傭兵冒険者②
美味しそうな料理の匂いと客たちの怒号が飛び交う騒がしい酒場の一席をフレンたちは囲んでいた。
「えっと、私、まんまる豚の姿焼きと豪炎牛のロースト、あとアルフレイムビールで。あ、本日の幻想パスタってやつも。大盛りでよろしく!」
「お、食うね姉ちゃん!」
注文を取りに来た酒場の店員のお兄さんにアリシアは流れるように注文をする。女性が食べ切れるような量ではないことを知っているお兄さんが感嘆の声を漏らすと、嬉しそうにアリシアはニカッと笑った。
「フレンさんたちは食べないんですか?」
「ぼ、僕たちは帰ってから食べるから……オレンジジュースで」
「フレン様と同じものを」
「あいよぉ! 少々お待ちを!」
注文を伝える小気味の良い声が酒場に響き、厨房からはそれに反応してさらに大きな声が聞こえてきた。
「すみません、私お腹減っちゃうと力が出なくて」
道端で突然パーティの誘いを受けたフレンが困惑していたところ、アリシアのお腹の音が鳴り始めたため、話の続きは酒場で行うことになったのだった。
「いえいえ、いいんです。僕も酒場は好きですから」
「そういえばフレン様。フレン様を笑ったという不届き者はどこに……?」
「その話はいいから! ごほん! それでアリシアさん」
耳元で何やら不穏なことを聞いてくる。明らかに殺意のこもった表情をしているのでフレンはそれを勢いでごまかした。
「はい?」
「どうして僕とパーティを組もうなんて話しになるんですか?」
パーティを組む――つまり仲間を募り、集団で冒険に挑むという事自体は冒険者の間では当たり前に行われていることだ。いつも同じメンバーで冒険をするものもいれば、その日の気分や予定によってメンバーを変える者もいるが、幻想の塔の上に行けば行くほど、パーティを組むことが前提になってくる。
しかし、パーティを組むにもデメリットがある。気が合わない者だったり、探索する階層に似つかわしくない未熟者が紛れていると、途端に危機に陥るからである。パーティを組むにも慎重さが求められるのだ。
「だって僕らは初めて会ったわけですし、それに自分で言うのもなんですが、僕は駆け出しですよ?」
つまりフレンのような未熟者の人材をパーティに引き込もうとする者は皆無と言っていいのである。
「私は別に塔の探索のためにパーティを組みたいわけじゃないんですよ」
「?」
「実は私は傭兵冒険者なんです」
「傭兵……?」
「傭兵冒険者。金銭やアイテムなどを報酬として冒険者と契約し、契約の期間内のみパーティに参加する冒険者のことですわね」
フレンには聞き覚えのないことだったが、詳しいのかサニアが説明を買って出てくれた。
「はいよ! お先にアルフレイムビールとオレンジジュースふたつね!」
「おっ、来た来た!」
話を割るように店員が手にした飲み物をテーブルの上にどかっと並べる。美味しそうに冷え切ったグラスを手にすると、アリシアは勢い良くグラスを傾けて、一気に飲み干した。
「ぷはぁっ! おいしーいっ! お兄さ―ん、もう一杯!」
「ぼ、僕たちもいただこうか」
男顔負けの一気飲みを披露するアリシアの姿を若干引いた目で見ながら、フレンとサニアもオレンジジュースに口をつける。
「さっきの続きですが、サニアさんの言う通りです。私は傭兵として依頼された冒険者とパーティを組むことを生業としているんです」
「って言われても。僕は傭兵さんを雇うほど困ってないし……」
「本当ですかぁ? ちなみにフレンさんってランキングは何位です?」
疑いの眼差しと若干バカにしたような笑顔でもって質問をしてくるアリシアに、心底嫌そうな顔でフレンは答える。
「圏外です……」
「ぷっ! 圏外っ! マジですか!? あはは――はッ!?」
フレンの答えに対して吹きだし、笑い声を上げた瞬間、アリシアの顔の横を何かとんでもなく速い物体が風を切りながら通り過ぎていった。
