第1ゲーム④




 ああ、やっとこの時間が来た。

 城壁都市アルバの自室に立っていた。白銀の魔導書に、黒いコート。そして、昨日から装備している新しいブーツ《血染めの軍靴ぐんか》だ。現実世界の装備アイテムには存在しない、特殊な装備品だ。僕の愛するレアなアイテムである

 

 持っているアイテム、装備を点検する。

 設定した魔導書の内容、持っているアイテム数、身に付けているペンと時計とノート。日用品に関しては、キルシュに揃えて貰った一品だ。本来のアカレコに家具や日用品というアイテムはない。


 確認が終わり、今日の戦略を組み立てている時だった。


ドガン!!


 アパートが揺れるほどの衝撃音が身体を突き抜ける。慌てて窓から外を見ると、向かいの導具屋で爆発が起きた瞬間だった。


 そして、全く予想していなかった光景に眼を奪われる。落ちていく瓦礫がスローになる。


「黄泉の大蜘蛛!?」


 高速で動く、針のような黒毛で覆われた細長い八本脚。

 黄泉の大蜘蛛は、闇魔術の上位の召喚術式で呼び寄せることが出来る。街中で偶然生じるなんて、あり得ない。明らかに魔術で生み出されたのだ。


 数メートルもある大蜘蛛は、道に並ぶ馬車や魔導灯をなぎ倒して、石畳の上を駆けてゆく。その上には、緑色のローブの男がその上に乗っていた。


 そして、僕は男が持っているものに釘付けになった。


 その男は、同じ魔導書を持っていた。色は異なり、深碧の色だった。それを右手に抱え、蜘蛛の糸で両腕を縛り付けられた赤髪の少女を背負っていた。

 見慣れた少女だった。その赤髪には見覚えがある。


「どうして!?」


 僕の部屋の窓を覗き込む。その潤んだ瞳と目が合った。口を開いて、パクパクと口を動かしていた。見慣れた口の動きだ。そのメッセージは明確に僕に送られたものだった。だってその言葉は――。

 居ても立ってもいられなくなって、自室のある八階から飛び降りた。


「どけ!」


 幸い道路にいる通行人は少なかった。自分の落下地点に魔術の一撃をぶつける。


「《穿て レーゼ》!!」


 基礎的な光魔術。突きだした腕から、一筋の質量のある閃光が射出され、ぽっかりと小さなクレーターが着地点に生じた。反動で身体が減速する。


「坊主! 奴が、先日の糞野郎がっ!」

「親父さん、わかってる」


 アーノルドは鬼の形相だと思ったのに、今にも泣き出しそうな顔だった。そのことが事態の深刻さを伺わせる。自分の心の中の焦燥が濃くなっていく。

 全速力で駆け出して、魔術を発動した。


「《駆けよ 風塵の如く ヴェルフェン》」


 重力が途端に軽くなる。敏捷性を底上げする術式だった。大蜘蛛が向かった方向へ、高さ数十メートルの建物を駆け上がり、屋根伝いに距離を詰める。 

 彼女がなぜあの言葉を口にしたのか、正直まだ理解できていない。その答えを追い求めるように、無我夢中で足を動かした。


「見つけた!」


 十階建てのビルの下、広い大通りを大蜘蛛は併走していた。


 街中で使えるような技は想定していない。大蜘蛛にアンデットではないので、効果のある技も限られる。選択肢が少ない。身体をさらに強化させるしかなかった。


「《我は神の代理人 神罰の代行者 我が使命は地を這う穢れし魂に裁きの鉄槌を下すことなり 天輪》」


 身体を強化する最上位の光魔術。

 全身が真っ白な光を帯びて、蠢く大蜘蛛に一直線に突っ込む。渾身の右ストレートを大蜘蛛の腹部に叩き込む。


 柔らかい感触が拳を覆う。緑色の体液が飛び散った。

 

