ナルハの村のおつかい
モラの持ってきたお茶を手に、店内にあった椅子に座ったフレンたちはカーミラからの言葉を待った。
「……そうね、どこから……話そうかしら」
珍しく思案しながら言い淀んでいたカーミラだが、やがてポツポツと言葉を選びながら話し始めた。
「まずはナルハの村についてね。あそこはある組織の実験場だった」
「実験場?」
「ええ、ナルハの村がいつからあそこにあったか知ってる?」
「そんなの、昔からじゃないんですか……?」
なんとも不思議な質問をカーミラをしてくる。フレンにとって生まれる前からあるものなのだから、当たり前のようにずっと昔からあるものだという認識だった。
「昔、と言ってもそれほど前じゃないわ。ほんの百年前ってとこかしら」
「百年……それって昔って言わないのかな……?」
隣に座るアリシアに同意を求めると、アリシアはカーミラを見たまま、掌を上に向けて肩をすくめた。
「集落の歴史としては短いほうじゃない? だからと言って、歴史が浅いとも言わないけど」
「アルフレイムの城下町や、他の村はそれ以上の歴史を持っている。なぜナルハの村だけ、歴史が浅いのか……それはナルハの村が最初から実験場として使われるために作られたからよ」
「!?」
「実験場、実験場って……一体なんの実験をしているっていうのよ……」
胸糞の悪い話をしているのは重々承知していたが、いざその単語を口にするとアリシアは突然お茶が不味くなったような気がして、苦々しい顔になる。
「人体実験に決まってるでしょ?」
「ッ!」
想像はしていた。施設や建物を指して実験場と呼ぶのではなく、村一つまるごと実験場と呼ぶのなら、きっとその対象は村人なのだろうと、アリシアは想像していたのだが、あまりにも信じたくない話しだった。
「アリシア。アナタ、あの村に行って何か気が付かなかったのかしら? なんとなくアナタなら気づいているんじゃないかと思うのだけれど」
「なんですって……?」
カーミラにそう言われてアリシアは村の光景を思い出す。
平和で平凡で牧歌的な村。
透き通った川の水。
最初に話しかけたおじいさん。
釣った魚をくれようとしてくれたおじさん。
ボールを取り合う男の子たち。
それを叱るお父さん――。
「……女の人が……いなかったわ……!」
「え……?」
アリシアはカタカタと震えるティーカップを両手で握りしめた。
「その通り。あの実験の対象者は雄のみなのよ」
縁についた口紅を拭ってカーミラは、壊れたカウンターテーブルにティーカップを置いた。
「雄……雄って言ったわね? 男性じゃなくて雄ってどういう意味?」
「……ナルハ実験場で行われていた実験は、人間をモンスターに変化させる実験だったのよ……」
「人間を……モンスターに……!?」
そんなとんでもないこと空想したこともない。尋常ならざる発言にフレンは驚愕の表情を隠せない。
「アナタたち、獣人と呼ばれるモンスターを知ってる? 頭が獣で身体が人間の」
それは昨日、ナルハの村に行く道中で馬車に乗った中年夫婦を襲ったモンスターに違いなかった。
「あれは人間をベースに改造したモンスターの代表的な例よ。人間を基本としているから知能があるし武器を扱える」
「そんな恐ろしいこと一体なんのために!?」
ティーカップを割れんばかりに握りしめてフレンは声を荒らげる。
「幻想の塔がもたらした国の利益は何も金銀財宝だけじゃないわ。モンスターという存在そのものに国は目をつけたのよ。あの強力な生命体をコントロールすることができれば、それは国家騎士を凌駕する戦力になる」
「まさか……実験場を作り出したのは国だっていうの!?」
「……ええ、国が命令を出して私たち、
カーミラが静かに放った衝撃の事実に、フレンたちは言葉を失った。
「じゃあ……アンタもその実験の片棒を担いでたってこと……?」
全ての事情を知っている。その上、
「そうね。ま、そこから逃げ出したから私はこんなに貧乏なんだけどね」
自嘲気味に笑ったカーミラは店内を見やる。モラのおかげで掃除は行き渡っているものの、とても立派とは言えない。さっき破壊されたカウンターテーブルも半分ほど木片に成り果ててしまっている。
「もしかして僕に渡した毒薬ってそのモンスターを処分するために……?」
「モンスターになり損ねた人間ってところかしら。あの人たちには気の毒だけど、ああなってしまったらもう助からない。もう少しで完成間近だったのもあって、私はあの人たちを殺すことに決めたのよ……」
「どうして……それをフレンくんに……」
「それは、この蒼い剣を手に入れたのがフーちゃんだったからよ」
カーミラはカウンター奥の棚にあった例の鞘が抜けない蒼い剣を取り出した。
「蒼い剣……これが何か?」
「これは幻想の塔で見つけられた宝剣と呼ばれる唯一無二の剣。モンスターを作り出す実験を始めた当初、
「そ、それじゃあの巨大蜘蛛は
カーミラは黙って頷く。
「どうしてそんなモンスターが1階なんかに……?」
