第8話夏色の恋(1)

目の前に、小指を差し出している人がいる。そうか、昨日の夢の続きか。続きから見せてくれるとは親切な夢だ。恐らくこれは指切りげんまんの仕草だと思うが、何の約束かはわからない。俺も小指を差し出すと、嬉しそうに歌い始める。

『ゆーびーきーりげーんまーん、うーそつーいたーらはーりせーんぼーんぶーっさす!』

なんだその物騒な指切りは!


「ふぁっ!?」

夢の中でツッコミを入れると同時に飛び起きてしまった。まだ朝の4時。今日は日曜日だからもう少し寝ててもいいが。今ので目が覚めてしまった。

「ランニングにでも行くか...」

ちょっと遠出して駅の反対側まで行ってみることにした。かれこれ10年くらいはそっちに行ってないほど何も無いところだが。


「はぁっ、はぁっ、はっ」

何とかノンストップで反対側の川原までたどり着いた。およそ5キロくらいだろうか。斜面になってる原っぱに寝転がる。

「あれ?ここって...」

どこか見覚えがある。小さい頃に来ているのかもしれないが、とても最近に。この草の高さ、角度が体に染み付いているような...

「あ、日が出てきた...」

まだ完全には出てきてはいないが、東の方向が明るくなっている。

「え、まさか...」

ちょうど俺の真上が明るくなった時に気がついた。ここは...

「夢の中のあの場所だ...」

間違いない。もしこの空が夕焼けだったら、夢と同じ光景が見られるはずだ。確証はないが、確かにそうだと言える。

でも何故ここが夢に?

小さい頃もこっちにしょっちゅう来てた訳でもないはずだ。それがほぼ毎日夢に出てくるのは不自然だ。なにか特別な意味があるのか?...いや待て、ただの夢だぞ?そんなファンタジーみたいな事はありえない。でも、現に不思議なことなんだよな。


この時から何かの歯車が動き始めた気がした。



家に戻ってからも、あの場所に何か過去にあったかを思いだそうとしていた。だがなにも出てこない。あそこに行ったことはあるのだが、何をしていたかがわからない。

「あお兄?」

「うわっ!あ、なんだ翠か」

「妹の顔を見てうわっ!はないでしょーよ。どうしたの?廊下に突っ立って」

「え?あ...」

考え込んでいたあまり、部屋の前でずっと入らずにいたようだ。

「いや、何でもないんだ。ちょっと立ちくらみが起こっただけだよ」

「そう?ならいいけど。そだ、今日千夏ちゃん来るからそのつもりでいてね」

「わかった、何時くらいに来るんだ?」

「えーと、10時だったかな?多分そのくらい」

「そのくらいって、ちゃんと把握してあげろよ」

「昨日寝ぼけながらメールしていたもので...」

「夜更かしは肌に良くないぞ?肌荒れしてるんじゃないか?」

「大丈夫ですー、まだピチピチお肌ですーだ」

昨日帰って散々CDについて愚痴を言われたが、もう機嫌は良いようだ。


「なあ母さん、駅の反対側の川原があるだろ?行ったことはあるか?」

「そうねえ、昔はあの向こうにスーパーがあったからそこを通っていたけど、こっち側に新しいのが出来てからは行ってないわね」

なるほど、母さんは必ず通っていた。しかも頻繁に。

「俺がその川原で遊んでいたとか、そういう記憶はないか?」

「んー、たまにスーパーまでついてきた時はあるけど...あ、でも1回だけ、いきなり、僕ここで待ってる、って言ってその川原で待ってた時があったような...」

「それは何でか覚えてる?」

「知らないわよ〜子供の考えることだから気まぐれだろうと思ってたわ」

まだ幼い俺を川原に放置したのかこの母親は...結局は俺がその川原に行ったことがある可能性が高くなっただけか。


時計を見ると既に9時前だった。ランニングで汗かいたから、流石にシャワーを浴びておこう。

「ちょっとシャワーしてくる」

「あお兄もしかして千夏ちゃん来るから意識してるの?」

「ちがーう、さっき向こうの川原までランニングしてきたから汗かいてんだよ」

「あー、駅の反対側の?私も昔はそこでよく遊んだなぁ」

「え...?そうなの?」

「え?って、あお兄もいたじゃん。というか私があお兄について行ってた感じだけど」

どういうことだ?俺はそんなに行ったことはないのに、翠は俺とよくそこで遊んでた。つまり俺があそこに行ったのは1回とか2回ではない?

