マリー
事態は深刻だ。
見つかってしまったのだ。
軍隊と戦うには戦力が足らない。3人中2人は非戦闘員で戦闘員は魔術師の老人というどうしようもない情況だ。
「傭兵を雇おう」
「それだけはダメだ」という策ではあるが反対する意見は出なかった。
もう万策尽きていたのだ。
クズしか来ないがクズを雇わざるを得ない。そんな状態でも「まぁいないよりはマシ、なのかなぁ」というのが、今の状態だ。
商人のフリをした暗殺者を倒し物資を手に入れた事で、盗賊団が取引を申し出て来た。
逃げねばならず、出来るだけ身軽にならなければならないし、必要な物は分けて欲しいしで、渡りに船だった。
「アンタら目立ってるぜ!」
そりゃそうだ、軍隊とやったんだから。だから盗賊に居場所バレてるしだからこそ取引を申し出てきたんだろうし。
逆に考えりゃ人を雇うなら今しかない、完全に潜伏した時人を募集するわけにはいかないし。
取引が終盤の頃老人が言った。
「護衛の兵士を雇いたいんじゃが?」
「護衛?物は言い様だな。護衛をするって事は軍隊とやりあうって事じゃねーか?」騙されねーぞという態度だ。ダメかと思ったが答えは意外にも「良いぜ」というものだった。
「戦うのは無理だが、西の国まで送り届ければ良いんだろ?隠れながら山の中を進むのは得意だぜ?」
元々は逃げてたんだし、戦わなくてすむならそれで良い。
とんとん拍子に雇用の話は進んだ。その晩は盗賊団のアジトの小屋に宿泊する事に。次の日から行動を共にするので一緒に過ごすのが一日早いか遅いかだけ、という考え方もある。ハーデスがいれば「警戒すべきだ、まだ一緒に過ごすべきではない」と言うだろう。
皇女は知らないが、皇女にはデッドオアアライブで懸賞金がかかっている。襲われる危険性がある以上、護衛を引き受ける兵士などいないのだ。
ではなぜ盗賊たちは皇女一行を殺さなかったか、というと「殺す前に楽しみたい」というゲスな理由であった。
傭兵を雇おうと老人が提案した時、賛成したのがヘレナでありマリーは無言でヘレナに従ったが賛成した訳ではなく、難色を示していた。それを口にしなかった理由は「じゃあどうするのか」という代案が思い浮かばないからだ。
ヘレナは疑う事を知らなかった。最近のシルビアで疑う事を覚えたが、疑り深さと用心深さを教えたのはマリーだったし、マリーから言わせると、まだまだ用心深くなるべきだし、盗賊を信用している老人と皇女が正直信じられなかった。
盗賊たちは皇女一行を裏切ろうとしていた。盗賊たちが表面上皇女一行に協力的な態度だった理由は老人がいたからだ。
老体とはいえ魔術を極めた存在であり、脅威だった。
夜老人が寝てしまえば殺す事も簡単だったし非戦闘員の皇女とメイドはどうとでもなる。
皇女一行は盗賊たちが用意した晩飯を食べなかった。皇女と老人に対し、「明日から嫌でも同じ物を食べなくちゃいけません。今日だけは私が用意した食事をしてください。」とマリーは言った。マリーはハーデスから「皇女を護るためのいろは」を教わっていた。ハーデス亡き今、安全確保のためにマリーの言う事は絶対だったので、皇女たちは渋々従うしかなかったのだ。逆に盗賊たちの水瓶にはマリーがハーデスから渡された睡眠薬が入れられた。「明日には出発するから、水瓶の睡眠薬が発覚して問題になる事もない。」マリーはそう思っていた。
マリーが出発に備え準備をしていると、盗賊たちが話をしていた。マリーは隠れながら聞き耳を立てた。
「もう少し小声で話した方が良いんじゃないか?」
「構やしねーって!どうせアイツら晩飯に入れた薬で今頃寝てんだから!」
「あと半刻ほどで、アイツら深い眠りに入るハズだ。そうしたら…」
案の定だ。あと半刻…逃げ出す時間はない。あの盗賊たちは、あの水瓶の水は飲まなかったのだろう、全員が水瓶の水は飲まないとは思っていたが、あと4人は倒さないといけないのか。思っていたより倒さなくてはいけない人数が多い。
それにこれからは軍隊だけではなく、ねむらされていた事に気付いた盗賊からも逃げなくてはいけない。今晩中に西の国への国境を越えよう。軍隊は国境を越えては追いかけてこない。盗賊だって自分の縄張りを越えてまでは追いかけてこないだろう。
マリーは皇女と老人がいる場所に戻り、騙されていた事、今すぐ逃げなければならない事を告げ、「先に出発していて欲しい、自分もすぐに準備を終え次第追い付くから」と老人に伝えた。
準備をしている余裕はなかったし、誰もいないのは不自然なので誰かが残って足止めをしなくてはならなかったし、そして何より先に二人で出発しても自分にはヘレナの護衛は無理だったので消去法で自分が残るしかないのだった。
あと数時間で亮が異世界に来る時間だったが、この時亮は軍隊と奮戦して命を落とした、と思われている。
皇女と老人が闇に紛れて脱出した後、マリーは出発の準備を終え、自分も皇女達の後を追おうとした。
しかし無情にもマリーのいた部屋に盗賊たちが入って来たのである。
「何でアイツらがいねーんだ?おい、メイド!テメーが逃がしやがったな?」
マリーは何も言わずに部屋に火を放った。脱出前に火を放とうとしていたのだろう、油が部屋には撒かれていた。油は貴重な着火材だったが、この際惜しんでいられず、景気良く撒かれた油に移った火は小屋から出て皇女たちを追おうとした盗賊たちの足止めをするかのように燃え盛った。
「出て行くなんて酷いわ。私と熱い燃えるような夜を過ごしましょ?」
そう言うマリーに盗賊たちは「死を覚悟した女の凄み」を感じ後ずさった。
「この女、頭がどうかしてる!」
「どけ!このままじゃ焼け死んじまう!」
盗賊たちは焦りの声をあげるがマリーは唯一の脱出口であるドアの前に更に油を撒き燃え上がらせた。
「行かせる訳ないでしょ?私の妹に手を出そうとしたテメーらを!」
阿鼻叫喚がこだまする小屋の中、マリーは最期まで気高く笑っていた。
その笑顔は栄華を究める貴族女性そのものであった。
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