赤い薬②
車輪がガラガラと音を立てて、馬車は順調な速度で東の村へと進んでいた。街の外はキレイな平原が広がっていて、そこを真っ二つに割るように街道が敷かれている。フレンたちと同じように馬車で移動する人や徒歩で移動する人など、街道は様々な人が行き交っていた。
「そういえば、アリシアの服装って冒険者らしくないよね」
城下町を出発してしばらく経った後、フレンは隣に座るアリシアの姿をマジマジと見て、ストレートな意見を口にした。
「突然なんて失礼なことを言うのよアンタは」
アリシアは少し不機嫌そうな顔をしたが、フレンが本当に疑問に思っただけなのだとわかっているのでさほど気にしていなかった。まだフレンと出会ってから1日しか経っていないが、フレンが無駄な嫌味や悪口を言う性格ではないと見抜いていた。
「っていうか、ちゃんと冒険者らしいでしょ。結構標準的なプリーストの格好なんですけど?」
自分のローブを見ながらアリシアは反論する。自分としては冒険者としての基礎的な部分を残しつつもアレンジを加え、女の子らしさも追求した完璧なものだと思っていたため、世間知らずなお坊ちゃんに言われたとわかっていても、自分の魅力が伝わらなかったことに少しだけがっかりしてしまう。
「プリースト?」
「フレン様、プリーストとは冒険者の中のクラスの一つですわ」
前をずっと見ているサニアは後ろを振り返ることなく、フレンに助け舟を出す。
「おもに回復とかサポートのスキルを習得できるクラスね。最近ではあんまりいないんだけど、昔はパーティに欠かせないクラスだったのよ?」
「あ、そういえば昨日の鍛冶屋のおじいさんが言ってたよね。解呪魔法が使えるって」
フレンは昨日カーミラについて教えてくれた鍛冶屋の受付を思い出した。解呪魔法を使うプリーストがいなくなったから、解呪薬に頼るという話しのはずだ。
「あー、解呪魔法は使用頻度の割に取得が大変だから使える人ほとんどいないわ。私も使えないし」
「そっかぁ……それにしても、どうして最近はプリーストになる人が少なくなったの?」
「大きな原因は少し前からプラチナレーベルの回復薬が市場に出回り始めたからよ。薬を使えば誰でも回復ができるわけだから、回復の役割が不必要になったの」
「プラチナレーベルって?」
「アンタ、物事を知らないにも程があるわよ! 本当に冒険者なの?」
あまりにフレンがアルフレイムの冒険者事情を知らなすぎるのでアリシアは頭を抱えてしまう。この先、一緒のパーティを組んで本当に大丈夫なのか不安がよぎる。
「ご、ごめんなさい」
「ハァ、まあいいわ。レーベルって言葉は知ってる?」
「レーベルって武器とかアイテムとかを作った人のことでしょ?」
「そうそう。と言っても個人に対して使うものじゃなくて、工房に対して使うものなんだけどね。協力して複数の人間でアイテムを作る集団もいるから」
「つまりブランドと言い換えることもできますわね」
鍛冶屋や調合師と呼ばれる職業の人間は、作ったアイテムを市場に出すために、アイテムに対して銘を打つことが義務付けられている。その銘はレーベルと呼ばれ、アイテムを求める客たちはレーベルを見て商品を買い求めるのである。
「それこそ人気のレーベルなんてものは高い値段で取引されているからね。その中でも絶大な人気を誇る工房のことをプラチナレーベルと呼んでいるのよ」
市場調査で売り上げが高いレーベルや顧客からの評判が良いレーベルは、国からプラチナレーベルに指定されるのである。プラチナレーベルともなれば、誰もが知っている有名商品。市場に出回ればあっという間に売れきれる程の人気ぶりだという。
「じゃあプラチナレーベルになった回復薬って言うと、それはすごいものなんだろうね」
「そういうこと。しかも、供給量は多いし、なにより値段が安いのよ! そりゃみんなプリーストなんて使わなくなるわ」
安いアイテムで安定した回復が図れる、その上売り切れる心配もなければ、冒険者はこぞってその商品を買い求めるだろう。それに反比例するように、回復職であるプリーストの需要が減っていったのだとアリシアは言う。
