第28話

あの事件から8ヶ月後、桜が咲き乱れたあるお寺に訪れる男が1人。その男は鹿島。手には花束を持ち、キョロキョロと辺りを見渡していた。

「お、あった。」

鹿島はあるお墓の前で足を止める。墓石には『高梨家』と刻まれていた。



お墓に花束を供えて、手を合わせる。

「テツさん...あちら側でご家族とご一緒に過ごされていますか?」

あの事件は凄惨な被害者を生み出した。鍋島めぐ...”黒男(クロオトコ)”による一連の被害者達8人と鍋島めぐの両親。

そして先輩であり、良い同僚であった、高梨 哲也(たかなし てつや)、彼の妻と娘の奈緒(なお)と静音(しずね)。


「テツさん、報告がいくつかあります。」


 ――先日、妻がようやく退院出来ました。仲の良かったテツさんのご家族と事件に巻き込まれたこと、そして化け物が奈緒さん、静音ちゃんを襲っているところが、かなりのトラウマになっていました。

身体的なダメージよりも精神的なダメージが大きく、立ち直るのにだいぶ時間が掛かりました。今日、テツさん達の前に連れて来られれば良かったんですが、まだお墓参りをするには心の整理が必要と言って来られませんでした。ごめんなさい、今度は2人で挨拶しに来ますね。


 次は、あの事件の後の話です。化け物を僕たちの爆弾によって、下水道ごと木っ端みじんにしましたよね?

あのあと、捜査本部に連絡した僕は、課長に全てを報告しました。


押収物倉庫から爆弾を盗んだことを。



あの化け物を爆弾で殺したことを。



そして、テツさんが娘さんと一緒に亡くなったことを。


全てを聞いた課長は短く『そうか。』と言うと、後は何も聞いてきませんでした。

その後、現場に来た捜査本部の人たちと機動隊の人たちによって僕は保護されました。

あの現場を、捜査本部の鑑識班があの辺り一帯を捜査したらしいです。

そこで、娘さんを抱きしめるようにして亡くなっていたテツさんが見つかりました。


 結局のところ、公式にはあの事件は鍋島めぐが彼女を信奉する狂信者たちとともに行った犯行だとされました。

警察としては、化け物の存在を公には認めるわけにはいかなかったのでしょう。下水道の崩落は、信者たちの集団自殺として報道されました。

ただし、僕の処遇については、お咎めなしとはいきませんでした。命令違反だとして、閑職に追いやれてしまいました。まあ、警察を辞める覚悟だったので、このぐらい平気です。


 そうそう、例の黒い本についてですが、あの後こっそり僕が焼却しておきました。あのままあの本をこの世に置いておいたら、第2、第3の”黒男”が現れると思ったからです。


 じゃあ、そろそろ今日は帰ります。また来ますので、テツさんもお元気で。


鹿島は立ち上がると、ゆっくりと帰って行った。

桜は咲き乱れ、鳥は楽しそうに歌う。

春うららかな、平穏な1日がまた過ぎていくのであった。

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黒男(クロオトコ)という流行りの小話 重弘茉莉 @therock417

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