「キシャァァァァ……」


 巨大な魔物は悲鳴のような奇声を上げて、脚を止める。致命傷を負って、眼の光が消える。それでも速度は止まらない。投げ出されるキルシュと目が合った。一メートルもない。


 眼を見開いて、いつも見慣れた笑顔になる。そして、さっきと同じ口の動きをする。今度はしっかりと聞き取れた。聞いてしまった。


「コーちゃん――」


 キルシュの姿が桜と重なる。

 その一言で現実世界の僕に引き戻された。


 もう何がなんだかわからなかった。信じたくなかった。何故、どうして。手を伸ばそうとしたが、届かなかった。大蜘蛛が走っていたスピードで、道路の上に投げ出されていく。

 

「くそっ」


 動揺が足を引っ張るように、急にバランスを崩してしまう。

 僕も着地に失敗して、地面を転がって、石畳の上に叩きつけられた。何故か脚が固まって、動かなくなってしまったのだ。


「誰だ! 邪魔した奴は! ああ!? これから楽しいパーティーだってのに、ぶっ殺すぞ!!」


 野太い男の声だった。怒りと共に魔法を詠唱し始める。


「《霊淵れいえんに飲まれろ 鉛色の水で肺を満たせ ヘルパノーア》!!」


 闇の上位魔法。周囲の石畳が漆黒の底なし沼へ変わる。動かない脚で必死に後に下がる。何とか沼を避けて、顔をあげる。にやにやと笑う声の主と目が合った。


「なんだ? お前プレイヤーか?」


 がっちりとした体格で、白髪の短髪。肌は色黒い。口角を限界までつり上げて、まるで食べ物を見つけた肉食獣のようだった。

 現実世界の住人だとその装備品で、一目でわかる。初めてのプレイヤーとの対峙。しかし、頭の中は桜のことでいっぱいだった。


「ごめんごめん、まさかプレイヤーだとは思わなくてさ、大丈夫、怪我はない?」


 現実世界の話し方なのだろう。形ばかりの敬語になって、値踏みするように覗き込まれた。


「この娘はダメ。俺の物だから。一度街中で大暴れして見かったから、ちょうどいいや。せっかくだし、PVPをやらない?」

 

 キルシュはまだ抱えられたままだった。大きな魔術では、効果範囲が大きすぎて巻き込んでしまう。


「こんな力使わなきゃ、損だろ。現実世界でも楽しむことが出来るなんて最高じゃないか! この女も後でじっくり味わってやるよ」

「現実世界? 何を言っている!?」

「なんだ何も知らないのか?」


 白髪は腹を抱えて笑い出して、詠唱を始めた。どうやら教えてくれる気はないらしい。不安がさらに拡大していく。現実世界で? 桜が危ないのか!?


「《闇より出でし混沌よ――》」


 戦いに集中できない。しかし、大技を振るわせるような隙を与えるわけにはいかなかった。


「《穿て レー――》」


 手を掲げて標準を定めようとすると、白髪の男がキルシュを目の前に立たせて、笑っていた。こんな時に最も心が揺さぶられる人質の盾だった。ダメだ。急いで詠唱する魔術を切り替える。


「《駆けよ 風塵の如く ヴェルフェン》!!」

「《――煮えよ 膨れよ 地に満ちよ 冥冥瀑布》!!」


 タッチの差で術式が発動した。

 白髪の足下から粘度のある黒塊が噴き出した。津波のように街道にあるもの全てを飲み込み始める。

 