「あお兄ほんとに大丈夫?難しい顔ばっかしてるけど。ほら、さっさとシャワー浴びてきなよ」

「お、おう...」


余計わけがわからなくなった。元々曖昧な記憶と夢の中の内容から考えているから仕方がないことなんだが。

「あ、着替えを持ってくるのを忘れた」

シャワーを浴び終え脱衣所で体を拭いたまではいいが、下着とか服諸々部屋に忘れた。

「タオル巻いていけばいいか...」

年頃の女子である翠は俺の半裸で大騒ぎするからな...見つからないようにしなければ。と、廊下に出た時だった。

「お邪魔しまーす」

「いらっしゃーい...あ...」

...さて、家の1階の廊下は玄関からリビングまで一直線になっていて、その途中にトイレや脱衣所もあるわけだ。そして今タオル1枚の俺は、玄関にいる、「やっちまった」って顔をしている翠と、たった今到着した千夏ちゃんに丸見えなわけである。いかにも事故である。事故と言わずしてなんと言おう。

「きゃぁっ!」

「あお兄一旦戻って!」

幸い、千夏ちゃんは目を隠してくれ...いや、今思いっきり指の隙間から見てたな。咄嗟のことで動揺していたのかもしれないが、そこは完璧に目隠ししてくれ。


「すいません、完全に私に非があります...あお兄は何も悪くないです」

落ち着いたあと、脱衣所に着替えを持って来てくれた翠だがとても気まずそうにしている。

「まず、ちゃんと把握してあげろって言ったよな?案の定1時間も間違えてるじゃん。あと、俺がシャワー浴びてるのはわかってたんだから、ちょっとは注意しろ。見られたのが千夏ちゃんだから良かったけど、宅急便とかだったらまずいだろ」

「はい...」

しまった、少し言いすぎたか。

「まあ、なんだ、着替えを持ってこなかった俺も悪いから。もう気にするな。ほら、千夏ちゃん待たせるのも悪いから早く行ってあげろ」

「うん...」

やれやれ、優しい兄貴ってのも大変だぜ。


着替えたあと、リビングに行くと母さんが出かける用意をしてた。

「あれ?どっかいくの?」

「ちょっと買い物にね。千夏ちゃん来るの今日初めて聞いたからお菓子とか何も無いのよ〜」

「あの、お母さん、ほんとにお気になさらず...」

「いいのいいの、食材買うついでだから。ゆっくりしてて」

「そうそう、ちーちゃんはお客さんなんだから」

「この発端は翠だろうが...」

「うへー、そうでした...」

さっきはしゅんとして落ち込んでたのにすっかり元通りだ。こいつ多重人格かなにかか?

「じゃあ、行ってくるわね。蒼、なにか欲しいものある?」

「いや、特にないかな」

「そう?なら二人のこと宜しくね」

「ほいほーい」


「じゃあちーちゃん、何する?ゲームとかでいい?」

「私はなんでもいいよ。翠ちゃん選んで」

「おっけーじゃあどうしよっかな...あ!お母さん財布忘れてる...」

「ありゃまー俺が届けてくるよ」

「あーいい、私が行くから」

「え、でも」

「あお兄はちーちゃんと、ゲームでもしてて!じゃあ行ってくる」

「おい翠!母さん自転車だからな!」

「はーい、ダッシュして追いかける!」

バタンっ!

ほんとにすごい勢いで飛び出してった。

「えーと、じゃあ千夏ちゃん、ゲームで良いかな?」

ぎゅっ

「え?」

いきなり後ろから抱きつかれる感触がした。というか、千夏ちゃんに抱きつかれてる。

「やっと、二人きりになれましたね。お兄さん♡」

.........どゆこと?

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