家庭教師のアリシア

 ウキウキ気分で笑顔満載、時折スキップまで披露するシャルとその後をついていくフレンは冒険者広場に向かっていた。

 シャルは冒険者としてのふさわしい格好があると言って、動きやすいようにと着替えをしていた。上はノースリーブのシャツ。フリルのミニスカートの下にスパッツを履いていて、肘と膝にはそれぞれ肘当てと膝当てがついていた。また邪魔だからと金髪の長い髪を一つに結ってポニーテールにしてまとめていた。


「フレンさんフレンさん! アレってなんですか?」

 冒険者広場に近づいてくるとシャルはフレンの服の裾を引っ張って、ある方向を指差した。見ればそこは噴水の周りに大きな布を敷いて商品を売る、露天商のグループだった。


「あれは露天商って言って、冒険者が必要とする消耗品とかを売ってるんだ。ちゃんとしたお店に行くには時間がかかるから、出発前の忘れ物とか冒険の途中の補給とかによく使われてるよ。あと掘り出し物があったりね」


「へぇ~そうなんですか! ちょっと見てみましょうよ!」

「ちょ、引っ張らないでよシャル!」


 物珍しそうにしているシャルはフレンの腕に自分の腕を組ませて強引に引っ張っていく。


「よお、お若いお二人さん。何か入り用かね?」


 一人の露天商の前まで引っ張られていくと、露天商の店主であるおじさんが笑顔を浮かべてこっちを向いた。


「今日は良い品が入ってるよ。プラチナレーベル『紺碧の調合師』による新作回復薬! 通常価格の半額でどうだ!」

「うわっ! プラチナレーベルですってフレンさん! 半額ってすごくないですか?」


 それは以前、アリシアが説明してくれたプリーストが少なくなった原因であるプラチナレーベルに違いなかった。値段を見れば、なるほど普通の回復薬とほぼ同じ値段で売られている。


「いくつか買っていこうかなー。どうしますフレンさん?」

「いや僕のパーティには他に――」


「――凄腕で美人のプリーストがいるからいりませーん」


 いきなり背後から声がして振り返るとそこにはアリシアが腰に手を当てて立っていた。


「アリシア! どこ行ってたんだよ! 大変だったんだから!」

「ふ~ん、大変ねぇ。女の子とイチャイチャするのが大変だなんて、フレンくんも贅沢者じゃない。さすがはお坊ちゃん」

 非難めいた声を浴びせるフレンに対して、負けずにアリシアも不機嫌そうに眉をしかめる。

「べっ、別にイチャイチャなんて……!」

 とフレンが否定するものの、シャルはさらに力を込めてフレンを自身の身体に寄せる。


「フレンさん、この方は……?」

「ああ、僕のもう一人のパーティメンバー。傭兵冒険者のアリシアだよ」

「プリーストのアリシアよ。まあ、成り行きでフレンくんとパーティを組んでるだけだけど」

 少しだけ不満そうにアリシアはシャルに手を差し伸べた。


「私はシャル。ヴィルフィス一家の一人娘で駆け出しの冒険者です。よろしくお願いします。」

 一方のシャルは慇懃に自己紹介を済ませると、ゆっくり腕を上げてアリシアの手を握った。


「……」


 二人は無言のまま、貼り付けたかのような笑顔で数秒間手を握り合うと、どちらからともなく手を離した。


「ふぅん、この子をパーティに入れるのが借金帳消しの条件ってことね。まあラッキーだったじゃない」

「帳消し、とまでは行かなかったけど……って、なんでわかったの?」

 不思議とアリシアは見てきたかのように、シャルのパーティ入りを条件に借金を減額してもらったことについて言及する。


「有名だからね、その子。金貸しのところの娘が冒険者になりたがってるって。カーミラがお金を借りてる先がヴィルフィスって聞いてピンと来たわ」


 アリシアの言うとおり、ヴィルフィス一家の一人娘シャルが冒険者に憧れているということは、街でも噂になっていた。カーミラが借金問題をフレンやアリシアといった冒険者に解決を依頼した意図には、このシャルが大きく関わっていたのだろうと、アリシアは容易に想像できた。

 またマール=ブラーシュに憧れているという情報も知っていため、フレンを一人で行かせたわけだが、アリシアはそのことについては説明をしなかった。


「それで、シャル。アンタ冒険者になってからどのくらいなの?」

「まだ一週間も経ってません」

「じゃあランキングも圏外か……功績値見せてくれる?」

 まるで面接官のようによどみ無く、シャルの力量を調べるアリシア。シャルは文句一つ言わずに、言われたとおりに功績値が書かれている紙を手渡した。


「……へぇ、やるじゃない」

 するとアリシアが感嘆の息を漏らした。何かと思ってフレンも功績値を覗いてみる。


「戦闘技術93点。ほかは全部ゼロだけど、一週間でこれほどの数値を叩き出す冒険者はそういないわ」

 なんとシャルの功績値はフレンを大きく上回っていたのだ。数ある項目の中で戦闘技術のみ点数がつけられており、他はすべて0点ではあるものの、フレンの5倍以上の数値である。