「でも、アリシアは続けるんだね」
「そうね、私は他のクラスは向いてないから」
きっと何度も聞かれた質問なのだろう。アリシアは興味なさそうに過ぎていく風景を見やりながら、簡単にそう答えた。
「それを言うなら、フレンくんって何のクラスなの? 装備品が初心者用過ぎてわからないんだけど」
「え、クラス? それってどうやってなるの?」
「はぁ〜!?」
キョトンとしているフレンに対してアリシアはここ一番の大声を上げた。
「ま、まさか何のクラスにもなってないの!? ギルドは!?」
「えーっと……ギルドって聞いたことあるな……」
「ハァ、もういいわ。頭痛くなってきた……そりゃランキングも圏外だわ」
冒険者としての知識がここまで無いとは夢にも思わなかったアリシアは眉間に手を当てて肩を落とした。
「アリシア様、ぜひともフレン様にご教示ください」
「私は家庭教師に転職した覚えはないんだけど……えーっと、どこから説明すればいいのかしら……まずはギルドね」
「思い出した! ギルドって確か冒険者の人たちが集まる施設だよね」
「半分正解。なんで集まるかっていうと、ギルドは職業ごとに別れていて、そのギルドに所属することでクラスを取得できるからよ。例えば私は聖職者ギルドに所属してプリーストのクラスを取得したってこと」
国から認可が降りたギルドはアルフレイムの城下町に点在しており、職業毎に別れている。剣士ギルト、聖職者ギルド、魔法ギルド、盗賊ギルド、商人ギルドなどその数は年々増えていっているとのことだ。国の認可が降りればどんな職業でもギルドとして運営できるのである。
「ギルドに所属してから功績値を一定数集めることでクラスを取得できるの。クラスを取得すると指輪の力で様々なスキルを覚えることができるようになるわ」
「そういう仕組みだったんだね」
改めて自分の指に嵌っている指輪を見てみる。いろいろな魔法が掛けられているとは聞いていたが、そんな力まで備わっているとは、なんて不思議な指輪なのだろうとフレンは感心した。
「それでフレンくんはなりたいクラスとかないの?」
「えーっと、そうだなぁ……」
フレンにとっては降って湧いたような話である。強くなれるチャンスがすぐそこに転がっていたことに気づきもしなかった。憧れの冒険者に近づけるチャンスを。
「ごめん、すぐには決められないや」
憧れというものは身近にあるものではない。今すぐ強くなれると言われてもフレンには実感の湧かない、霞のような話だった。
「それもそうね。どうせ今決めたってしょうがないんだから、おつかいが終わるまでには考えておきなさい」
そんなフレンの気持ちがわかってしまうアリシアは、特に責めることもせずに済ました顔でそう言った。
「お二人とも、おしゃべりはそのくらいにしましょう。お客様です」
「お客様?」
サニアの言葉に促されて前方を見てみると、大きく広がった平原の向こうから、一台の馬車が猛スピードでこちらにやってくるのが見えた。
「! モンスターに襲われてるわ!」
猛然と走る馬車の後ろをさらに数匹のモンスターが追いかけてくる。
どうやら馬車がモンスターに襲われているようだ。
「行こう! アリシア!」
カーミラからもらった赤い短剣を装備すると、急停止した馬車からフレンは勢いよく飛び降り、襲われている馬車の方へと走っていく。
「仕方ないわね。サニアさん、お留守番よろしくね」
「ええ、ご武運を」
額に手を当てて、少し面倒そうな顔をするアリシアではあったがフレン同様に馬車から飛び降りると、軽々としたステップを踏みながら一気にフレンに追いついた。
「フレンくん! モンスターは獣人と呼ばれる種族よ! 戦ったことある?」
あっという間にフレンの隣に並んだアリシアはスピードを弱めて、フレンと足並みを揃える。
「1階の弱いモンスターなら!」
「十分よ。獣人たちは知能があって、武器を使うわ。見たところ、剣と斧と弓。全部で5体」
どんどん近づいてくる馬車とモンスター。どうやら追いかけているモンスターは5体で、それぞれが武器を手にしている。
