第4話翠の二面性(2)

「お、お邪魔します」

「はーい、上がって上がってー」

というわけで、千夏ちゃんを家に招いた。玄関に入ると、ちょうど母さんが出かけるところだったようだ。

「おかえりー、あら、ちーちゃんじゃない。久しぶりねー遊びに来てくれたの?」

「あ、ご無沙汰してます、私が一人っ子でって話したらお兄さんからお誘いをいただいて」

「これから夕飯食べに来てもらってもいいよね?」

「全然いいわよ~、賑やかになるし、ちーちゃんちのお母さんとも仲がいいから、私から話しとくわ」

「夕飯はほんとにたまにお世話になるくらいで。でもご迷惑ではないですか?」

「もー、まだ気にしてるの?じゃあ、いつも余る家の食料を消化すると思って気軽に来ていいんだよ」

「...うん、わかった。ありがとう」

「蒼もやるじゃない、ちーちゃんみたいな子がタイプだったの?」

「へ?」

また、千夏ちゃんの顔が紅くなってしまった。

「だーっ、違う違う!確かにいい子だと思うけど、翠と仲良くしてもらってるお礼というか」

「あらそう。じゃあ、私買い物に行ってくるわ。ちーちゃんもいるし腕により掛けちゃう」

「あ、その、いつも通りの食事でも、というかいつも通りでお願いします」

「うん、わかったわ」

と言って出かけていった。なんか疲れた...

「ほらあお兄、はやくちーちゃんに飲み物とかだしてよ」

「お、おう」

なんか翠の機嫌がよくないぞ。俺なんかしたか?


「はい、麦茶だけどどうぞ」

「あ、ありがとうございます」

さて、来てくれたはいいものの、何をすればいいのだろうか。

「んー、なにしよっか。ゲームあるけどそれにする?」

「あ、じゃあ、さっき言ってた剣道対空手を見たい、かな」

「え、でもちーちゃん何も面白くないと思うよ?」

「ううん、見てみたいの」

「そう?ならいいけど。あお兄、準備持ってきて」

「へいへい」

なんかいきなり人使いが荒くなったが、この位はしてやるか。


「ほれ、竹刀持ってきたぞ」

翠用の竹刀と俺の目、腕、口のプロテクターを庭に持ち出した。流石に生身で竹刀では痛いからね。

「あんがとー、ルールはいつも通りね」

「わかった」

実際やってはいけない練習だが、このおかげで実力が上がっているのも確かだ

「カウントで行くよ、3、2、1始めっ!」

まず1打目は上から。これを上に払ったあと、翠のキレのある返しで2打目は横から。3、4、5打目は左右交互に素早い小手。ここまでは余裕で防御できた。しかし6打目、また上からの時に、いつもよりも強い一撃が来た。

「ぐっ...」

プロテクターありでも痛い一撃をこの練習で打つのはやはり何かしら不機嫌な証拠だ。そして7打目がまさかの突き。これは防御不可能だ。なんとか胸板をかする所で避けられたが、また8打目に突きが来ることを予想して体勢を整える。やはり8打目は下段の突き。今度は突きが身体に到達するよりも早く払い、残りの2打を待つ。9打目は小手、そして最後の10打目は腹に向かって来た。これを返せば反撃ができる。だが、

「せぇぁっ!」

殺気を感じるほどの最終打はとてつもなく速く的確な位置のため、沙夜姉の蹴り並の威力だった。なので手が追いつかず、思いっきり何も付けていない腹に竹刀が抉りこんだ。

「ぶふぉぁっ!」

思わず出てしまった情けない声とともに、俺は倒れ込んで気絶してしまった。


どうやら、かなり寝ていたようだ。既に千夏ちゃんも帰ってしまっているだろう。

「あ、起きた?」

頭の上から翠の声が聞こえた。ってこれ、膝枕じゃねえか!

「あー、そのままそのまま」

起き上がろうとしたら頭をがしっと抱きしめられた。え、これどういう状況?