「えへへ、戦闘だけは冒険者になる前から鍛えられてましたから」

 恥ずかしそうに頭を掻きながら照れる仕草は可愛らしいものの、発言自体はかなり物騒である。おそらく、金貸し一家などやっているものだから、危険なことに巻き込まれることが日常茶飯事だったのだろう。


「これなら楽勝かもね……」

「?」


 ボソリとアリシアが呟いた言葉が聞き取れず、フレンとシャルは首をかしげる。そして、何か考えがまとまったのか、アリシアは顔を上げてフレンに問いかけた。


「カーミラの借金だけど、減額しかできてないのよね?」

「はい、とりあえずシャルとパーティを組むことで半額にしてくれる、と親父さんは約束してくれました。あとはシャルを有名な冒険者にしてくれたら、残りの借金もチャラにしてくれるって……」


 自分で口にしていても無茶な要求だと思う。まだ駆け出しの冒険者が有名冒険者になるだなんて、気の遠くなるような話だ。


「どうしよう。金貨5枚なんて返すアテがないよ……」

「何言ってるのよ。その子を有名にすればいいんでしょ? 簡単よ」

「え!?」


 頭を抱えるフレンとは相対的にアリシアは自信満々の顔をしている。


「だって、その子すでにある意味では有名なのよ? 金貸し一家の娘が冒険者だなんて注目度高すぎでしょ。あとは、その子の実力を見せつけて、冒険者ランキングを駆け上がればいいのよ」


 確かに、マール=ブラーシュも最初はお嬢様が冒険者になった、という冒険者の力量とは別のところで注目されていた節がある。最初は見世物だろうが、バカにされていようが、注目されてしまえば勝ちなのである。


「わ、私もマール様みたいになれるんですか!?」

「もちろんよ。っていうかそうなってもらわないと私たちが困るのよ」

「あわわ、これは心強いお言葉! よろしくお願いしますアリシア先生!」

「せ、せんせぇ?」


 シャルはアリシアの背中から後光が指しているかのように感じて、頭を深々と下げて先生と呼んだ。


「ア、アリシア……実は僕も……」


 すると今度はフレンが恥ずかしそうに口を開く。ほっぺたを指で掻きながら何か言いたげである。


「フレンくんも有名になりたいの?」

「いやその、実はあと1ヶ月で冒険者ランキングに入らないと、姉様に冒険者を辞めさせられちゃうんだ……」


 ここのところのドタバタですっかりと忘れてしまっていたが、フレンにとって重要かつ深刻な問題が押し迫っているのは逃れようのない事実であった。


「なんと……フレンさんにそんな試練が……! あぁマール様……さすがお厳しい……獅子は我が子を千尋の谷に突き落とすといいますが、マール様はまさに獅子のごとく!」


 フレンへの同情の念が綺麗にマールへの憧憬へとすり替わっていく様は見ていて不気味だった。


「ふぅん。あのマール=ブラーシュがね……ま、なんとかなるでしょ」

「なんで僕の場合だけ投げやりなんだよ!」

「しょうがないじゃない、シャルは93点、フレンくんは17点なんだから。シャルはきっとすぐにランキングに入れるわ」

「うわっ、いつ僕の功績値見たの!?」

「パーティメンバーのは申請すればすぐ見れるから。出会った日の夜にちょちょいっと」

 冒険者管理局に行けば、パーティメンバーの功績値を知ることができる。アリシアはフレンたちと酒場で別れた後に調べ上げていたらしい。


「ああ……冒険者になって一週間しか経ってない女の子に負けているなんて……」

 石畳の床に崩れ落ちるように膝を付くフレン。その尋常ならざる落ち込みっぷりにアリシアは苦笑しながら肩をポンポンと叩いた。


「ま、まあまあ、すぐに追いつくから心配しないの……さて、二人とも。ひとまず二人が冒険者として現状、どこまで出来るかテストするために幻想の塔に行くわよ」

「テスト、ですか?」

「シャルの戦闘技術が高いのはわかったわ。でも冒険者としての知識や経験が皆無ってことも他の数値を見ればわかる。フレンくんに至っては2階にも昇ったことがないっていうんだから、冒険者として駆け出しと呼ぶにもおこがましいレベルよ」

「うぅ、すみません……」

「ま、とりあえずパーティ組んで初めてなんだから、冒険してみましょ」

 アリシアがにっこり笑うと、シャルとフレンも嬉しそうに笑顔になって

「うん!」

 と元気よく返事をした。


 アリシアとシャル。

 こうしてフレンはかけがえのない仲間となる二人と、初めての冒険へと繰り出すのだった。

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