獣人と呼ばれるそれは、大きな狼のような姿をしているが二足歩行をしていて、身体はどちらかというと人間に近い形をしている、奇妙な姿だった。
「す、す、す、すいませんん! たたた助けてくださいぃ!」
逃げ惑う馬車から声がする。見ると、中年の夫婦であろう二人が馬車を操舵しながら怯えきった表情をしていた。
「大丈夫です! あとは私たちに任せてください!」
すれ違いざまにアリシアが声をかける。
馬車はそのままのスピードでサニアがいる場所の方向へと走っていった。
「やっぱりアリシアって優しいんだね」
「ハァ? 何言ってのよ。ほら、くだらないこと言ってないで。来るわよ!」
二人は同時に平原のど真ん中に立ち止まって陣取ると、腰を落としてモンスターたちを待ち構える。
「ウォォオオオオ!」
アリシアとフレンを新しい標的として定めたのか、獣人たちは雄叫びをあげなら、こちらに向かってきた。
「我拒む。悪しきものの魂は神聖な力でもって拒否されるだろう――」
アリシアが言葉を発しながら首にかけていた十字架のネックレスを外すと、その十字架がたちまちの内に巨大化し、地面に突き刺さった。
「――ホーリィウォール!」
「ガァアアウッ!」
するとフレンとアリシアを覆うように半球体状の光の膜が出現した。
勢いよく向かってきたモンスターたちは、その膜に衝突して、それ以上は進めなくなっている。
「こ、これは!?」
「モンスターの侵入を拒む結界みたいなものよ。レベルの低い雑魚なら入ってこれないわ」
「す、すごいよアリシア!」
「結界は長く持たないわ。邪魔している内に攻撃しなさい」
「わ、わかった! やってみるよ!」
言われるがままに、フレンは赤い短剣を逆手に持ち替えると、助走を付けて結界に衝突した獣人に飛びかかり、その額目掛けて短剣を振り下ろした。
「ギッ、ガアアアッ!」
切っ先が獣人の頭を傷つけるものの致命傷にならない。弾き飛ばされるようにフレンは地面に着地した。
「くっ! 少しはダメージを与えたみたいだけど、まだまだみたいだ……!」
「仕方ないわね! サポートしてあげるから、もう一度!」
「了解!」
アリシアの言葉を背中に受けて、フレンは短剣をしっかり握り直すともう一度獣人に攻撃を仕掛ける。
「汝に力を……ブレイブ!」
フレンの短剣が獣人にヒットする直前、アリシアが両手を広げるとフレンの身体がほんのりと赤く光りだした。
「グッガアアアッ!」
「これは……! 力が湧いてくる!」
先程は弾き返された攻撃がすんなりと通った。短剣は獣人の頭蓋骨を貫通し、その傷穴から黒い霧が吹き出した。
「次ッ!」
「はいッ!」
断末魔を上げる獣人には目もくれず、アリシアの命令に従って、今度は身体を低くしながら結界から飛び出すと、素早く斧を持った獣人に近づく。その瞬間、またもアリシアは両手を広げて魔法を放った。
「次はスピードを上げるわよ! 汝に力を……ウィング!」
今度はフレンの足が緑色に光りだす。
「うわっ、足が軽い!?」
獣人は両腕を使って斧を大きく振りかぶると、疾走するフレンに向けて振り下ろす。しかしアリシアのサポートにより、まるで足に羽が生えたかのように素早く動けるようになったフレンの姿を捉えきれずに、斧は地面を砕いた。
その伸び切った両腕の上をトン、と片足で乗っかると、フレンは反動を付けて大きく飛び上がる。瞬間、獣人の眼前にフレンの膝が迫ってくる。
「グブゥッ!」
フレンの飛び膝蹴りが顎に命中し、獣人の牙を砕く。ゆっくりと後ろに倒れ込みながら、トドメとばかりに獣人の胸に短剣を突き刺した。
「フレンくん、やるじゃない!」
「アリシアのおかげだよ!」
アリシアはフレンの流れるような体捌きを見て歓喜の声を上げる。身体能力をプリーストのサポートスキルで上昇させているとはいえ、すぐに順応して自分のモノにしているフレンの動きには目を見張るものがあった。
「油断しないで! あと3体よ!」
霧散したモンスターから短剣を拾い上げ、残った3体のモンスターに切っ先を向ける。