「あのー、翠ちゃん?これは一体...」

「静かにしてて」

えー...と思ったら翠の視線がテレビのホラー番組に向いていることに気がついた。つまりあれか、俺は怖さを紛らわせるぬいぐるみか。しょうがない、妹の滑稽な可愛さに免じてぬいぐるみとなってやろう。

「ひいっ...」

テレビはホラーストーリーの佳境らしく翠の腕の力が強くなっていく...ちょっと待て

「痛い痛い痛い力強すぎだって」

こう見えて剣道部だったこいつ。このままだと頭蓋骨割れちゃう!

「ああ、ごめんごめん」

流石に腕を解放してくれて、起き上がることが出来た。

「怖いなら見なければいいのに」

「怖いもの見たさってあるじゃん?」

それはわかるが、昔からこの手のものは苦手なはずだ。

「しょうがねえなー、ほいっ」

「え、ちょっとこれは...」

翠を持ち上げて膝の上に乗せ、頭から毛布をかけて抱きしめたら、恥ずかしそうにしてやがる。直には触ってないぞ?

「これなら紛らわせるだろ?」

「...うん...」

「小さい時もこんな感じでこの番組見てたよな」

「...このシスコン...」

まだ言うか。だが、今回はシスコンの行動だろうな。

「はいはい、俺は妹を護りたくなるシスコンですよ」


その日の夜中、自室のベッドに入って眠りに落ちようとしていた時、ノックの音が聞こえた。

「あお兄、起きてる?」

「おう、どうした?」

ドアを開けて翠が入ってきた。

「私はいまトイレに行きたいです」

「行けばいいじゃん」

「廊下は真っ暗です」

「電気つければ?」

「スイッチが廊下の端にしかないので遠いんです」

「そうだな」

「...」

なるほど、さっきのテレビで怖くてトイレに行けないのか。高1にもなってまだ子供だな〜おい。面白いからもうちょっと様子を見ようか。

「それで?」

「それで...トイレまでが暗くて危ないんですよ」

「そうだな、気をつけろよ?」

「...んー!もうっ!察してよ!」

「あー、わかったわかった、懐中電灯で照らしてやる!」

「そうじゃなくて!暗くてお化けが出そうだから一緒にトイレまでついてきて欲しいの!」

「ようやくちゃんと言えたか。素直のこの方が好かれるぞ」

「やっぱりわかってたんだ。いじわる」

「ごめんごめん、付いていけばいいんだろ」

俺と翠の部屋があるのは2階で、トイレは1階。まあ、電気がついてないと怖いわな。

廊下に出ると翠が腕にしがみついて来て歩きにくい。やっぱまだ怖がりだな、この妹は。

「ちゃんと待っててね?絶対だよ?」

「待ってる待ってる」

といってトイレに入っていった。

「よーし、へやにもどるかー」

「ちょっと待ってお願いだから、今日強めに竹刀で打ったこと謝るから!」

ここで謝られてもな...まあ、可哀想だから待ってあげよう。

「ちゃんといるから、ごゆっくりどうぞ」


「おまたせ」

トイレから出てきた翠は少し涙目だった。からかいすぎたかな?

「じゃ戻るか」

帰りも腕にしがみついて来た。...こいつちゃんと手は洗ってるよな?

「はい、部屋に戻って早く寝ろ、明日は土曜日だけど部活があるんだろ?」

「...」

下を向いたまま袖を離さない。

「どうした?」

「私は今、あお兄のいじわるでとても情緒不安定です」

「あー、ごめんな」

「なので謝罪として一緒に寝かせてください」

「な...いやお前、兄妹でも高1と高2の男女だぞ?恥ずかしくないのか?」

「恥ずかしくない、あお兄はシスコンだから護ってくれる体で」

体でって...まあ、ここでこれ以上怖がらせるとまずいな。

「わかったよ、枕もってこい」

パァっと笑顔になった。表情筋忙しいやつだなぁ。

俺のベットは一人用なので二人だとかなり狭いが、今の翠からするとそれが丁度いいようだ。俺の横にピッタリくっついている。風呂上がりの香りがしてこっちがドキドキしてきそうなので何も考えないように羊を数えはじめた。50匹数えたぐらいの時だった、

「やくそく...だからね。あお兄」

結局すぐにぐっすりと寝ている翠の寝言が聞こえた。約束って、夢でなんの約束してんだ?一瞬何か思い出しそうになったが、眠気がやっと仕事して、俺も寝入ってしまった。そういえば、翠が不機嫌だった理由はわからずじまいだった。

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