創製者と蒼い剣①

 アルフレイムの城下町には様々な店舗がある。フレンが数日前に立ち寄った酒場は、飲み食いのほかにも、冒険者が一緒に幻想の塔へ立ち向かうための仲間探しをする場でもあり、昼夜問わず冒険者が後を絶たない。

 また冒険には欠かせない武器や防具を扱う店も多数あり、さらにはモンスターから手に入れたアイテムで装備品を作ってくれる鍛冶屋なんかも存在する。


 そんな職人たちが経営する商店が立ち並ぶ通りを人は『職人通り』レプラ・ストリートと呼んだ。


 通りの中にある一軒の鍛冶屋にフレンは、あの蒼い鞘の剣を持って訪れていた。


「坊っちゃん、こりゃ何かのイタズラですかい?」

「僕も困ってるんです」

 受付のカウンターにいる白い髭を蓄えたおじいさんはフレンから手渡された剣を見ながら、困り果てた顔をした。


「鞘から抜けない剣なんて聞いたことがない。刀身が曲がってるとかで抜けないんじゃないですか?」

「他のお店でもそう言われました。やっぱりそうなんですかね……」


 巨大蜘蛛との死闘の末、記憶にないまでもいつの間にか手に入れていた報酬は、鞘から刀身が抜けない欠陥品だった。サニアと相談の上、まずは武器に詳しそうな武器屋や鍛冶屋に聞いてみようということで、朝から街中の店を回っているのだが、どこも同じ回答しか得られない。


「鞘の装飾も大したことないし、もし売却するようでしたら、大した金額にはなりませんが……よろしいですかな?」




 がっくりと肩を落として鍛冶屋を後にするフレン。手には鞘から抜けない蒼い剣が握られていた。

 武器関係の店を数軒回ったが全部同じ反応だった。刀身が抜けないんじゃ武器にできないし、鞘に装飾があるわけじゃないから、置物にもなりはしない。売ってもどうせ銀貨1枚にすらならないだろう。


「せっかく手に入れたのになぁ。やっぱり管理局に返品した方がいいかな」


 幻想の塔で手に入れたアイテムは管理局で換金するのが義務である。しかし、アイテムを手放したくない場合、買い取りと同等の金額を払うことによって手に入れることも可能だった。ちなみにこの剣は銀貨2枚で買い取っている。

 フレンは鞘から抜けない剣を買い取って調べていたのだが、ここまで進展がないのなら、やはりガラクタなのかもしれない。


「フレン様」


 などと考えながら城下町を歩いていると、功績値の紙を手にしたサニアが走って近づいてきた。


「フレン様、前回の冒険から発表されたフレン様の功績値ですが、討伐モンスターの欄を見て下さい」


 今まで大したモンスターを倒していなかったフレンの功績値には討伐モンスター乗欄がいつも空欄だった。しかし、今回の巨大蜘蛛は明らかに討伐対象のモンスターだ。巨大獣ヒュージモンスターまではいかなくても、雑魚とは一線を画す存在のはず。


「え、なにこれ……アンノウン?」

 しかし、その欄に書かれた文字は調査中アンノウンだった。

「ええ、管理局に問い合わせたところ、フレン様が倒したモンスターは管理局側でも把握していない新種のモンスターだったようです。ですので、討伐に対する功績値は保留とされました」

「えー、そんなぁ……」


 あれほど苦労して倒した敵だ。今回ばかりは今までにないくらいの功績値がもらえると期待していたのに、なんとも肩透かしな結果である。


「しかし、フレン様。他の項目を見て下さい」

「あっ!」


 サニアに促されて見てみると、そこには戦闘技術に10点、支援行動に5点が加わっており、逃走技術に加えた総合17点の功績値が記載されていた。


「すごい! 戦闘技術10点だって! すごいよサニアさん!」

「はい、おめでとうございます。フレン様」


 見たこともない数字が並んでいる紙を手にしてフレンは喜びのあまり人目もはばからずくるくると回り出す。サニアはそれを見ながら少しだけ嬉しそうな表情をして拍手していた。