「フレンくん! 弓矢が飛んで来るわ!」
奥にいる2体のモンスターが弓を構えてフレンに照準を合わせると、2体同時に矢を放った。風切音を放ちながら飛んでくる矢を見てアリシアは声を上げる。
「ガァアアッ!」
それと同時に長い剣を持った獣人が襲いかかった。弓矢が放たれることがわかっての同時攻撃だとしたら抜群のチームワークと言える。
「なんの!」
しかし、フレンは慌てることなく飛んできた矢を左右にステップを踏んで難なく躱すと、肉薄してきた獣人に向けて短剣を突き出す。
鋭い攻撃を獣人は刃の腹で受け止める。
「我は神の代弁者。彼の者に神の裁きを下さんッ――ホーリィライトニング!」
剣を持った獣人がフレンと対峙している隙きに、アリシアが前方に腕を伸ばして詠唱すると掌から光の球体が二発飛び出し、弓矢を持った獣人を襲った。
「ガッ――!」
球体は寸分違わず獣人の頭を捉え、軽々と吹き飛ばした。2体の獣人は悲鳴を上げることも叶わず霧散していった。
「これでラストだァッ!」
フレンは素早く膝を落とす。小さい身体がさらに低い姿勢になり、獣人の視界から一瞬消え失せる。戸惑った獣人の脚に横方向から凄まじい衝撃が放たれた。
地面についた片手を軸に遠心力を利用して、大きく弧を描いたフレンの右足が獣人の足を払ったのだった。
足払いが決まり、バランスを崩す獣人。すかさず飛び上がると、フレンは仰向けに倒れた獣人の頭に容赦なく短剣を突き刺したのだった。
※
「あ、あ、ありがとうございましたぁああ!」
「なんとお礼を言ったらよいか……うっうっ」
モンスターたちを一掃し、サニアの元に戻ってきた二人に、中年夫婦は涙を流して頭を下げた。
「そんな、謝らないでください。僕たちは当たり前のことをしただけですから、お気に――うぐぅ!?」
「いやー、命が無事で良かったですね!」
笑顔で答えるフレンの口を両手で塞ぐと、その背後からアリシアはフレンに負けない満面の笑みを持って答えた。
「しかし、あれほど強力なモンスター、幻想の塔でもなかなかお目にかかれませんよ。ランキング上位者である私たちがいなかったらほんっとうに危なかった!」
続いて困り顔をしながら両方の掌を空に広げてやれやれ、とオーバーな動きを見せる。演技がかった口調に嫌な予感がする。
「そ、そうだったんですか! そりゃあ本当に助かりました冒険者様!」
「いえいえ、冒険者として当然のこと――うっ!」
「ど、どうしました冒険者様!」
「いえね、さっきのモンスターから受けた傷がちょっと痛みまして……うぅっ」
そういうとアリシアは両手をフレンの口から離し、急にうずくまると膝を押さえてうめき声を上げた。
「そんな! お怪我をされたのですか!」
自分たちのせいで怪我をしたのかと驚いた夫婦は心配そうにアリシアに駆け寄る。
「いや、結界に居たから無傷――いっ!?」
フレンが余計なことを言おうとすると、アリシアはフレンの内ももをこれでもかと捻り上げる。全く無防備な柔らかい肉を捻られて、想像を絶する激痛が走った。
「本当にごめんなさい! これ、治療代になるかどうかわかりませんが受け取ってください……!」
何度も頭を下げながら女性が懐から皮でできた袋を取り出し、アリシアの手に握らせた。大きく膨らんだそれは、ジャラリと金属の音を立て、しっかりとした重みを持っていた。
「すみません、助かります……ううっ」
素早く皮袋を自分の懐にしまうと、アリシアはゆっくりと立ち上がった。
「それでは私たちは先を急ぎます、助けてくれて本当にありがとうございました!」
そう言うと中年夫婦は晴れやかに笑いながらその場を去っていった。
「お気をつけて〜!」
モンスターからの傷はどうなったのか。アリシアも太陽のような明るい笑顔でもって中年夫婦を見送ったのだった。
やがて小さくなる夫婦の背中を見て、ニヤリとほくそ笑んだのをフレンは見逃さなかった。
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