第5話不動の夜(2)

今日は珍しく夢を見なかった。夢を見ないことがあるのも当たり前だけど、毎日あの夢を見ている俺からすると何か物足りない気分である。時計を見ると朝の6時。今日は土曜日で休みだが、10時に沙夜姉と駅前で待ち合わせだから、起きてゆっくりするのもいいか。なぜ、家が隣なのに駅前かと言うと、昨日は外食ついでに隣の区の親戚の家に泊まったらしい。

「ん?」

カーテンを開けようと起き上がろうとしたら、足の上に翠がヨダレを垂らして気持ちよさそうに寝ていた。忘れていた、昨日はこいつが隣で寝ていたんだった。まだ部活まで時間もあるようだから、カーテンは閉めたままで寝かせておくか。なるべく起こさないように足を抜いて部屋を出た。...って言うか人の布団にヨダレ垂らすな!


「あら、休みの時は早いのね」

既に母さんは朝飯の準備をしていた。

「翠は?」

「まだ時間あるから寝かせてる」

「あらそう。あんた達、兄妹仲が良いのはいいけど、一線越えないようにね〜もうそれなりの歳なんだから」

「越えるかっての。というか、気付いてたのかよ」

知ってたなら翠を母さんの部屋に押し付ければよかった。

「気づいてたけど、多分あの子が家族で1番信頼しているのは蒼だからね〜。昨日もかなり強気で打たれたみたいじゃない。それはあんたの強さを認めている証拠よ。シスコンなら宣言通り護ってあげなさいよ」

「ぶぅっ!」

思わず飲んでいたお茶を吹き出してしまった。そこまで聞かれていたとは...くっそ恥ずかしい

「で、今日は沙夜ちゃんとデートなんでしょ?」

「デートじゃなくて俺はただの荷物持ちだ」

「それでもデートじゃなーい。ちゃんとした格好していきなさいよ」

「分かってるって」

まあ、沙夜姉相手にお洒落しても何も出てこないんだが、街に出るんだからそれなりの格好をしないと馬鹿にされる。

「おはよ〜...」

「ん、翠、まだ寝てていいぞ?」

「いや、大丈夫。ぐっすり寝れたから」

「あら〜お兄ちゃんに添い寝してもらってたからかしら?」

「なんでお母さんが知ってんの」

といって俺を睨んできたが、必死に首を振って否定した。

「まあいいや、寝れたのは事実だから、とりあえずありがとね」

「お、おう...」

こいつは妹だ!なんでドキドキしてんの俺!煩悩退散!


「いってきまーす」

部活に行く翠を見送って、俺も支度を始めた。

「あ、そうだ蒼、街に行くならあれ買ってきてよあれ、えーと...最近人気の歌手バンドの...」

「The Territory Over?」

「そう!それそれ、新しいアルバムが出たらしいから。翠も聴きたがってたし」

「わかった、見つけたら買っとく」

The Territory Overとは通称TTOの名で親しまれる今流行りの5人組バンドで、テレビの広告やドラマのテーマ曲としてもよく使われている。うちの妹もその流行に乗っかり、今はファンとして応援しているようだ。街のCDショップにでも行けば何とか置いてあるだろう。

「夕飯はどうするの?家?」

「そんなに長い時間買い物もしないだろうし、家で食べるよ。もし外で食べることになったら連絡するけど」

「りょーかーい」

沙夜姉のことだから買い物の他にも行きたいところはあるのだろうが、そこまで遅くなることもないはずだ。


「いってきます」

この時間に家を出れば十分間に合う時間だ。待ち合わせの15分前には着く。

「あ、えと、お兄さん!」

「うぉう、なんだ千夏ちゃんか。びっくりした」

玄関を出たらすぐそこに千夏ちゃんが立っていた。

「どうしたの?今日翠は部活だけど」

「あ、そうじゃなくて、お兄さんに用があって...その...昨日のお礼言えなかったので」

「あー、ごめんね、俺結構な時間寝ちゃってたみたいで。かっこ悪いところも見せちゃったし

「そんなことないです!かっこ良かったです! ...あ、すいません」

「そう言ってもらえるとありがたいよ。またいつでも来ていいからね」

「ありがとうございます。あ、それで...その...」

なぜかモジモジしているが、なにか言い出せないことでもあるのだろうか。

「その...連絡先を交換してください!」

「なんだ、そんなことか。良いよ、LINEでいい?」

「え?あ、はい!」


「ありがとうございました!ではまた遊びに行かせてもらいます」

「おう、待ってるよ」

何分か話した後、千夏ちゃんは小走りで、というかスキップで去っていった。

「...やべ!時間!」



「5分遅刻ですねー、蒼さん」

「すまん、ちょっと翠の友達が来て話してたら遅れちまった」

「なるほどね、でも遅れは遅れだよね〜」

「そ...そうですね」

「こういう時は謝罪として1つ蒼くんに願いを聞いてもらうしかないなー」

「...はい...なんなりと...」

「やったー!じゃあじゃあ、今日1日私の言うことは全て絶対ね」

「それはずるいだろ!」

「何も嘘はついてないよー。遅れたそっちが悪いんだよー」

「ぐぬぬ、わかった。できる範囲な」

ずる賢い奴め、いつか同じことしてやる。

「よーし、じゃあ出発しよー。それじゃ蒼くん、はい」

といって、俺の手を握ってきた。

「これはちょっと恥ずかしいというか...」

「私の言うことは?」

「...絶対です」

「よろしい!」

かなり気が滅入る1日になりそうだ...

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