城下町の夜②

 自分は間違っていない。

 そう心の中でつぶやきながら、アリシアは夜の城下町を走り抜ける。


「何が“憧れ”よ……何が“ワクワクした”よ……! 本ッ当バカみたい! バカよバカ! バカバカバカバカバカバカバカバカァ!」


 同じ言葉を何度も何度も繰り返す声は夜の街に響いていく。走るアリシアの足は、だんだんと勢いを失くしていった。


「はぁっ、はぁっ……」


 やがてアリシアは立ち止まると、息を切らしながら地面を見つめた。どれほど走ったのかわからない。ここがどこなのかわからない。しかし、アリシアはそんなくだらないことを気にしている場合ではなかった。


「なんてバカなんだろう……私は……」


 あんなこと言うつもりではなかった。心の底から楽しそうに冒険者への憧憬の念を話す彼に、あんな酷いことを言うつもりではなかったのだ。自分は少し引いたところにいて、今時の子どもですら笑うような夢物語なんて適当にあしらっておけば良かったのだ。それが大人ってものだろう。それが他人とうまく付き合っていくための方法ってヤツだろう。そんなことはわかっている。わかっていたのだが湧き出す感情を止めることができなかった。


 きっと後悔しているのだろう。きっと悔しいのだろう。

 どうして彼と同じ気持ちを持てないのか、自分自身に失望したのだろう。

 だから衝動のままに吐き出してしまったのだ。


「なんでこんなことになっちゃったんだろ……お兄ちゃん……」


 自分でもわかるくらいに震える声を抑えることが出来ない。溢れてくるものが零れ落ちないように、アリシアは星で煌めく城下町の夜空を見上げる。

 

 世界が滲んで見えた。





 駆け出して行ってしまったアリシアの背中を呆然と見送ったまま、フレンはその場から動けずにいた。


 考えがまとまらない。何かアリシアに言ってはならないことを言ってしまったのだろうか。アリシアが怒るようなことをしてしまったのだろうか。

 自分の行動に確証が持てず、今から何をすればいいのか、どこへ行けばいいのか、何もわからなかった。


 ただ、アリシアにあんな顔をさせてしまって、あんなことを言わせてしまって、今自分が悲しんでいるということだけはよくわかっていた。


「フレン様」

 視界の端にサニアの姿が見える。


「何かあったのですか?」

 近寄ってくるサニアの顔はどこか心配しているような表情だ。


「アリシア様はどこへ? フレン様? どうしたのですか?」

「……」

 サニアの質問に答えられない。アリシアがどこに行ったのかわからない。


「フレン様……!」


 すると突然サニアは自分の顔を見て、ハッと驚いた表情に変わった。そして、静かに目を閉じて一歩近づくと


「……お屋敷に帰りましょうフレン様」


 ゆっくりと抱き寄せられ、耳元でそう囁かれながら頭を撫でられた。顔に当たっているサニアの服がじんわりと濡れていくのを感じた。

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