借金まみれの創製者
フレンは一枚のビラを手にして、城下町を歩いていた。ビラには派手な色使いと可愛らしい文体ででかでかと『安心・安全』と書かれていた。
「嘘くさいなぁ……」
文字と一緒に可愛らしい女の子の似顔絵が描かれていて、警戒感を失くすアピールをしているのだが、正直やり過ぎで逆効果としか思えなかった。
「えっと、ここだな。“金貸し一家ヴィルフィス”」
やがて、大通りから外れた人気の少ない路地にやってくると、一軒の建物の前でフレンは立ち止まった。そこにはビラと同じような文字で『金貸しヴィルフィス一家』と看板が掲げてあった。
「本当に大丈夫なのかなぁ……」
見た目の明るさとは程遠い、不穏な雰囲気の建物を目にして、フレンは不安で胸がいっぱいだった。
※
「「金貨10枚!?」」
フレンとアリシアが同時に同じ科白を口にすると、カーミラはうんざりした顔で両耳を手で押さえていた。
「その借金を僕たちでチャラにしろって言うんですか!?」
「そういうこと」
「バッカじゃないの! アンタ! 解呪薬の値段の10倍もあるじゃない!」
「っていってもー、私が作らなくちゃ解呪薬を手に入れる手段は皆無と言っても過言じゃないわよ? 言ってしまえばプライスレス?」
「ぐぬぬ」
余裕綽々のカーミラの表情を見て、足元を見やがってと悔しそうに拳を握りしめるアリシア。
「この借金さえチャラにしてくれれば、解呪薬はタダであげるって言ってるんだから、破格でしょ?」
「でも、僕たちは金貨10枚も持ってないですよ!」
「私も騙されたけど、フレンくんはホントにお金持ってないわよ! ざまーみろ!」
「いや、アリシア、そんな自慢することじゃないから……」
自分も同じ手に引っかかったとばかりにアリシアは凄んで見せるが、フレンにとっては不名誉極まりない。
「やっぱお金持ってないのかぁ。とはいえ、別に金貨10枚立て替えてくれって言ってるわけじゃないのよ。あの手この手でチャラにさえしてくれればいいわけ」
「つまり、借金した金貸しをどうにか言いくるめろって言いたいワケ?」
「正解」
ニヤリとカーミラは不敵な笑みを浮かべる。
「金貸し屋の名前はヴィルフィス一家。ここ数年で勢力を伸ばし始めた新興一家よ。毎日のように取り立てが来るから商売上がったりなのよー」
「うぅ、お願いしますみなさん。モラ怖いんですぅ」
ひょこっと顔を見せたモラが涙目で訴えかけてくる。そのあまりの不憫さにフレンもアリシアも断ることができなかった。
※
ほんの1時間前くらいのやり取りを思い出しながら、フレンは肩を落とす。
「アリシアもどっか行っちゃうし、僕ひとりでどうにかなるのかな」
まずは話を聞きにいけ、とアリシアに言われ単身乗り込むことになったフレン。アリシアはというと、考えがあるから、と言ってどこかに行ってしまった。
「仕方ない。とりあえず話を聞くだけだから大丈夫だよね」
覚悟を決めたフレンは、深呼吸を一度すると、恐る恐るヴィルフィス一家の扉をノックした。
「すみませーん」
するとドアは自動的にガチャリと開いた。見れば、ドアノブを引いたのは建物の中に居た、一人の女性だった。
「いらっしゃいませ! お客様は初めてのご利用ですか?」
「あの、えっと……」
「ささ、中へどうぞ! お客様のご相談内容に応じて、無理のない返済計画を立てていますから安心ですよー」
女性は物腰柔らかく、非常に美しい容姿をしていた。人懐っこい笑顔を浮かべてフレンの手を引いて、建物の中へと引っ張っていく。
「あ、あの、僕はお客さんじゃなくて……」
「え?」
「実は、カーミラさんに頼まれて――」
「!」
カーミラという単語を出した瞬間、さっきまで笑顔だったお姉さんの顔はみるみると豹変し、険しい顔になるとバッとフレンの腕を乱暴に突き飛ばした。
「痛ッ! え、あの……」
痛む腕を一瞬見やって、すぐに顔を上げるとそこにお姉さんの姿がない。
あっという間に恐怖に陥ったフレンは脂汗を流しながら、周囲を見渡す。
建物の中は、たくさんのテーブルと椅子が設置してあり、それぞれのテーブルには花が活けてある。とても明るく、楽しげな雰囲気のする建物なのだが、フレンにはそうは思えなかった。
「なんだ、カーミラの使いって聞いたからあの猫耳の姉ちゃんかと思ったが、こりゃカーミラの娘かなんかか?」
部屋の奥にある階段から人の声がしてくる。ゆっくりと姿を現したのは、以前モラに脅しをかけていた金髪の男性だった。
「ぼ、僕は男です……!」
「はっ、こりゃ驚いた。しかし、ソッチの趣味がある客もいるから安心しなぁ」
モラ同様につま先から頭まで舐めるような視線を浴びせられて、フレンは鳥肌がたった。
「実は相談があって来たんです! カーミラさんの借金を無かったことにしてくれないかって!」
勇気を振り絞り、震える声でフレンは男にそう懇願する。これはアリシアにそう言え、と言われた科白をそのまま口にしているだけだった。
「アァン? 舐めてんのかてめぇ……! 借りた金が帳消しになるわけねぇだろうが!」
金貸しにとってフレンの言葉は許しがたい科白だった。男は頭に血を上らせ、鬼の形相でフレンへと近づいてくる。
「おう、やめねえか!」
「ッ!?」
すると、さらに背後から2メートルはあるであろう大男が姿を現した。顔は傷だらけで頭はスキンヘッド。ぼうぼうの髭を蓄えており、右目は黒い眼帯に覆われていた。
「お、親父ィッ! すみません、すぐに追い出しますんで!」
「やめろって言ってんだ。聞こえなかったのか」
「ひぃっ!」
親父と呼ばれた大男は金髪の男の首ねっこを掴むと、強引に後ろへと投げ飛ばした。テーブルが壊れる音がしたが、親父は気にも留めない。
「カーミラの件で用があるみたいだな、坊主」
「は、は、はい……」
最も恐怖しているのはフレンだった。人間とは思えないサイズと圧力にビビり倒している。身体を動かそうにも指一本動かすことができない。
「あの女が寄越すんだ。何か考えがあるんだろ。ちょっとツラ貸しな」
そう言うと親父はフレンの頭を鷲掴みにし、軽々と持ち上げると階段を登り始めた。フレンは気絶一歩寸前のところで、空中に浮かんでいる不思議な感覚のまま、親父に運び込まれてしまった。
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