赤い薬①

 気持ちのいい朝日の中、アルフレイムの城下町が活気を出し始める頃、フレンとサニアは待ち合わせの時間に間に合うようにといささか早めに城下町の門にやってきていた。

 サニアは手配した馬車に積んだ荷物を整理しており、それを待つフレンは荷台に腰を掛けて暇そうに足を揺らしていた。


「姉様のお説教で朝ご飯も食べ損ねちゃったよ……」


 昨日、結局屋敷に戻ったのはマールが夕食を食べ終わった後だった。使用人たちが温め直した夕食を出してくれたのだが、そこから夜遅くまでマールの説教が延々続いたため、夕食には手がつけられず、朝は朝で起きた瞬間から説教の続きが始まってしまい、とうとうほとんど何も食べていない状態で集合時間を迎えてしまった。


「幾分か作ってきましたので、道中にお食べ下さい」

「うわーん、ありがとうサニアさーん」


 サニアの言葉に荷台を見てみると、他の荷物と並んでバスケットが置いてあるのが見える。どうやらお弁当を作ってくれたようだ。


「それ、私ももらっていいかしら? 寝坊しちゃって朝ごはん食べそびれたの」


 聞き覚えのある声がして振り返ってみると、そこに昨日と同じローブ姿をしたアリシアが立っていた。


「アリシア! 来てくれたんだね!」

「おはようございます。アリシア様」

「ま、まぁね。私、契約だけはしっかり守るからね」


 心の底から嬉しさを表現するフレンの顔を見て若干気恥ずかしくなったアリシアは、照れ隠しに腰につけていたバッグを取り外し荷台に乗せ始める。


「あれ、あんまり荷物ないわね。日帰りなの?」

「うん、届け物を頼まれただけだから」


 荷台に乗った荷物を一見して、それがどの程度の規模の旅なのかを見抜いたアリシアは成る程、フレンよりは明らかに立派な冒険者であった。


「届け物ねぇ。それで、結局どうして東の村に行く必要があるわけ?」

「ああ、それはね――」


 フレンは幻想の塔の1階で巨大蜘蛛と戦ったこと、意識を失って気づいたら蒼い鞘に入った剣を拾っていたこと、その剣が抜けない呪いにかかっていてカーミラを訪ねたこと、そしてカーミラから解呪薬をもらう代わりに“おつかい”を頼まれたこと、今までにあった出来事をすべて順を追って丁寧に説明した。


「ふぅん、怪しいわね。その女」

「アリシア様、全くの同感ですわ」

 共通の意見を持った二人はがっしりと無言で握手を交わす。


 アリシアとしては創製者クリエイターがどうとか、解呪薬がどうとか、そういうのは二の次で、人間としても女としても胡散臭さのようなものを感じていたのであろう。


「なんでよぉ、カーミラさんいい人なのに」

「アンタ、お坊ちゃんってことは本当らしいわね。世間知らずもいいとこだわ」

「それがフレン様のいいところなのですわ。無理に変えることではありません。この純朴さが何より愛おしい」

 そう言って仄かな笑みを浮かべるサニア。きっとこうやってサニアに甘やかされて育ったのだろうということが容易に想像できる。

「サニアさんは過保護すぎよ。いい? フレンくん。解呪薬ってのは金貨1枚相当の高級品なわけよね?」

 代わりに叱ってやらなければ、という強い気持ちを持ってアリシアは眉間にしわを寄せ、厳しい表情のまま人差し指を上空に突き立てた。


「うん」

「それじゃあフレンくんは他の誰かに、東の村に届け物をして欲しいって依頼するとき報酬として金貨1枚を支払う?」

「東の村なんてすぐなんだから、金貨1枚は高すぎるよ。せいぜい銀貨2,3枚なんじゃないかな?」

「わかってるじゃない。ほら、おかしい」

「あ……」


 アリシアの分かりやすい説明でようやくこの“おつかい”が何かおかしいことに気づいたフレン。つまりは、解呪薬の代価に相当するような“おつかい”でなければ辻褄が合わないのである。近くの村に届け物をするくらいでは、とても金貨1枚には値しない。


「ど、どういうことなんだろう……」

「それはわかりませんわ。しかし、カーミラが何か隠しているのは確かでしょう」

「とはいえ、外のモンスターは強くないし、気をつけていれば大丈夫なんじゃない? その蒼い剣のことも気になるし」


 一行の頭に不安がよぎるものの、解呪薬を手に入れるためには行くしかない。アリシアは不安そうな顔をするフレンを見ながら、わざと楽観的な科白を言った。


「アリシア様の言う通りですわね。そろそろ出発しましょう。遅くなっては本日中に帰れなくなります」

「うん。心配してもしょうがないし、それに今はアリシアもついててくれるもんね!」


 当初は二人で東の村に行く予定だったのだ。ここに来て傭兵冒険者として経験を積んでいてるアリシアがパーティにいてくれるのはとても心強かった。


「ま、まぁね、私がいるんだから大船に乗ったつもりでいなさい! さ、行くわよ!」


 フレンの純真な視線に耐えきれず、プイと横を向きながらアリシアは馬車の座席に座り込んだ。続いてフレンがアリシアの横に座り、サニアは馬車の御者台に乗り込んだ。


「サニアさんって馬車も操縦できるの?」

「フレン様に仕えるものとして、一通りのことはこなしてみせますわ」

「うーん、やっぱり只者じゃないわね……」


 昨晩のフォーク投擲を思い出して身震いするアリシアだったが、それに気づかないフレンはアリシアを横目に勢いよく拳を突き上げた。


「よし! それじゃあ東の村に向けて出発!」


 フレンの掛け声に合わせてサニアが手綱を揺らすと馬車はゆっくりと動き出し、街の東門を出発したのだった。

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