「うわぁっ!?」
ややあって背後に座っていた客の悲鳴があがる。
「い、いま、今のは……?」
ゆっくりと後ろを振り返ると背後の客が持っていたビールのグラスにフォークが突き刺さっていた。
「あ、あわわわわ」
再度、ゆっくりと元の方向へ顔を戻すと、明らかに投擲した後の姿勢で静止しているサニアの姿があった。
「アリシア様……何か?」
絶対零度のような冷たい微笑を浮かべるその表情から、人を殺すのさえ躊躇わないであろうという意志がひたひた這い寄ってくるのを感じた。
「い、いえ何でもないです……」
アリシアは何やら熱いものが自分の頬を伝って落ちていく感触を知って、全てを悟ったのだった。
「わかればよろしいのですわ。では、続きを」
「ア、アリシアさん……ごめんなさい……」
何事もなかったように席についたサニアを見て、フレンは小さくアリシアに頭を下げた。
「はいよ、姿焼きとローストビーフ、幻想パスタおまちっ!」
そんな事態を知らない店員が爽やかな掛け声とともに、大量の料理をテーブルに並べて去っていった。
「え、えーっとぉ。つまりですね、フレンさんは駆け出しの冒険者。しかもパーティを組んでいない様子」
今起こったことは忘れようと、アリシアは並んだ料理にフォークを伸ばしながら話を続ける。
「今までソロで冒険していた人を何人か知っていますが、そのほとんどが、いわゆる“下層”で命を落としています」
豚の姿焼きを丁寧に切り分けながら口に運ぶアリシアの科白を聞いてフレンの背筋に寒気が走った。
現在、冒険者たちによる幻想の塔の最高到達点は30階とされている。ランキング上位の凄腕の冒険者たちが命がけで到達した30階を最上層と呼び、そこから10階毎に上層、中層、下層と呼び方が分けられているのである。
アリシアの言う下層とは1階から10階のことを指している。アリシアいわくパーティを組まずに一人で冒険する“ソロ冒険者”は中層以降に到達できずに、志半ばで命落とすのだというのだ。
「いいですか、フレンさん。ソロの冒険者ってのは無鉄砲な愚か者か、最強無敵の豪傑しかいないんです。それともフレンさんは自分は後者だと言い張るつもりですか?」
大きな肉の塊を素早く咀嚼して飲み込むと、アリシアは鋭い眼差しと何も刺さっていないフォークを突きつける。
フレンはアリシアの視線を真っ直ぐに受けながら冷や汗を垂らした。
確かに一人では1階の探索でも精一杯だ。先日の巨大蜘蛛との戦いだって、気を失ったフレンを誰かが助けてくれてなかったら、今頃酒場でのんきにオレンジジュースなんて飲めていない。
「で、でもアリシアさんには何の得もないんじゃ?」
「何をおっしゃいますか。私は傭兵。もらえるものさえもらえれば、どんな冒険者のお手伝いでも喜んで引き受けますよ」
一点の曇りもない鮮やかな笑顔で答えるアリシアにサニアはため息混じりに口を開いた。
「……フレン様。アリシア様はどうやら勘違いしているご様子ですね」
「うーん、やっぱりそう思う? 僕も薄々感じてたんだけどね」
「はえ? どういうことですか?」
どうやら二人の意見は一致しているようだ。置いてけぼりのアリシアはビールのグラスを片手に小首をかしげる。
「アリシア様。フレン様は現在、所持金がほとんどございません」
「はぁー!? 何いってんの!? お金持ちのお坊ちゃんなんでしょ!?」
サニアの告白に割れんばかりの勢いにグラスをテーブルに叩きつけ、アリシアは椅子から立ち上がる。
「いかにも。しかし、自由に使えるお金は冒険者としてご自身が手に入れられた収入のみなのですわ」
「あはは……実はそうなんです」
収入が少ないことはあまり自慢できることはないが、事実、フレンの所持金は雀の涙程度である。
「ってことで、傭兵さんを雇うようなお金は……ってアリシアさん? 聞いてます?」
