城下町の夜①
馬車が城下町にたどり着く頃にはすっかり陽が暮れていた。
帰り道の街道は薄暗かったため、城下町の家々や街に設置されたランプ灯の明かりを見るとどことなく安心できる。
「私は馬車を戻してきますわ。お二人はいかがいたしますか?」
旅は何事もなく終わったため、運び入れた荷物はほとんど手付かずだ。帰り道、サニアお手製のサンドイッチをいただいたため、バスケットだけは空になっていた。
その手付かずの荷物も降ろし終わり、あとは馬車を返すだけとなっていた。
「僕は酒場に寄っていこうと思うんだけど……サニアさん、姉様に夕食はいらないって伝えてくれた?」
「ええ、お伝えしております」
昨日はこっぴどく説教を食らったフレンだが、今日は帰りがいつになるかわからなかったため、しっかりとマールには夕食を外で取ると伝えてあった。これで心置きなく酒場に行けるというものである。
「ありがとう! じゃあ僕は酒場に寄ってくけど、アリシアも来る?」
「どうしようかなぁ、フレンくんの奢りなら行ってもいいけど」
「えぇ~! あんまり高くないメニューなら……」
フレンが財布の中身を確認しながら、情けない声を上げると、アリシアは吹き出して笑った。
「あはは、冗談よ! 今日はちゃんと持ってきてるから自分で払うわ」
「なんだホッとしたよ。それじゃ先に酒場で待ってるね、サニアさん」
「承知いたしました。すぐに参りますわ」
サニアと別れた二人は夜の城下町を並んで歩く。
この時間、外に出ている者のほとんどは酒場に足を運ぶため、人通りは多くない。遠くに噴水広場が見える路地を歩いているとふいにアリシアが口を開いた。
「フレンくんってどうして冒険者になったの?」
「え?」
いきなりの質問にフレンは目を丸くする。
「別に単純に気になっただけだから、言いたくなかったら言わなくていいよ」
「ううん、そんなんじゃなくて――」
アリシアとパーティを組んでいるのは、ほとんど偶然のようなものだ。冒険者同士、意気投合したわけではないし、お互いのことは全く知らない。
しかし、アリシアは傭兵冒険者を生業としているため、そのような冒険者事情なんてことには興味がないとフレンは考えていた。
「なんか意外だなって思って」
だから、アリシアがそんな質問をするなど想像していなかったのだった。
「……僕の姉様って凄いんだ」
ややあって、フレンはぽつぽつと話し始めた。
「小さい頃からしっかりしてて、何をやらせても超一流。僕の記憶の中の姉様は叱られたり、怒られたり、失敗をした姿なんて一度も見たこと無いくらい。でも、そんな姉様も落ち込んで落ち込んで、食事にすら手がつかなくなったことがあった」
いつでも凜とした態度を取っていたマールだが、両親が亡くなったときだけは、茫然自失の状態になり、部屋に閉じこもっていた時期があった。それはフレンだって同じようなものだったが、今までのマールからは想像が出来ない姿だったという。
「でも、あるときを境にいつもの姉様に戻ったんだ」
「あるとき?」
「姉様が冒険者になった、あの日から。その姿は今でも目に焼き付いてるよ。突然姉様が鎧と兜を装備して、フレン行ってくるって言ってね。3日後、家に帰ってきたときには冒険者ランキングで上位に入ってた」
「そんな短期間でランキング上位に?」
「すごいよね。僕も驚いた。それに姉様の格好はボロボロでね。モンスターの返り血で汚れてるし、いろんなところは怪我だらけだし、すごく心配したんだ。でも、姉様はすごく楽しそうだった……」
マールは帰ってくる度にフレンに幻想の塔で起きた出来事を話した。強敵と戦った日も仲間と馬鹿騒ぎをした日も命からがら逃げ出した日も毎日。それもいつも楽しそうに弾むように語っていた。
「姉様のあの顔。思い出しても笑けてくるよ。小さな子どもみたいに、いっつも笑顔で。僕も話を聞いてるだけでワクワクしてね……ああなりたいって思った」
「それが冒険者になった理由……?」
「姉様は反対するんだけどね。僕なんか冒険者に向いてないって」
今も反対されたままだ。それこそ1ヶ月以内にランキングに入らなければ家から追放されてしまう。
「アリシアの質問に答えるなら、憧れだから、かな」
冒険者になること、胸躍るような冒険をすること、かけがえのない仲間を作ること、冒険者としての当たり前のことに憧れて、フレンは冒険者になったのだった。
「憧れ、か……」
フレンの答えを聞いてアリシアは遠くの噴水広場を見やる。冒険者たちが騒いでいる姿が小さく見えた。
「アリシアは? アリシアはなんで冒険者になったの?」
同じようにアリシアがなぜ冒険者になったのか、単純に気になったフレンは嬉しそうに質問を返した。冒険者にはきっと、危険を冒してまで冒険をする、信念があるものだ。そう考えていた。
「お金」
「え……?」
しかし、アリシアから返ってきた答えはフレンが想定していたものとはまるで違うものだった。
「お金よ、お金。冒険者なんていう碌でもない仕事をやるなんて、お金目当てに決まってるでしょ。なんで住民の半数もの人間が冒険者をやってると思う? 普通の仕事してたら手に入らないようなお金がたった一日で手に入るからよ。そりゃあまともな仕事やってるのが馬鹿らしくなるわ。ちょっと塔に昇って、ちょっとモンスターを倒すだけで、その日の飢えを凌ぐことができる。その上、財宝なんて見つければ向こう1年は働かなくても生活できるわ。国だってそうよ。幻想の塔が出現してから、誰も彼もが冒険、冒険って。塔で手に入る財宝があれば国の資金が沸いて出て来るようなものですものね。その財力で隣の国にデカい顔だってできる。まったく冒険者様様よね。何もしなくても国力が上がっていくんだもの、冒険者ランキングの上位者を英雄だなんて呼んで、チヤホヤだってなんだってするわよ。ホントはただ野蛮で粗野で目先の欲望で頭がいっぱいのド底辺の癖して! だから冒険者なんてバカみたいな職業、お金を得る手段以外のなにものでもないのよッ!」
一気にまくしたてたアリシアは、全てを言い終わる頃には肩で息をしていた。
そんな彼女の姿を見て、フレンは何も言えなかった。
「……フレンくん、ごめん。やっぱ私帰るね」
「ア、アリシア……!」
「大丈夫。明日も今日と同じ時間……噴水広場で待ってるわ。それじゃ」
「ちょ、アリシア! 待っ――!」
力なく笑ったアリシアは明日の待ち合わせ時間を一方的に告げると、酒場とは別の方向に走り出した。フレンは去り際の彼女の腕を掴もうと手を伸ばしたが、ただ虚しく空を掴むだけだった。
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