「それはわからないわ。けど、あのモンスターを倒すことができたのはフーちゃんの強さがあったからよ」
「あれは無我夢中で倒しただけで、僕が強いわけじゃないよ」
思い出しただけで身震いする。あと少しでも判断を間違っていたら、偶然にも助けてくれた冒険者がいなかったら、確実に命を落としていただろう。
「いいえ、アナタは強いわフーちゃん。だから宝剣にも選ばれる」
「宝剣に……?」
「宝剣は自分にふさわしい所持者を選び出すの。意識を失ったフーちゃんのそばに宝剣があったのだとしたら、所持者をフーちゃんに定めたに違いないわ」
「でも、この剣は抜けないよ? 所持者だっていうなら抜けてもいいんじゃ?」
呪いと言われた鞘の抜けない剣。その所持者に選ばれたというのなら、しっかり装備できてもいいのではないのだろうか。
「ふふ、実はその剣は呪われてないわよ」
不思議そうに剣を見つめるフレンを見て、カーミラは楽しそうに笑った。
「宝剣には剣とそれを起動させる鍵が必要なのよ。鍵は幻想の塔のどこかにあって、その在処は宝剣が教えてくれるはずよ」
「それじゃ、その解呪薬は……?」
「真っ赤な偽物よ」
震える指でカーミラの持つ小さな瓶を指し示すと、彼女は手の中で弄びながら笑った。
「これはタダの回復薬。ま、今回の“おつかい”は宝剣の鍵についての情報料ってことで」
「そんな! それじゃ困るんです!」
「?」
先日までは蒼い剣の鞘を抜くために解呪薬が必要だったが、今は違う。サニアの呪いを解くためには絶対に手に入れなくてはいけないのだ。
「もしかして、何かあったの?」
「実は、サニアさんが昨日の夜、変な二人組に襲われて……呪いをかけられてしまったんです……」
「アンタ、その二人組のことは知らないの?」
見るからに気落ちしているフレンの肩に手を乗せ、アリシアはカーミラに向き直る。
「……思い当たる節はあるわ……呪法を習得した異端のプリースト。ラボラトリーの用心棒として雇ったって聞いたことがある」
一方のカーミラは普段では見せない、真剣な表情で顎に手をやりながら、思案を巡らせているようだった。
「ラボラトリー?」
「ええ、ナルハの村を実験場としてモンスターを創り出した組織のことをそう呼ぶわ……となると、その短剣はその時に壊れたのかしら?」
「はい、無我夢中で何が起こったのかよく覚えていないんですけど、気づいたら短剣にひびが入っていたんです」
「なるほどね……実はそれ、私が造った疑似宝剣なの。宝剣の力を1回だけ発動させることができる、いわば使い捨ての宝剣ね」
言われてフレンはひびの入った赤い短剣を見てみる。確かにもらった時と比べて赤色はくすんでいるように見えた。
「ハァ……別に騙されていたことはその情報とやらで納得してもいいわよ。どうせナルハの村までの“おつかい”程度じゃ報酬もたかが知れてるし。でも、このまま引き下がるわけにもいかなくなったのよね。カーミラ、改めて解呪薬を作ることはできないの?」
もともとカーミラの言うことを全面的に信じるつもりもなかった。それに宝剣とその鍵の情報というのも、あながち価値の低い情報とも言えない。騙されていたとはいえ、結果的に見れば十分に釣り合った仕事だったと言えるのだった。
それがわかっているアリシアはカーミラを責めるようなことはしなかった。
「材料さえあれば造れるわ。でもその材料のひとつは幻想の塔の中層以上じゃないと手に入らない」
「中層……そんなの無理だよ……」
下層どころか1階ですら手を焼いているフレンに中層に行くなど自殺行為以外の何者でもない。もっと言えば、アリシアがパーティに入っていたとしても中層を攻略することは不可能だろう。
「そうなると、闇市に頼るしかないわ。解呪薬の材料はそこで揃うはずよ」
「闇市……話しに聞いたことはあるけど、法外な値段をふっかけられるって噂じゃなかった?」
闇市。幻想の塔で手に入るものは全て国が買い取るシステムとなっており、もしどうしても手放したくないのであれば、その金額分を国に収めるのがルールだ。しかし、中には財宝やアイテムを国にバレないように懐に隠し、闇のルートで売買するものもいる。
そんな犯罪者たちが集まる市場を闇市と呼んだ。
「まぁね。一応信頼筋があるから口聞いてもらうように取り計らってあげてもいいわよ」
「ホントですか!?」
「でも、ここで一つ問題が」
「う、またですか……?」
フレンは以前解呪薬を貰う際に、交換条件として出された“おつかい”の件を思い出す。何か嫌な予感がした。
「私の言うことを聞いてあげたら、今度こそ解呪薬を造ってあげる。それも無料で」
「ハァ……足の先から頭の天辺まで胡散臭いんですけど……」
「なーに、簡単簡単。ちょっと私の借金をチャラにしてくれないかなー、なんて」
カーミラはウィンクをしながら舌の先ちょろっと出して、はにかむように笑った。
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