第3話翠の二面性(1)

誰かと話している。空はいつもの夕焼け。隣にもいつもの誰か。俺と誰かは野原に座りこんでいる。何を話しているかは分からない。ふと、その誰かが立ち上がり、小指を差し出したところで、夢から覚めた。


「あお兄、また遅刻するよ」

目の前に翠の顔があった。あぁ、またいい所で止まりやがって。起こしに来てくれた翠に多少の怒りを覚えたが、それを即座に消しておいた。

「今日も鬼塚立ってるからね〜」

と言ってリビングに降りていった。今日は遅刻することは避けなければ。なんなら翠と学校に向かえばいい。となれば早く用意をするか。

「そぉい!」

何とか勢いで起き上がりカーテンを開くと、いつも通り沙夜姉のカーテンも開いた。無言の挨拶をした後、さっさと着替えて食卓についた。まだ翠も食べてる最中だから一緒に家を出ることは可能だ。

「あら蒼、今日は早いのね」

「美少女が枕元で起こしてあげたからねー」

「はいはい、ありがとねー自称美少女さん。今日は一緒に家出るからな」

「珍しいねー、いつもは沙夜姉と一緒に来てるのに。喧嘩でもした?」

「違う違う、翠と行けば遅れないかなって思っただけ」

「なるほどね、鬼塚への免罪符にはしないでよ?」

「しないよw」


仕度をさっさと終えていつもより20分くらい早く家を出れた。

「あ、2人ともおっはぁ~」

「げ」

「あ、沙夜姉〜おっはー奇遇だね~」

ほんとに奇遇なのか、やっぱ狙ってんじゃねえのかコイツ。

「今あお君『げ』って言わなかった?」

「え、言ってないですよ?気のせいじゃなないかな?」

「んー?まあいいや。今日は二人で出てくるなんて珍しいね」

「そうだよねー、今日いきなり一緒に登校したいなんて言い出すから、遂にあお兄がシスコンになったかと思ったよ」

「あお君がシスコンに...翠ちゃん襲われないように気をつけてね?」

「襲うかっ!」

今わかったが、翠は確実に沙夜姉の影響を受けている。煽り方と言いからかい方と言いそっくりだ。

「そうだあお兄、今日部活ないでしょ?」

「ああ、今日はオフ」

「じゃあさじゃあさ、帰ってアレやろうよ」

「アレ?アレってなんだ?」

「もー、たまにやってる剣道対空手」

「あー、それな。良いよ練習になるし」

剣道対空手とは、俺らで作ったお互いの練習方法で、翠が竹刀で攻撃、俺が腕で防御、そして10回受けたら反撃してそれを竹刀で防御、の繰り返しだ。どちらも部活がない時や、身体を動かしたい時にしている。

「沙夜姉も来ない?放課後何も無いでしょ?」

「うーん、ごめん、今日は家族で外食だから無理かなー」

「そっかー、残念」

ほっ、沙夜姉がいるとそのうち空手対空手になるから危険だった。

「翠ちゃん、襲われないようにね?」

「まだ言うかそれ!?」


さあ、今日は平和に学校が終わった。何も無いことがここまでいい事だとは、昨日と比べると身に染みてくる。

「あお兄〜」

「お、お前も今帰りか」

「うん、ちーちゃんと帰りー」

隣を見ると、翠の友達であろう女の子がいた。

「あ、えと、その、は、初めまして。坂倉 千夏と言います。えと、翠さんとはいつもお付き合い、じゃなくてえーと、仲良くしていただいております」

おぅ、かなり慌てての自己紹介だったが、悪い子じゃなさそうだ。

「もー、ちーちゃんは人見知りすぎるんだからー。大丈夫だよ、あお兄はシスコンだからちーちゃんを襲ったりしないって」

「おいやめろ、俺に変な肩書きを付けるな」

見ると千夏ちゃんは顔を真っ赤にして翠に「ホント?」って目で見ている。

「違うからね!?俺は普通に妹を好きになったりしないからね!?というか、翠はなんで満更でもないような顔してんの!」

「えー、だって、面白いじゃん」

「面白いだけで俺をシスコンにするな」

「...ふふっ」

「ん?」

気がつくと、千夏ちゃんが可笑しそうに笑っている。

「あ、ごめんなさい。あまりにも二人が面白すぎて。すごく仲がいいんですね」

「まあねー、喧嘩とかもあまりしないよね」

「確かにな、いつも剣道対空手でお互いにストレス発散してるからかな」

「なんだが、羨ましいです」

そう言うとなんだか悲しそうな顔をした。

「そっか、ちーちゃんは一人っ子だもんね」

「うん、それに両親も共働きだから帰ってくるの遅くて、いつも遊んだり話したりできる人がいなかったの」

なるほどな、大人びているように感じたのはそれか。翠よりよっぽどいい子だ。

「それなら千夏ちゃん、翠が部活ない時だけでも家に気軽に遊びに来なよ」

「え?」

「いいねー、それ。うちで夕飯でも食べて帰れば、ちーちゃんの両親も安心でしょ」

「え、でも迷惑じゃ」

「だーいじょーぶだって、私もその方が楽しいし。今日も家に来なよ」

「え、あ、その...」

しばらく迷ったあと、

「じゃあ、お言葉に甘えて」

と、うれしそうに答えた。


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