「おーい! さっきの坊っちゃん!」

「あれ? 鍛冶屋のおじいさん?」


 くるくる回る子どもとそれを見守る使用人、という異様な二人組に近づく老人。それはさきほど立ち寄った鍛冶屋の受付だった。


「どうしたんですか?」

「ああ、坊っちゃん良かった。さっきの剣だがね、もしかしたら鞘を抜くことができるかもしれない」

「ホントですか!? でもどうやって?」


 さっきまで壊れていると判断されていたのにも関わらず、急にどうしたというのだろうか。


「いやね、鞘から抜けない剣の話を職人にも聞かせてみたんだが、その剣は呪われているかもしれないっていうんだ」

「呪い、ですか」

 「ええ、稀に塔で持ち帰った装備品に呪いがかかっていることがあるらしくて、その呪いの一種に装備品を装備することができない、っていう呪いもあるらしいんです」

「でも、そんな呪いをどうやって解くんですか?」


 呪い、という概念は聞いたことがあるが実際に呪いにかかった人も装備品も見たことが無い。勿論呪いを解く人も皆無だ。


「フレン様、解呪魔法という手がありますわ」

「そこのお嬢ちゃんは詳しいようですな。でも、それも昔の話。昔は呪いを解呪できるプリーストがゴロゴロいたもんですが、最近はとんと見なくなった。だけど、呪いを解く手段は解呪魔法だけじゃない。解呪薬ってのもあるんです」

「解呪薬。そんなものが」


 物知りそうなサニアでも知らないものらしい。フレンにとっては何がなんだかわからない代物である。


「その解呪薬ってのもなかなか手に入りにくんだが、最近になって“なんでも作れる”って噂の創製者クリエイターが町外れに住み着き始めたんです」

創製者クリエイターってあの創製者クリエイターですか?」

「サニアさん、創製者クリエイターってなんですか?」


 珍しく驚いたような表情をするサニア。創製者クリエイターという言葉を聞いたこともないフレンはサニアのスカートの裾を引っ張りながら質問する。


創製者クリエイターとは武器、防具、アイテムなどありとあらゆるものを作り出せるという職業のことです。創製者クリエイターは大変貴重な人材で、現在は国家直属の創製者クリエイターが数人いる程度だと聞き及んでいましたが……」

「そんな人が町外れに? どうして?」

「さぁ、それがウチらにもわからんのです。ふっといつの間にか住み始めたんですが、あまり街の方には近づかないようだし、詳しいことはさっぱりで」

「なるほど、ではその創製者クリエイターに頼れば、解呪薬を手に入れることが可能かもしれない、ということですね」

「そういうことです。職人連中もどうやら坊っちゃんの持つ剣が気になってたみたいでしてね。もし鞘から抜けたら一度見せに来てくだせえな。では、わしはこれで」


 それだけ言うと、優しそうな笑顔を浮かべた受付のおじいさんは元来た道を歩いていった。


「いい情報をいただきましたね」

「うん、街の人たちに相談してよかった」


 わざわざ追いかけてきて情報をくれたことにフレンは感謝して、件の創製者クリエイターを探しに町外れに向かうことにした。





「あれでよかったんですかい?」


 『職人通り』レプラ・ストリートにある路地裏で、受付のおじいさんは壁に向かって話をしている。はたから見れば独り言のそれにしか見えないのだが、どうやらおじいさんは誰かと会話しているようだった。


「あんなガラクタにそれほどの価値があるとは思えませんがなぁ。まあ、わしゃもらえるもんもらえれば、なんも文句は言いません」


 ぬっと音もなく路地裏の影から腕が伸び、地面に一つの袋が投げ込まれた。がしゃりと金属の重い音がする。


「毎度毎度。ちょいと適当なことをいって、コレだけの金がもらえるんだからボロいボロい」

 ひひひ、と下卑た笑いを浮かべながら地面に落ちた金の入った袋を大事そうに懐にしまった。


「また何かあったら声かけてくださいねぇ」


 もう一度壁に話しかける頃には人の気配はなく、何も応答することはなかった。


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