創製者と蒼い剣②

 創製者クリエイターの話は有名だった。


 少し街で聞き込みをすると、住んでいる家の場所を教えてもらえ、創製者クリエイターの容姿が妙齢の女性であることもわかった。

 創製者クリエイターは街にごくまれに現れることもあり、干し肉や穀物など日持ちする食料を買い込んで行くらしい。


「工房にこもって研究をしている、ということでしょう」


 鍛冶屋や調合師なども自らの作品づくりの場を工房と呼ぶ。創製者クリエイターも類には漏れず工房と呼ぶわけで、おそらく町外れの建物は創製者クリエイターの工房となるわけだ。

 だんだんと街の喧騒から離れると、緑が生い茂る木々が増えてくる。


「こんな森のなかで研究してるなんて、創製者クリエイターさんってどんな人なんだろうね」

「おや、見えてきましたね」


 町外れに作られた街道から少し外れた森の中を二人で歩いていると、やがて湖のほとりに、こじんまりとした家が見えてきた。煙突がついている何やら可愛らしい家だ。


「ごめんくださーい」


 フレンは鞘から抜けない剣を片手に工房のドアをノックした。

 しかし、何の反応もない。


「お留守なのかな……って開いてる」

 念のためドアノブを回してみると簡単に扉は開いてしまった。不用心なのか居留守なのかわからないが、フレンは顔だけ扉の間から家の中に滑り込ませてもう一度


「ごめんくださーい!」

 と声を上げた。


「はいはいはーい?」

 すると、家の奥のほうから女性の声が聞こえてきた。

「いまいきまーす」

 続いてバタバタと足音が聞こえてくる。どうやら噂の創製者クリエイターのようだ。


「お邪魔しますね。ほらサニアさん」

「ええ」

 少し警戒していたのか、離れた場所に立っていたサニアを呼び寄せて、フレンは工房の中に入った。中はお店のような作りになっていて、正面にはカウンター、左右には商品棚が設置されている。そのカウンターの横からさらに部屋が続いていて、足音はそこからどんどんと近づいてきた。


「はぁはぁ、お待たせしましたぁ。お客さまですか?」

「え?」

 息を切らし気味に現れた姿を見てフレンとサニアは言葉を失った。


 それは不思議な人間だった。いや人間と言っていいのだろうか。姿こそはフレンと同じくらいの少女なのだが、頭に動物の耳であろうものが付いていたのだ。


「サ、サニアさん……あれってどういうことですか」

 あまりの衝撃にフレンはサニアに耳打ちをする。

「わかりません。呪い、でしょうか……?」

 サニアも何故人間の頭に猫のような耳がくっついているのか理解ができないようだった。


「お客さまぁ? どうしました?」

「い、いえ、なんでも……。あの、あなたは?」

「あ、申し遅れました。モラはカーミラ工房で働いているモラって言います。よろしくお願いしますね」

 太陽のような可愛らしい笑顔を浮かべたモラはぺこりとお辞儀をした。大きめのエプロンがふわりとたなびき、猫の耳がぴくぴくと動いている。


「か、かわいい……! どうしよう可愛いよサニアさん!」

「可愛いですわフレン様。あとでマール様に雇ってもらえるようにお願いしましょうか」


 どうも愛玩動物らしいものに目がない二人は、猫の耳がついた可愛らしい少女にうっとりしてしまう。コソコソとモラに聞こえないくらいの音量で、モラの魅力に悶えている。


「それで、お客さまはお客さまですか?」

「あ、そうだった。実はこちらの創製者クリエイターさんに用がありまして」

「カーミラさまにご用事ですか? 今呼んでくるのでちょっとまっててくださいねー」


 にっこりと笑顔を浮かべると、身を翻してモラは部屋の奥へと引っ込んでいった。

 どうやらモラというあの少女が創製者クリエイターというわけではなかったようだ。


「カーミラさんって言うみたいだね」

「ええ。しかし、こう言ってはなんですが、創製者クリエイターの工房にしてはいささかお粗末といいますか……」

 サニアはカウンターや商品棚をくるりと一瞥し、そう言った。


「商品棚にはほとんど商品が置いてありませんし、カウンターは物置状態。掃除は行き届いていますが、窓や床にはいかにも素人が修復したような跡もございますし……」


 創製者クリエイターは貴重な人材でそのほとんどが国家お抱えの職人である。それほどの職業につく人間の家が、お世辞にも豪邸とは言えない、有り体に言えばボロ屋に住んでいるなど、にわかに信じられない。