「え?」


 どうしてなんだ。やはり脚が思ったように動かない。

 いや、違う。脚の動きがいつものようにイメージ出来ないんだ。まるで翼を奪われてしまったように。

 道に散乱していた木箱や馬車を巻き込んで、凶器の濁流となって押し寄せる。


ゴポ。


 無様に飲み込まれるしかなかった。粘度のある黒塊の中では、息が出来ない。もがいてももがいても、光が見えなかった。

 街道の残骸と一緒に、泥まみれになって、道路の石畳の上に打ち上げられる。


 冷たい泥にまみれて、身体に熱い激痛が走った。小さな木材が腹に刺さっていた。

 この世界で痛みを感じたのは初めてだった。鋭い痛みが脳天に貫く。もう考える余裕なんてなかった。

 手足が現実世界のように弱々しく感じる。激痛で何も出来ない。


「あ……あ、あぐっ」


 なんで、どうして。

 ダンジョンでどんな攻撃を受けても、こんなには痛くなった。あまりの苦痛に嗚咽が漏れる。頭の中が痛みという信号でいっぱいになる。

 その原理が全くわからない。でも、考える余裕がない。痛みと共に現実世界の僕になっていく。

 何も出来ない。どうしようもない。生きる価値がない。追いすがるように別の世界を求めていた僕に。この世界でもダメなのか。

 別にゲームで生きたかったわけじゃない。ゲームでしか生きられなかったのだ。僕にどうしろって言うんだ。


『馬鹿、何しているの!!』


 見かねたように頭の中に声が響く。


『稲若浩介! さっさと回復しなさい! 死にたいの!?』


 どうして本名を知っている。

 頭の中を声が響いた。凜とした少女の声だ。聞いたことがない。 


『はぁ!? 覚えてないの!? 貴方にここで死んで貰っては困るの。私が誰かなんて今はどうでもいい!!』


 もう駄目なんだ。痛みが。


『そんぐらい我慢しなさい。男の子でしょ! あんた本当に何も知らないのね!』


 たった十分ほどで、僕の精神は袋小路に追い込まれた。


 なんでキルシュは桜みたいに僕を呼んだんだ。白髪の男が現実世界でもと言ったのは、何でなんだ。なんでこんなに痛いんだ。そして、お前は誰なんだ。


『ああもう、そんないっぱい考えないで! 思考を並列してるこっちの身にもなってよ! とりあえず、いい!? この世界はあたし達の精神を反映している場所。気持ちで負ければ、貴方は死ぬの! そんなちんけな怪我は、ただの記号! わかったなら、さっさと回復薬飲みなさい!!』


 腰のアイテムボックスの蓋を開いて、手探りで回復薬を取り出した。


『そして、それは精神を安定させる記号、強い身体をイメージすれば、その効果も強化されるわ』


 痛みで震える手で一気に飲み干した。激痛が晴れて、赤くにじんでいた傷口が閉じていく。刺さっていた破片がぽろりと落ちた。

 激痛が嘘のように引いていく。思考がだいぶ落ち着いてきた。気持ちの問題? どういうことなのだろうか。


『いい? この世界ではイメージが全て。弱気や気の迷いで簡単に死ぬの。貴方よくこれまで生きてこれたわね。とりあえず、今は目の前の男に勝つことだけに集中しなさい。あの男は精神体を利用して現実世界でも罪を犯しているクズよ!』


 負ける? 僕が負けるだって?

 ゲームでしか取り柄のないこの僕が。そんなの論外だった。彼女の一言で、ゲーマーの自分が戻ってくる。

 

