第6話 不動の夜(3)

沙夜姉に手を引かれて最初に入ったのはカフェだった。ここで今日のルートを俺に説明するようだ。...え、そんな複雑なの?

「まず、ここの隣のショッピングモールにいって、服を買いに行きます。次にその隣の下着ショップに行って、その次お昼ご飯ね」

「ちょ、ちょっと待って沙夜姉。その下着ショップという場所に俺は入る必要は...」

「大ありだよ?あお君に選んでもらわなきゃw」

「いや無理無理無理無理!タダでさえ入りにくいのに女子の下着姿見てたら周りの目が怖い!」

「服の上から下着付けて見てもらうだけだよ?」

「え、あ、そう」

「あれあれー?もしかしてあお君私の下着姿見たかったのかなー?」

「そ、そんなわけないじゃないですか」

「私の下着姿なんて興味もないし見たくもないと」

「いやそういう意味で言ったわけじゃ」

「見たいんだ〜」

「...」

「あはは、いつでも見せてあげるのに〜。とりあえず下着ショップには入ってもらうからね」

なんか思いっきり逆セクハラの発言があった気がするがそれは流しておく。なるべく沙夜姉から離れないようにすれば幾らかマシだろう。


というわけでまずは服屋に来た。ここは男物も女物も揃っていてかなりの大手チェーンだ。

「何から見ようかなー、あ、このワンピース可愛い〜」

「ところで、なんで服とか買うんだ?どこかへ出かけるとか?」

「んー、内緒〜」

内緒ってなんだよ。めっちゃ気になるじゃん。

「あお君あお君、これあお君に似合うんじゃない?」

といって持ってきたのは青色のパーカーだった。

「いいよ俺は、お洒落とかあまりしないし」

「だめだよあお君、高2になってもダサいと一生彼女できないよ。あお君にもお洒落してもらわなくちゃ」

「...そこまで言うなら一応試着だけしてみる」

「やったー。じゃあ私もこのワンピース来てみるから、来たら待っててね?」

「りょーかい」

そう言って俺の一つ隣の試着室に入っていった。さて、俺は上着を脱いでパーカーを着るだけだからすぐに試着できた。鏡を見てみると、意外にもしっくりくる。自分で言うのもなんだがかなり似合っていると言える。

「沙夜姉ー俺は着終わったぞ」

「あ、ちょっと待ってね。まだ着れてないから」

この薄い壁の向こうに下着姿の沙夜姉が...まて、何考えてんだ!さっきの会話は忘れろ!

「おまたせ〜...おおっ、あお君やっぱり似合うね!」

「ああ、自分でもしっくりくる。流石沙夜姉の選択だな」

「そうでしょー。私はどう?結構明るめの色の服だけど」

沙夜姉は淡いオレンジ色のワンピース。空手部でありながら細い身体にすらっとした足。出るところはしっかり出て...ンなことはどうでもいい。なんというか、大人の女性の雰囲気が出ている。