「お粗末で悪かったわね」

 と、その時。ニコニコと笑うモラに連れられて一人の女性が姿を現した。


「カーミラさま、お客様にそんなこと言っちゃダメですよー」

「失礼なのはあっちが先でしょ。客だろうがなんだろうが、私の城にケチつけるヤツには容赦しないわ」

「アナタがカーミラさん? 創製者クリエイターの?」


 初対面から機嫌が悪そうな顔をしている女性、カーミラはいわゆる美人だった。赤みがかった長い髪は腰まで伸びていて、漆黒のドレスに身を包んでいる。ドレスの裾からはすらっと伸びた綺麗な足が見え隠れし、大きく開いた胸元は男の視線を一手に集める破壊力があった。


「いかにも、私が創製者クリエイターカーミラよ。なんだ客って君のこと? なんだか可愛らしい顔をしてるけど?」

「か、顔は関係ないでしょ!」

 一瞬、カーミラの美しさに見惚れていたフレンは自分がからかわれたことに気づいて、なんとか正気を取り戻した。


「ふふ、そうね顔は関係ないわね。君も立派な冒険者のようだし」

「わかるんですか?」

「まぁね。それで? モラが言ってた用ってのは、君が持ってる剣のことかな?」


 怪しげな笑みを浮かべながら、カーミラは鞘から抜けない剣に向けて細くて長い指を向けた。


「そうなんです! 実はこの剣、鞘から抜けなくて」

「ふぅん、ちょっと貸して」


 カーミラはつかつかとフレンに近づき、乱雑に剣を受け取るとしげしげと剣を調べ始めた。近づかれたときに何とも言えない香りがしてフレンは少し胸がどきりとした。


魅力チャーム香水パフュームですか。いい趣味ですわね」

 その匂いを嗅いだサニアがトゲのある言葉を言い放った。


「あら、わかった? 客が来るっていうから使ってみたんだけど、使うまでもなかったみたい」

 剣を調べる手は止めず、カーミラも挑発するように科白を吐く。


「なるほど、色香で客を誑かし金銭を巻き上げようという魂胆ですわね。創製者クリエイターが聞いて呆れますわ」

創製者クリエイターだからこその手法だと思わない? というか、この私だから出来ること、なんだけど。ね、君もそう思うでしょ?」


 そう言うと、カーミラは剣をカウンターの上において、フレンに擦り寄ってくる。香水の香りなのか甘い匂いが鼻腔をくすぐり、胸の鼓動が早くなる。


「え、あの……?」


 サニアとカーミラが何の話をしているのか、さっぱりわからないフレン。カーミラが無理矢理くっついてくるので、若干の抵抗を見せるのだが、頭を抑えられて身体に押し付けられてしまう。


「あ、あの……や、めてください……」

「君、すっごく可愛い顔してるわね。髪もサラサラだし。どうしようモラー、この子欲しくなっちゃった。ウチのペットにしちゃおうかなぁ」


 フレンとカーミラの身長差では、ちょうどフレンの顔がカーミラの胸のあたりにあるので、あまり押し付けれられるとフレンは困ってしまう。


「無礼者! フレン様から離れなさい!」

 怒りの表情を見せたサニアがフレンの腕を掴んで自分の元へと引っ張る。


「フレンっていうの? この子は離れたがってないみたいだけど? っていうか、アンタこの子のなんなの?」

 しかし、離さないとばかりにカーミラが逆の腕を引っ張る。


「私はブラーシュ家に使える使用人ですわ。フレン様のお目付け役という重要な任務を仰せつかっています!」

「ブラーシュ家? 使用人? もしかして君ってお金持ち!? やぁん、ますます欲しくなってきちゃった! ねえねえ、お姉さんがいいことしてあげるから、お姉さんのモノにならない?」