 泥と一体して這いつくばりながら、視線を相手に集中させる。

 遠くの方で白髪はこちらの方を漠然と見ている。黒い外套着ている僕の位置には気付いていない。

 メモを見ている。なんだ、詠唱文を暗記していないのか。


「そうこなくっちゃ! PVPは始めて?」


 肯定の意志を念じると、すぐに返事が来る。


「勝利条件は、完膚なきまで叩きのめして、相手の心を折るか。本を奪いとって、見開きにある術式手形にタッチする。どっちが好み?」


 もちろん後者。


『そうだと思った』 


 今は若松浩介じゃない。魔導郷ソフィアの魔術師アレクなのだ。

 桜については、今は置いておく。奴はあいつに現実世界で何かするために、攫ったのだ。店先の爆発から蜘蛛に乗って逃げる間、白髪が目的を達成したように見えない。

 そして、白髪は完全に遊んでいる。対人戦なら、一番カモにしやすいタイプだ。

自分が今使える手札を、頭の中で見返す。


 何だ、あるじゃないか。忘れていた自分に腹が立つ。それだけ、彼女の事が気になっていたらしい。

 先日、手に入れた新しい切り札があるのだ。



 そして、自信を持って言えることがある。

 ゲームをプレイするイメージにおいて、誰にも負けない。


 真っ黒な泥の中から立ち上がった。


「何だよっ、そこに居たのか? 逃げ出したかと思ったよ」


 わざと立ったのだ。彼を見ても何も思わない。ゲームに勝つために無表情を保ち続ける。


「《我は神の代理人 神罰の代行者 我が使命は地を這う穢れし魂に裁きの鉄槌を下すことなり 天輪》」


 クールタイムの百二十秒はまだすぎていない。だが、今日のデッキには『転輪』が二枚入っている。また、キルシュを前に立たせた。

 彼は勝ち誇ったような顔をして、野太い声で高らかに叫ぶ。どうして勝てると思ったのかわからない。きっと、本当に彼は街中で遊びたかっただけかもしれない。


 先に謝っておく、ごめんなさい――。


「《朽ちた四頭狼 堕ちた八咫烏―― 》」

「《影や唐禄神 十三夜の牡丹餅》」


 相手が詠唱の途中に動き出す。これをやられたら、誰も対応できない。僕自身も、おそらく負けてしまう初見殺し。


 今装備しているブーツ《血染めの軍靴ぐんか》に刻まれた特殊な魔術は相手の影に移動する。

 そう、相手の背後にである。


 白髪は全く気づいていない。僕が消えたのに、気付いているかも怪しい。

 それを見て僕は堪らなく嬉しくなってきてしまった。 


 ああ、生きてる! 歓喜の感情が噴き出してくる。

 そうだ、どうしてアカレコにはまったのか、思い出した。対人戦だ。すっかり忘れていた。出し抜いて、相手を完膚なきまでに叩きのめすのが、楽しかったから!


 相手を攻撃する罪悪感はさっきの場所に置いてきた。さぁ、一緒に遊ぼうじゃないか!!



 それから後は簡単だった。

 何度も繰り返したアクションゲームのコンボを想像して。


 下段蹴り。相手がようやく気づいた。腰が落ちて、本を持っていた右腕が跳ね上がる。その腕に手刀を叩き込む。濃い緑色の魔導書が手からこぼれた。


「ひぎゃっ」


 砕けた右腕を庇うように、キルシュを拘束してた左腕を離す。彼女は白髪の手から完全に離れた。予想通りだ。

 空中で横回転して、相手の左脇腹に回転蹴りを叩き込んだ。相手は固い石レンガの壁に頭から突っ込んでいく。

 土埃が立ち上り、レンガの山が一つ完成した。


「おっと」


 崩れ落ちるキルシュと落下する相手の魔導書をキャッチ。腕の中の彼女は震えていた。もう大丈夫だよと伝えると子供のように泣きじゃくってしまう。


『お見事。やるじゃない』


 そう、これがゲームなら負ける気がしない。アカレコをする前から、ゲームで生きてきた自分にとって、様々なプレイが頭の中に染みついている。

 だから、空想が実現するこの世界が楽しかったのか。


 緑色の表紙を開くと、大きな手形現れる。それに自分の手を重ねると、モンスターの残骸のように、魔導書が消えた。


「あああ!?」


 その途端、石レンガの山の中に埋もれていた白髪が叫び出す。彼の身体も白い光になって、泡のように消えていく。


「嘘だ、こんなの嘘だ!? おれは…… おれはあああああああ」


 四肢、胴体、そして、口がなくなった。そして、忌々しそうに僕を見つめていた眼が、最後に溶けるように消失した。

 


『大丈夫、死ぬわけじゃないよ。アプリが元の状態に戻っただけ。そう、もうこの世界に来ることは出来ない。全てを失うより、全然まし。おっと、ごめん、私も限界みたい。貴方とはまた会うからその時ね――』


