赤い短剣

「いたぞ!」


 先に見つけたのは先輩だった。赤色の短剣と思われる武器を手にしたまま、フラフラとさっきまで使用人と戦っていた方向へと可愛らしい少年が歩いている。


 その眼前に先輩とカナンが立ちはだかった。


「貴方たちは……」

「やー、また会いましたね美少年。もう邪魔ものはいねーんで、お姉さんたちと一緒に来てもらえんでしょうか?」

「邪魔ものが、いない?」

 フレンはカナンが口にした科白に反応した。


「……サニアさんは……? サニアさんをどうした?」

「安心しろ。命まではとっちゃいねえ。しばらく不自由な生活になると思うが、直に元に戻る。それよりお前に聞きたいことがあるんでな、悪いが一緒に来てもらうぞ」

「サニアさんに……何かしたのか……!」

「!?」


 先輩とカナンは同時に、ざわざわと嫌な感覚が足元から這い上がってくるのを感じた。言うなれば胸騒ぎというものだろうか。

 女の子みたいに線の細い、可愛らしい少年に対して、恐怖とも言える感情が湧き上がったのだ。


「あれは……?! 先輩ッ! やべーっす!」

 カナンはある一点に気づいて先輩に注意を促す。


「なんだよ!? わかりやすく言えッ!」

 何がなんだかわからないが、あのカナンが大声を上げるほどに危険を感じたのなら従うしかない。先輩と同時にフレンから大きく飛び退いて距離をとると、カナンは冷や汗を流して口を開いた。


「あれはです!」

「な……!?」


 カナンが身を震わせて見つめているのはフレンが持っている赤い短剣だった。見れば、その刀身はさっきよりも赤く輝いていて、フレンの腕に向かって立ち上り始めていている。


「許さない、許さないぞアンタたち! 僕の家族を傷つけた人を僕は許さない!」

 やがてフレンの怒りに呼応するかのように赤い短剣はまばゆいほどの光を放つとフレンの全身を包み込んだ。


「おいおい、マジかよ。聞いてねーぞ? 宝剣使いだなんて」

 先輩は赤く輝くフレンの姿を見て笑いがこみ上げてきた。圧倒的と言っていいだろう、純然たるパワーの源がそこから溢れているのだ。


 フレンを包む赤い光はやがて炎のように揺らめきながら、あるものを形成し始める。


「どーすんですか先輩! いくらなんでも精霊と戦うのは無謀ってぇヤツですよ!」


 それは巨大な紅い竜の姿だった。光で具現化しているだけで、実際にそこに竜がいるわけではない。しかし、その迫力とプレッシャーは竜そのものだった。

 紅竜は口を大きく開けると音のない咆哮を放ち、周囲に熱風を繰り出す。


「アチチッ! クソッ、撤退するぞ! 今回はライラのミスだ!」

「あいあい! またね! フレンちゃん!」


 第二波の咆哮が放たれる直前にカナンと先輩は屋根の上に飛び上がると、あっという間に夜の闇へと消えていった。


 二人が消えていくのを確認した瞬間、フレンを覆っていた光が収まっていく。短剣から放たれる光が弱まり続け、やがて輝きを失うと刀身に大きくヒビが入った。


「わっ! 割れちゃった……!」

 カーミラから貰った短剣だというのに壊してしまったようだ。

「でも、この短剣……ただの短剣じゃないみたいだ」

 彼らは短剣のことを宝剣と呼んでいた。

 無我夢中だったため、何が起こったのかイマイチわからないが、凄まじいパワーで持ってあの二人を追い払えたというのは事実だった。


「やっぱり、お守りだったんだね」


 持たせてくれたカーミラに感謝しつつ、ヒビの入った短剣を鞘に収めると、フレンはサニアがいるであろう方向に走りだした。





 石畳の上を這いずってでもサニアはフレンの姿を追い求めた。視力を奪われ、激痛で立ち上がれない無様な格好でも、なりふり構わずフレンの元へ急ぐ。

「フレン様……フレン様……」

 もうどれだけ進んだのだろう。目が見えない彼女には何もわからない。何もわからないがフレンの元にたどり着くまで、サニアは諦めるつもりはなかった。


「サニアさんッ!!」

 

 そのとき、聞き慣れた、聞きたかった声が耳に届いた。


「サニアさんッ! ああ、どうしてこんな……!」

「あぁ、フレン様……ご無事だったのですね……あぁ、よかった。本当によかった」


 変わり果てたサニアの姿を目にして一目散に駆け寄ったフレンは彼女を抱きかかえるとボロボロと涙をこぼした。

 そのフレンの体温と、流れる涙の冷たさを感じてサニアは心の底から安堵した。


「うぅっ……!」


 互いに互いを失ってしまうのではないかという恐怖から解放された二人は痛いくらいに抱き合いながら声を上げずにただただひたすらに泣いた。


「フレン様……お顔を、お顔を触らせてください」

 そう言ってサニアは両手を空中に彷徨わせる。見当違いの方向に伸びる腕を見て、フレンは全てを悟った。

「サ、サニアさん……まさか、目が……!?」

「はい、敵の呪いにかかりました……今は何も、見えません……」

 サニアの目に目立った外傷は無いものの、その瞳は暗く淀んでいる。フレンはサニアの両手を掴むと、彼女の要求通りに自分の顔に引き寄せた。

「ああ、暖かいフレン様のお顔……すべすべでぷにぷにですわ」

「もうっ、からかわないでよサニアさん」

 フレンの顔を触ってホッとした表情を浮かべるサニアを見て、フレンも自然と笑みがこぼれる。


「ありがとうございます、もう満足ですわ」

「さ、僕に捕まって。立てる? サニアさん」

「ええ、大丈夫ですわ。ありがとうございます」

 ひとしきりフレンの顔を触って満足したサニアは、フレンの肩に捕まりながらなんとか身体を引き起こす。

 まだ眼球に痛みは残るが、フレンに会えた喜びからか不思議と痛みを感じなくなってきていた。


「とにかくお屋敷に帰ろう。姉様に相談しなくちゃ」

 フレンは小さな身体を一生懸命大きく見せながらサニアを担いで歩き出した。その不格好ながらも愛くるしい姿は目が見えないサニアにも容易に想像できるものだった。

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