「おやめなさい! フレン様は貴女のようなふしだらな女には興味ありませんわ!」

「ちょっと、使用人風情のアンタには関係ないでしょ? この子がどんな女といつどこでナニしてようと止める権利ないわよね?」

「ナニって……! な、なんてことを言うのですか貴女は!」

「何慌ててるの? あはは、ちょっとなにを想像してんのよ。あなたって結構エッチな性格なの?」

「――ッ!」


 おそらくマールですら見たことがないほどにサニアの頬が真っ赤に染め上がった。恥ずかしさのせいか、バカにされた悔しさからか、サニアはフレンの腕をぎゅうっと引っ張った。


「いたたっ! ちょっと痛いってばふたりとも!!」


 引っ張り合いの道具にされたフレンは両腕を目一杯引っ張られ身体が引きちぎられそうになっている。


「みなさん、さっそく仲良しさんですねー。モラは嬉しいですー」


 屈託のない笑顔で3人のやり取りを見て嬉しそうにしているモラに対して、フレンにはなぜこの光景を見てそんな感想が出て来るのか、モラの思考回路に対して一抹の不安がよぎっていた。





 ようやく解放されたフレンはぐったりとしていた。

 聞けば、カーミラが付けていた香水は魅力チャームという魔法が染み込んでいるらしく、匂いを嗅いだ異性を誘惑し、意のままに操ってしまうというとんでもない代物だったらしい。


 今は親猫のように警戒しているサニアに背中から抱きかかえられた状態で、カーミラの鑑定を待っている。


「ま、呪いね」


 簡単に言い放ったカーミラは持っていた剣をごとりとカウンターに投げ捨てた。

「この剣には鞘から抜けなくなる呪いがかかってるわ」

「やっぱり。それで、カーミラさんは解呪薬を作ることができるんですか?」

「そりゃ作れるわよ。私の力にかかれば楽勝ってとこ」

「それじゃあ――」

「ただし」


 簡単に作れると言われ、早速作ってもらおうと声を上げたフレンをカーミラは制止する。


「解呪薬はかなり貴重な薬なのよね。だから、かなり値が張るんだけど、いくらまで出せるの?」

 カーミラの瞳はいつの間にか厳しく、鋭くなっていて、さっきまでの妖艶な笑みも鳴りを潜めている。ここからはビジネスの話だと表情が語っていた。


「お金……僕が出せるのはせいぜい銀貨10枚くらいです……それじゃ足りませんか?」

 毎回の冒険で手に入れたごく僅かな収益をコツコツとため続けたフレンの貯金は決して多いとは言えない額だった。


「ぜんっぜん足らないわね。金貨1枚だったとしても、だいぶ譲歩してるくらいよ」

「金貨1枚……!」

「フレン様。諦めましょう。金貨1枚など今のフレン様には到底払える額ではありません。それに、たとえ解呪薬が手に入ったとしても、その剣に金貨1枚以上の価値があるかもわかりません」


 酒場で食事をした場合、平均的な夕食代一人分が銀貨1枚程度である現状の金銭価値において、金貨1枚とはその100倍に近い。それは人気の鍛冶屋によって作られた高級な武具が手に入るような値段なのである。