 頭の中の声が途絶えてしまった。もっと聞きたいことがあった。浮かんだ疑問は消えない。

 腕の中のキルシュを縛っていた蜘蛛の糸も消えていく。


「怪我は? 大丈夫か?」

「……アレク君、やっぱり助けてくれた……」


 良かった。今の彼女はキルシュであるようだった。しかし、それだと現実の世界の桜が気になってしまう。


 腕の時計を見ると、時間は十二時半だった。まだこの世界に来てから、三十分も経過していない。僕は戻らなきゃいけない。


「捕まってて、少し急ぐよ」

「え? きゃっー―」


 涙も乾かぬうちに、風の身体強化魔術ヴェルフェンを起動させて、走り出した。

 そのままキルシュと一緒に導具屋へ戻ると、アーノルドが雄叫びをあげて、力の限り抱きしめられる。


「坊主-!! お前本当に!! 本当にぃぃーー!!」

「むごっ!! むごごごごっっ!!」


 もう胸がいっぱいだった。いろいろ気持ちが負けそうになって、死にかける。


「パパ! アレク君は急いでるの!! 離してあげて!!」

「でもよう……。キルシュ……」

「いいから!!」

「ごめんなさい……。騒動については魔術師組合の僕の専属のノアに連絡するように伝えてくれるようにしてくれますか。少し街を壊しちゃって」

「おう、別に良いけどよ――」


 キルシュのおかげで、野獣の腕の中から何とか抜け出す。

 ノアには聞きたいことが死ぬほどあるが、ここでは我慢だ。お返しに面倒くさい事後処理を放り投げてやる。ただ一つ言えるのは、言い忘れている事がある。それも一つだけじゃない。

 あの小学生野郎、今度あったらデスクに隠してあるお菓子を全て取り上げてやる。


「お、おい! アレクの坊主! 事情はわからんが、安心しろ! お前のやった責任は全部俺が持つ!」


 急いで建物の中の階段を駆け上がる。蹴破るようにドアを開けて、端末のメニューにある赤いスイッチを押す。白い霧に包まれて、現実世界へ戻っていく。数十秒の白いモヤがまどろっこしい。


 早く、早く晴れてくれ。


「戻った!!」


 布団を引きはがして、飛び起きた。開けた窓からパトカーのサイレンの音が流れ込んでくる。ええい、煩わしい。そんなことはどうでも良い。

 

 向かう方向は決まっていた。そう、桜が寝ているその場所へ。


「桜っ!?」


 ドアを開けると、桜はしっかりとそこに居た。幸せそうな寝顔である。緊張の糸が、ぷつりと切れた。その枕元で、へたれ込む。


「なんだよ、もう」 

「……んー? なーに―?」


 目が覚めたみたいだ。僕の顔を見て、慌てて身体を起こした。


「って!? コーちゃん!? だめ! 寝顔見ちゃだめ! いやそうじゃなくて! どうしてここに居るの!? まさか夜這い!?」


 心配して損した。いつものうるさい彼女に戻っていく。

 でも、そこに彼女がいるという実感が欲しくて、指を伸ばした。安堵の気持ちと共に、何故か僕は涙が出てきた。理由はよくわからない。


「……どうしたのそんな顔して?」


 弱々しい指を彼女はしっかりと握り返してくれた。そう、彼女はしっかりとここに居る。


「さっきまでね、変な夢見てたんだけどね。夢の中でコーちゃんを呼んじゃった」


 そう、桜はあの場にいたのだ。


「でもね。現実でもコーちゃんが助けに来てくれるなんて、思わなかったよ」

「……」

「……ちゃんと画面の外も見てるじゃん」


 安心して、足にもう力が入らなかった。

 精神的にもう疲れ切っていた。もう立っているだけで、精一杯だった。


「ちょっとコーちゃん!?」


 これまで最も短い滞在時間で、最も長く感じられた魔導郷での一日だった。魔導郷の、いや、現実世界の一日が終わった。

「おつかれ」と桜の声が聞こえた気がした。

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