第7話不動の夜(4)

結局男は見つからず、諦めた俺は沙夜姉と七蘭へと向かった。意外と空いていてすぐに入ることが出来(いつもは行列で諦めるほど)、沙夜姉は上機嫌だったが、俺の頭の中であの男の正体を考えていた。フードを被った小柄の男。顔は見えなかったが明らかに俺らを見ていた。ストーカーのようなことをされる覚えは俺にはない。つまり沙夜姉が目当て?ここで先日隼人が言っていた沙夜姉の人気の話を思い出した。なるほどこの線が妥当か...でも誰が?

「あお君?」

待てよ...何で俺は顔が見えていない小柄な人が男だって分かったんだ?あの身体の鍛え方、どこかで見たような...

「あお君!」

「うぉぅ、え、えと何?」

「どうしたの?箸止まってるけど」

「あ、いや、さっきのこと考えてて」

「私の下着姿?」

「ちがうわっ、あの逃げた男のこと」

「もー、考えてもわかんないでしょ?せっかく久々に一緒に出掛けられたんだから、もっと楽しそうな顔してよ」

確かに、最近は一緒にこんな所に来ることも無かった。沙夜姉の言う通り、ここで悩んでも仕方がない。

「ごめんごめん、今は一旦忘れる」

「じゃ、早く食べよ。次は翠ちゃんのCD買うんでしょ?」

「在庫残ってるといいけどな〜」


食べ終わって食休みした後、同じ建物のCDショップに向かった。一回周りを見たが、さっきのフード男はいないようだ。

「さて、新作のコーナーは...あ、あったあった」

ここは大手のチェーンであるから、一つの棚に並んでる枚数も尋常じゃない。新作だけで三段分使っている。それに、英語表記の名前は見つけにくい。

「...あ、あと1枚残ってた」

一箇所CDとの間が大きく空いている所に1枚だけあった。おそらくこの穴は全てこのCDだろう。

「あ...」

CDを手に取ろうとした時だった。同時に横から伸びてきた手と俺の手が当たってしまった。

「すいません」

と、その顔を見ると、朝家の前で別れた千夏ちゃんだった。

「あ、あれ?お兄さん?」

「偶然だね、千夏ちゃんも来てたんだ」

「はっ、はい!えと、翠ちゃんに勧められて、TTOのCDを探してて。あ...もしかして、お兄さんもですか?でしたらこのCDはお兄さんが...」

「あー、いいよ千夏ちゃんが買いなよ。翠も仲間が増えることには喜ぶから、早く聴いた感想聞かせてやってくれ」

元々、買えたらって話だったしな。

「そうですか?なら、買わせていただきます」

「あお君ーCD見つかったー?およ?その子は?」

待ちくたびれた沙夜姉がやってきた。そういえば、この二人は初対面か。

「この子は翠の友達の千夏ちゃん」

「は、初めまして、坂倉千夏です。えっと、お兄さんの彼女さんですか?」

「そうだよー」

「おい違うだろ、俺の幼馴染みの秋月沙夜だ。別に恋愛関係とかではないよ」

「むー、もう少しノリが良くてもいいじゃん。私はあお君の隣に住んでるの」

「そ、そうなんですか...よかった」

「ん、何か言った?」

「いえいえなんでも!では、私はお会計してくるので失礼します!CDありがとうございました!」

「お、おう、またな」

相変わらずときどき慌ただしくなる子だな。さて、とりあえずCDは諦めるとしよう。

「沙夜姉、他に行くところは?」

「えーとねー、ゲーセン行かない?」

「ゲーセン?そりゃまた唐突だな。何か目的でもあるのか?」

「ちょっとね、試したいものがあって」


「...プリクラ...だと...?」

沙夜姉に連れられてゲーセンに来たまではよかった。だが、何故今俺は二人でプリクラの中にいるのだろうか。

「私まだプリクラしたことないんだよね。これから友達と撮る機会もあるかもしれないじゃん?だから練習しておきたいの」

それをなぜ俺とする!と、聞きたいところだが、今日は沙夜姉に逆らえないので渋々従った。友達、というのは女友達だろうか。もし沙夜姉に彼氏がいたら...いや、ないないない。彼氏なんてこの人が作れるわけ...この人地味に人気があるんだった!え、まさかホントに彼氏出来たのか?だからいきなり服買ったり下着まで...いや、でもそれなら彼氏と行くよな...

「どうしたのあお君?頭抱えたりして」

「い、いや、何でもない!さ、ちゃちゃっと撮っちゃおうぜ」

「そうだね...ホントに大丈夫?おっぱい揉む?」

「そんな一時期流行った励ましを公共の場でやるな!」

「よし、このツッコミのキレは大丈夫だね」

何その判定方法、恥ずかしいからやめてっ。

「えーと、ここのボタンを押して...あれ?どうするんだろ」

本当に初めてらしい。同じ画面を行ったり来たりしている。

「あ、出来た!はいあお君、カメラに向かってピース」

「普通じゃダメなのか?」

「だーめ、それじゃただの記念撮影じゃん」

「へいへい」

とりあえずピースで済まそう。何回かシャッター音がしたが、俺は見事に全部同じ位置に同じ顔だった。沙夜姉は1枚ずつポーズを変えたり、全く動かない俺に抱きついてきたりした。(流石にそれは辞めさせたよ?)

「あ、写真のデコレーションが出来るみたい!」

画面を見ると撮った写真に☆や♡など様々なエフェクトを付けられるようだ。それは沙夜姉にまかせておこう。

「よーし出来た。ほらあお君、外から出てくる写真とって」

取り出し口は機械の外にあるんだな。中でも渡せばいいと思うが...

「って、なんだこれ!?」

出てきた写真を見ると、目が大きかったり、キラキラしてたり、ちょび髭が生えている俺がいた。

「面白かったからあお君の顔をいじってみました。ほら、これとか結構可愛く写ってるよ!」

「これじゃ、俺気持ち悪いじゃねえかよ!写真は全部没収!俺が責任をもって破棄する!」

「えー!やだー!誰にも見せないからー!」

「だめだ、この写真が存在しているだけで鳥肌が立つ」

「じゃあこれだけは!これだけは私にちょうだい」

見ると俺が沙夜姉の方を掴んで密着していた体を剥がした時に撮ってしまった写真のようだ。

「これは失敗のやつだろ?なんで欲しいんだ?」

「あお君が私に迫っているように見えるから、後々の既成事実のために」

「既成事実ってなに!やっぱダメだ、没収!」

「やだよーだ、絶対に渡さないもん!」


結局写真は手に入らず、沙夜姉が厳重にブロックしてきやがった。胸の谷間の中という絶対に立ち入れないゾーンに。

「どうしても欲しいなら胸の中に手を入れればいいじゃない?」

とか言って挑発してきたが、流石に身を引くことにした。

「わかったわかった、その写真は諦める。だけど無闇に人目に付くところに置くなよ?」

「やったー!じゃあ、目的も達成できたし、帰ろっか」

というわけで、肉体的にも精神的にも疲れた今回の買い物を終え、俺達は帰路についた。

(CDを買ってこなかった俺に対して翠が言及してきたが、その話はまた別のところで。もう疲れた)

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