見るとアリシアはうつむいたまま、何やらブツブツとつぶやいている。こちらの声が全く耳に届いていないようだ。
「あ、あは、あはは……どうすんの……どうすんのよ……」
「え?」
すっかり口調が変わり、身体を震わせながらだんだんと声が大きくなる。何事かとフレンとサニアが恐る恐る覗き込んだ瞬間――
「ここの支払いどうするつもりよ!! 私お金持ってないわよ!?」
がばりと顔をあげたアリシアはとんでもないことを言い出した。
「いやいやいや! 知らないよ! 自分で食べたんでしょうが!」
「この場合、金持ちのアンタたちが、パーティになったお祝いだからおごるよ、って言って全額持つのがルールでしょ!」
「そんなとんでもルール初耳だよ! そもそもまだパーティ組んでないじゃないか!」
「それはこれからパーティになるからいいの! って貧乏人とパーティなんか誰が組むかァッ!」
「そうですか。それなら支払いの件は解決ですね。では、私たちは失礼します」
アリシアの言い分ではパーティを組んだお祝いで金持ちのフレンたちが支払うべき、というものだがパーティを組まないと宣言した以上、そのルールとやらは通用しなくなる。
サニアは残ったオレンジジュースを綺麗に飲みきると音もなく立ち上がった。
「わーッ! 待って待って! 待って下さいぃ!」
「まだ何か?」
「ホントにお金無いんですぅ! このままじゃ無銭飲食で捕まっちゃうよぉ!」
さっきまでの勢いはどこへやら、バランスを崩しながら急いでサニアの足元に駆け寄ると床に這いつくばりながら両足を抱きつき、恥も外聞もないほどに涙を流してむせび泣いた。
周りを見ると何事かと大勢の客がこちらを注目していた。
「ハァ……わかりました、ひとまず僕が支払うからもう泣き止んでくださいよ……」
大泣きしている女性をほうっておくわけにもいかず、ひとまずフレンが3人分の食事代を支払うことに。
「うっ、ぐすっ、ちょっとまって、まだ料理っ、ぐすっ、残ってるからぁ」
「うわぁ……この状況で食事を続けるつもりなのか……」
痛いくらいの視線を周囲から浴びせられている一行。
代金を支払ってさっさとこの恥ずかしい場面から逃げ出したいフレンだったが、泣きながらアリシアが料理を食べ始めたため、追加注文したビールを含めて、全ての料理を平らげるまで仕方なく待つしかないのだった。
※
「それで、ホントのほんっとにお金持ってないわけ?」
「持ってないよ! 今だって僕のお財布にあったお金の半分近く使っちゃったんだよ!?」
無事に誰も捕まることなく、酒場の外に出られた一向。高いメニューばかり頼んだアリシアのせいで、フレンの財布はかなり軽くなってしまった。どうやら初めから奢ってもらうことを前提にメニューを注文していたらしい。
「はぁ、見た目といいメイドさんを連れて歩いてるところといい、絶対金持ちのお坊ちゃんだと思ったのに、とんだトラップだったわ」
「ぬ、盗人猛々しいとはまさにこのことですわね……」
食べた料理を全額奢ってもらったにも関わらず、すっかり泣き止んで開き直った挙句に悪態までつくアリシアの姿を見て、さすがのサニアも言葉を失う。
「ハァ、過ぎたことを悔いても仕方ないわ。それじゃあね、バイバイ」
「まてまてまて!」
何故かあっさりとこの場を後にしようとするアリシアをフレンは全力で制止する。
「お金返してよ! 僕だって貧乏なんだからね!」
「えぇー、ちっちゃい男だなぁ。だから身長低いし女の子みたいな顔してんだぞ?」
「あっれぇ、おかしいな、なんで僕が責められてるんだろう……」
感謝されることはあっても、悪口を言われる謂われはないはずなのだが、アリシアの口から出て来るのはフレンの心をえぐるものばかり。なんだか悲しくなってきた。
「でも私、本当にお金無いからなぁ。返す当てがないわ」