「あれー、あお君見とれちゃった?」

黙っていればの話だがな。

「おう、見た目は大人っぽくて良いんじゃない?結構似合ってるよ」

「えへへ〜ありがとう...ん?見た目は?」

「げふんげふん、俺はこのパーカー買おうと思うんだけど、沙夜姉は?」

「あと何着か着てみて選ぶよ」

その後、俺のと色違いのパーカーや、ミニスカなど(目のやり場に困った)色々試行錯誤した結果、最初のワンピと色違いのパーカーを買うことにしたようだ。

「あお君のパーカーも一緒に会計しておくから貸して〜」

「あぁ、わかった、後で払うからレシートくれ」

「いいよ、今日付き合ってくれたお礼で私が払ったげる」

「悪いって、そんなに安いものじゃないし」

「私の言うことは?」

「絶対...だけどさ...まあじゃあお言葉に甘えて」

「おっけー、じゃあ行ってくる」

ここは一旦引いておいて、後日こちらからも何かプレゼントしようか。

「...ん?」

このショッピングモールは中央が吹き抜けになっているのだが、一つ上の階から俺を見ている奴がいる。

「おまたせ、って、どうしたの?」

「何かずっとこっちを見ている奴が...あれ、いない」

一瞬目を離した隙にこちらが見える範囲から離れたようだ。

「まさか、こんな所まで...」

「なんか言ったか?」

「ううん、何でもない!あお君のファンとかじゃない?さ、次はお待ちかねの下着ショップ!」

「誰も待ってねえよ!」

どこか、沙夜姉が隠し事があって無理をしている、そんな雰囲気があった。


「うげー...」

いざ目の前に来るとホント入りにくい。店の中殆どがピンク色で、中に男性は一人もいない。

「沙夜姉、やっぱ俺外で待ってるよ」

「だーめ、ほら早く入るよ」

今度は腕にしがみついて来た。(あれ、昨日もなかったか?)まずい、胸が...思いっきり当たっている。

「わかった、わかったから離してくれ」

「ふふーん」

俺の願いは鼻笑いで流された。あー、どんどん店の奥へ進んで行く。周りの目が怖くて見られない。

「じゃああお君、選んで貰おう。私につけて欲しい下着」

「選べるか!せめて二択とかにしてくれ」

「んー、これとこれなら?」

一つは黒い上下の下着。これは大人っぽいが真ん中のリボンが丁度いい配色になっている。もう一つは水色のレースがついた下着。清楚な感じが湧き出てる。どちらも甲乙つけ難いが、黒の方を指さした。

「やっぱりこっちを選んだか」

「やっぱり?」

「あお君のベットの下にあったHな本見ちゃった」

「なん...だと...」

いつの間に俺の部屋に入ったの?!見ちゃったじゃねえよ、勝手に漁るなよ!

「とりあえず黒はキープだね」

それからは10通り位の二択に答えた後、最初の黒い下着を選んだようだ。

「よーし、そろそろお昼食べよ〜」

時間は12時ぴったりだった。精神的に疲れたせいか、お腹がすごい空いている気がする。

「沙夜姉はなにが食べたい?」

「ラーメン!」

すごい直球できたな。たしかこのモールにもラーメン屋はあったはずだ。

「じゃあ上の階の七蘭でいいか?」

「そこがいいです!」

そういえば、沙夜姉はラーメン好きだったな...まるでご飯前の仔犬みたいな顔だ。

「...まただ」

「え?」

またさっきの奴がこっちを見ている。今度は同じ階の吹き抜けを挟んだ反対側にいる。

「普通に話しているようにしていてくれ。今同じ階の向こう側にこっちを見ているフードを被った男がいるけど見えるか?」

「...うん。横目でなんとか」

「誰かわかるか?」

「この角度と距離だと誰かまでは判別できないねフードで顔が隠れてるし」

「今からダッシュで捕まえて来る」

「そんな...そこまですることじゃ...」

「駆け寄って逃げたら明らかに俺らを目的あって見ていることになる。それに、なんだがあの感じはおかしい。狂気を感じる」

武道をしている者の勘と言ったところか。

「私は反対側から行って挟み撃ちにする?」

「沙夜姉はここにいてくれ。今は追いかけて見るだけにするから」

「わかった」

まだ向こうはこっちを見ている。俺らが察していることには気づいていない。

「...ッ!」

いきなり駆け出したので周りの人が驚いたようだ。あの男の方を見ると、俺が駆け出したことに気づくのが遅くて、あわてて逃げ出した。やはり何か目的があって俺らを見ていたようだ。幸い向こうの足はかなり遅かったので、これならすぐに追いつける。あと20メートル、10メートル、5メートル、届く!

と思ったが、俺の手は空振った。男が急に方向を変えて狭い通路に入っていった。向こうは小柄なので人混みを抜けていったが、俺はそうは行かず、結局見失ってしまった。

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