 それをどんなものかすらわからない剣のための消耗品に支払うなど誰がどう見ても馬鹿げていた。


「ま、それが賢い選択ってヤツね。解呪薬だって本来は物に使うんじゃなくて、モンスターに呪われた人間に使うものだしね」

「カーミラさん……他に方法はありませんか? お金は用意できないけど、他のことだったら何でもしますから……!」

「フレン様、そうまでしてこの剣を……?」

「うん……だって、初めて手に入れたアイテムだし、やっぱり思い入れがあるから……」


 別にこの剣が大した強さじゃなくてもいい。自分が手に入れた初めてのアイテムを何が何だかわからないまま手放すのは嫌だった。

 必死に懇願するフレンの姿を見て、カーミラはニヤリと唇の端を歪めた。


「そうねー、手が無いわけじゃないんだけど」

「本当ですか!?」


 わざとらしく、どこか含みのある言い方をするカーミラにフレンは素直に目を輝かせて身を乗り出した。

「実は、今私困ってることがあるのよ。それをフーちゃんが解決してくれるっていうなら、解呪薬を譲ってあげてもいいわよ」

「フ、フーちゃん!?」

「フレン様を無礼な呼び名で呼ばないでいただけますか?」

「はいはい、保護者は黙ってなさい」

 手をヒラヒラと動かし、サニアを軽くあしらいながらカーミラは続ける。


「アンタたちにちょっと“おつかい”を頼みたいんだけど」

「おつかい、ですか?」

「城下町から東に進んだ先に小さな村があるのよ。そこに行って、この薬を届けてほしいの」

 そう言ってカーミラが懐から取り出したのは赤色の液体が入った小瓶だった。


「その村にいるライラって女に渡してきてくれればいいわ」

「なんだ、そんな簡単なことでいいんですか? そのくらいならすぐに行ってきますよ!」

 東の村の場所は知っている。馬車に乗っていけば半日もせずに着くはずだ。明日の朝に出発すれば、その日の内に帰ってこれるだろう。


「そう? 助かるわ。じゃあ、これが薬ね。それと……」

 カーミラはフレンに例の小瓶を手渡すと、さらに商品棚に置いてあった一振りの短剣を取り出した。

「この短剣は?」

「お守りみたいなものね。城下町の外には少なからずモンスターも出るし、最近は物騒だから」

「はぁ、ありがとうございます」


 短剣は不思議な深い赤色の光を帯びていた。軽くて使いやすそうだがとても強い武器には思えない。本当にお守り代わりといったところだろうか。

 なんだか釈然としないまま、フレンは言われるがままに短剣を受け取った。


「んー、本当にわかってるのかなぁ?」

「わ、わかってますよ! これでも冒険者なんですから!」


 街の外に出現するモンスターは幻想の塔に出現するモンスターよりも幾分ランクが下だ。1階しか探索できないフレンだって、その程度のモンスターに遅れを取るわけがない。


「怪しいなぁ。あんまり油断してると……ほら!」


 言うが早いか、カーミラは目にも留まらぬ速さで、フレンに肉薄すると強引に抱きつこうと襲いかかる。しかし

「シャーッ!!」

 背後に控えていた親猫がフレンを抱えながら大きくバックステップを踏んでそれを回避した。


「フレン様に近づくものは誰であろうと許しませんわ」

「ぐぬぬ……可哀想なフーちゃん。こんな姑みたいな小うるさい保護者がいたんじゃ女の一人も買い漁れないじゃないの」

「いいのですわ。フレン様には私がいます。フレン様が望むならどんな要求だって答えて差し上げますわ」


「女の人なんて買わないし、サニアさんに変なこともしないから、もうやめようよー」


 フレンをめぐる女の戦いは激しさを増していった。ある意味気が合っている二人の言い争いを見て、モラはやっぱり嬉しそうに笑顔を浮かべていた。





 大きく手を振って、久しぶりに訪れたお客さんの背中が小さくなるのを確認した後、モラは後ろ手に工房の扉を閉めて口を開いた。


「カーミラさま、よろしかったんですか?」

「なにが?」

「フレンさまみたいな小さい子に、あんな危ないことを頼んで」

 モラは眉毛をハの字に曲げ、不安そうな声を上げる。


「少し噂を耳にしたのよ」

「噂、ですか?」


 モラの表情とはまるで反対の、余裕そうな笑みを浮かべているカーミラは、小さなお客さんが預けていった蒼い鞘の剣を指でなぞった。


「ラボから放たれたモンスターが駆け出し冒険者にやられたってね」

「まさか、それが……」

「ふふ……今のうちに気になる子にはツバをつけとかないとね」

「カーミラさま……こわいです……」


 何やら企んでそうなカーミラの悪い顔を見たモラは、あの小さなお客さんが無事に帰ってこれるか、不安で胸がいっぱいだった。


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