「そんな……」
「ならば身体で返すのが道理ですわ」
「!?」
サニアの一言が二人の時を止めた。
「支払う能力がないのなら、借りた者にその身を捧げる。当たり前のことですわ」
「ま、まさか最初から私の身体目当てだったっていうの!? 可愛い顔してなんておぞましいことを考えるのよアンタ!」
身の危険を感じたのか、警戒心が最高レベルにまで引き上がったアリシアは両手で胸を隠しながら大きく後ずさる。
大げさに胸に手をやるものだから、フレンも無意識にアリシアが隠す部分に視線が行ってしまう。
「ほら! なんか視線がやらしいもの!」
「ご、誤解だよ! サニアさんも変なことを言わないで!」
「変なこと? 何をおっしゃいますか。アリシア様は傭兵。つまり食事の代金分を傭兵の仕事をして返済すればよいのでは? と、ごく当たり前なご提案したまでですわ」
「あー……なるほどねー……」
フレンとアリシアは自分たちの無駄な想像力の高さに若干嫌悪しながら、同じ科白を口にして同時に大きく頷いた。
「ハァ、しょうがないわね。それじゃ私が傭兵としてアンタのパーティになってあげるわよ。ただし、今回の夕食代だけだからね!」
アリシアは不満そうな顔を浮かべながら開いた手をフレンに差し出した。
「どうして上から目線なのかわからないけど、僕にとっては初パーティだから嬉しいよ」
どこまでも不遜な態度を取るアリシアに戸惑いながら、フレンは差し出された手を握った。フレンにとっては曲りなりにも初めてとなるパーティメンバーに違いない。ただそれだけで胸が躍るようだった。
「で、早速だけど明日の予定は? 私がパーティに入るんだから下層ならどの階層でも余裕に――」
「明日は塔には行かないよ。東の村に行くんだ。アリシアも着いてきてくれるなら心強いや」
「ハァ? 東の村ぁ?」
疑問の余地なく幻想の塔に向かうであろうとの予想を大きく裏切るフレンの回答にアリシアの頭から“?”が大量に噴出した。
「フレン様、そろそろお屋敷に帰りませんと、マール様が心配されます」
「うわ、もうこんな時間!」
サニアに言われて懐中時計を取り出してみると、もう夕食の時間はとうに過ぎていた。姉のマールは時間に厳しい。おそらく説教は免れないだろう。
「ちょ、ちょっと! ちゃんと説明しなさいよ!」
「詳しいことは明日! 朝9時に門の前に集合ってことで! それじゃあねアリシア!」
「あ……!」
フレンはニッコリと屈託のない笑顔でアリシアに手を振るとあっさりと足早に去っていき、それに続いてサニアは「失礼いたします」と頭を下げてフレンを追っていった。
「行っちゃった……」
フレンもサニアも嫌にあっけなくいなくなってしまうものだから、別れの言葉も言えずに呆然と立ち尽くすだけになってしまった。振られた手に応えるために、少しだけ持ち上げた右手は行く宛もなく、戸惑いながら寂しく元の位置に下ろした。
「アイツ馬鹿じゃないの。なんで私が待ち合わせ場所に来るって思ってんのかしら」
別にアリシアの身元がバレているわけでもないし、アリシアが何者かなんて出会ったばかりの二人にはわからないことだ。明日の待ち合わせ場所に行かなければ、タダ働きをすることも金を返すこともなくなる。
街で偶然顔を合わせることもあるかもしれないが、言ってみればお互いは他人同士。一週間もすれば貸した金のことなんて忘れてしまうだろう。
アリシアは小さくなるフレンの背中をしばらく見ていたが、やがてくるりと振り返り、フレンたちとは真逆の方向へと歩き出す。
「ホント、お人好しって損してばっかりだわ」
そう言ってアリシアは鼻で笑った。しかし、その嘲笑が誰に向けられたものだったのかはわからなかった。
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