時に、地面から人間ほどの大きさをした骨だけで構成されたモンスターが姿を現した。

 隆起した地面のすべてからそれは出現し、数は6体にも及んでいる。


 カタカタと骨と骨がぶつかる音を立てながら、ゆっくりと体勢を整えるスケルトンたちは皆、長剣と丸型の盾を装備していた。

「わわっ! フ、フレンさん!」

「シャル! そこを動かないで!」

「!」

「我拒む。悪しきものの魂は神聖な力でもって拒否されるだろう――ホーリィウォール!」

 アリシアは身に付けていた十字架を取り外し、シャルの頭上へと投げ込むと、その十字架が巨大化し、シャルの眼前の地面に突き刺さった。

「その中に入れば安全だから! フレンくん! 前をお願い!」

「了解ッ!」

 ホーリィウォールの結界の中に入ったシャルはこれでしばらくは安全である。アリシアの考え通り、スケルトンたちは結界に阻まれてシャルに近づけなくなっていた。

 

 フレンはシャルがいる方向へと突進をかけると、その背後からアリシアがぴったりとくっついてくる。

「十字架から距離がありすぎて私はスキルが使えないの! まずはシャルのところまでたどり着かなくちゃ!」


 どうやら、アリシアは十字架を身に着けていないとスキルが発動できないようだ。プリースト全般がそうなのかはわからないところではあるが、十字架がないと何もできないことには変わりない。


 しかし、十字架のもとへと急ごうとする二人の前に、スケルトンたちが狙ったかのように立ちはだかる。結界に拒まれてしまっていることを理解しているのか、シャルには目をくれず、襲いやすそうな二人を標的に変更したようだった。

「くっ! でやああァアッ!」

 正面で進路を塞ぐスケルトン3体に対して、フレンは横薙ぎに蒼の宝剣を振り払う。


 しかし、単調な攻撃はスケルトンの盾に難なく受け止められてしまう。

 すかさず、攻撃を受けていないスケルトンたちが長剣を振りかぶると、フレン目掛けて勢い良く振り下ろす。


「油断しちゃダメよフレンくん!」


 横からの攻撃に備えていなかったフレンの代わりに、アリシアがスケルトンの攻撃を受け止めた。


「アリシア! 大丈夫!?」

 見ると、アリシアの両手には小振りの金属の棒が握られている。先端は幾何学的な形をした鉄塊がついており、それはいわゆるメイスと呼ばれる鈍器だった。

「この程度のモンスターならね……! でも私の攻撃力は皆無よ! 受け止めるだけで精一杯!」


 スケルトンからの攻撃を受け止め、ときにはいなしているアリシアだが、攻撃には転じない。自分の攻撃力の低さを認め、防御に徹することが最優先だと判断していた。

 激しい金属音を響かせながら、アリシアは2体のスケルトンを相手にしているが、どんどん十字架から離れていってしまう。


「このままじゃマズイ!」


 フレンは腰を落として渾身の力で宝剣を振り抜くと、スケルトンの盾を弾き飛ばす。チャンスとばかりに柄を握り直し、首の骨目掛けて宝剣を斜めに振り下ろした。


 骨の折れる嫌な感触を感じた瞬間、スケルトンの頭蓋骨が弾き飛ばされ、残った身体がバラバラと分解されていった。


「シャル! もうちょっと待ってて!」

「い、嫌です! 私も戦います!」

「え!?」


 フレンの言葉をよそに、結界の中で守られていた筈のシャルが、その結界から勢いよく飛び出した。しかも予想外にもフレンの方へと疾走してくるではないか。


「なっ!?」


 驚くフレンには見向きもせず、一体のスケルトンに肉薄したシャルは両足を大きく広げて構えると、身体を捻って腰を斜めに回転させ、地面をこするかのように低空を滑る拳を大地から天空へと振り抜いた。


「親父直伝! シャルロッテェェエ! アッパァアアア!」


 雄叫びとともに放たれた強烈な一撃がスケルトンの顎骨を捉えると、スケルトンの頭蓋骨は粉砕されながら天井へと飛んでいった。


 シャルの本名ってシャルロッテって言うんだね、とフレンは落ちてくるスケルトンの骨片を浴びながら感慨にふけっていた。

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