ひとりかくれんぼをしたらシュワルツェネッガーが降りてきた

重弘茉莉

第1話

 ひとりかくれんぼなんてするんじゃあなかった、とY氏は後悔するのであった。

何故こんな状況にY氏が置かれているのか?話は数時間前にさかのぼる。


 Y氏は大口の麻薬の取引も終わって暇を持て余していたところ、マフィアの友人が教えてくれたのが「ひとりかくれんぼ」であった。このひとりかくれんぼとは、簡単に言えば降霊術の一種であり、幽霊によって引き起きる怪奇現象をスリルを楽しむというものである。

「良い暇つぶしにはなりそうだ。」と、かくしてY氏はひとりかくれんぼを実行したのであった。


いつもなら、女を呼んでヤクをキメているのだが、それも少々飽きてきた。

夜も更けた頃、プールがついた豪邸に一人暮らしのY氏は、ひとりかくれんぼをするための方法を詳しく調べていた。

ひとりかくれんぼはメジャーなオカルトらしく、その手のサイトがすぐに見つかる。

Y氏は愛用の葉巻を口に咥えながらサイトのページをスクロールして、手順を確認していく。


実行手順

1.まずぬいぐるみに名前をつける。

2.深夜の2時42分になったら、ぬいぐるみに向って呪文を唱える。

3.風呂場に行き、ぬいぐるみを水の張った風呂桶に入れる。

4.部屋に戻り、家中の明かりを消して、テレビをつける。

5.目をつぶり、大きな声で10数えたら、用意した刃物を持って風呂場に行く。

6.ぬいぐるみのところへ戻り、呪文を唱えてぬいぐるみを刺す。

7.『次は○○(ぬいぐるみ)が鬼』と唱えながら、ぬいぐるみをそのまま置く。

8.置いたらすぐに逃げて隠れる


 手順を読み終えたY氏は想像以上の手順の多さに、やる気を少々削がれたのであった。

「結構めんどくさいな。終わり方はぬいぐるみに塩水を掛けて呪文を唱えればいい、と...ん?」

※注意

・家の外に出ない

・電気(明かり)は必ず消す

・隠れてる時は静かに

・同居人がいると、同居人に危害が及ぶという噂もあり

「ふ~ん。こんな注意点があるのか。」

Y氏は一通りのやり方を頭に入れると、あまり深く考えずにひとりかくれんぼの準備を始めた。


 まず道具を揃えた。

Y氏は手元にあった中身の綿を抜いたクマのぬいぐるみに、自身の爪と生米を詰めて赤い糸で止める。

そしてカップに塩水を入れると、片手にサバイバルナイフ、小脇にぬいぐるみを抱えてお風呂場に向かう。



 お風呂場に向かう途中で、「そういえば、このぬいぐるみに名前をつけなくちゃいけなかったんだっけ。よし、こいつの名前はシュワルツェネッガーにしよう。」

などと一人でつぶやきながら、Y氏はお風呂場に続く長い廊下を歩いた。

そして水を張ったお風呂にぬいぐるみを入れると、幽霊を呼び出すための呪文を唱える。

そうしてお風呂場を出て、家中の照明を消す。照明を消す途中に居間のテレビを点けると、ただただ砂嵐しか写していなかった。

Y氏は家中の明かりを消した後、目をつぶって大声で「1、2、3...」と10まで数える。

そしてお風呂場まで戻り、「次はシュワルツェネッガーが鬼。」と言ってぬいぐるみにナイフを刺すと、衣装部屋のクローゼットにすぐさま隠れた。



 ひとりかくれんぼを実行してから10分程は、何も起きなかった。

Y氏は「やっぱり、ウワサだけか。」と気落ちして、そろそろこの暇つぶしを終えようとクローゼットの中から出ようとした。


 突然、テレビの砂嵐の音がブツン、と急になくなった。

そして代わりに、書斎から何か音がする。


「とうとう来たか!」

内心わくわくしながら、念のために用意したトカレフを手にして書斎へと向かった。


 書斎に近づくと音が止んだ。。

なんだ?と思いながら、トカレフを構えて書斎に入る。


 書斎に入った瞬間、Y氏は2つのこと気づく。

1つ目は書斎に隠した武器の保管庫の扉が全開になっていたこと。そして2つ目はこちらに手榴弾を投げる小さい影。

「まずいっ!」とY氏が書斎から飛び出した刹那、手榴弾が爆発する。

爆発の衝撃で部屋全体が大きく揺れ、書斎の壁が、天井が、家具がめちゃくちゃになった。Y氏は酷い耳鳴りがしながらも、爆発からは辛くも逃れていた。


 床に体を伏せた状態で「あのヤロウ、俺の武器を使いやがって...」とY氏がうなっていると、豪快な音を立てて玄関のドアがぶち抜かれた。

4人の屈強な男が突入してくる。マフィアのY氏のボディーガードであった。


「ボス、大丈夫ですか?何があったんですか?」

M4A1カービンを構えた状態でリーダー格の男が尋ねる。Y氏はリーダーに助け起こされながら「ぬいぐるみが俺の武器を盗みやがった。」と、これまでのことを説明する。そしてヤツを必ず殺せとも付け加えた。

Y氏の話を聞いた4人は大きくうなずくと、「ヤツの首をボスの前に持ってきますよ。」とリーダーはY氏に告げた。



 そしてリーダーは3人に向かって小声で指示を出す。

「よし、3人で部屋を探索しろ。俺はここに残ってボスを警護するから、何かあったらすぐに連絡するんだ。必ずそいつを見つけて来い。」

3人ともコクン、とうなずくと二階へと向かって行った。


 3人はまず、二階の1番大きな部屋である寝室を探索することにした。

3人は死角を作らないようにフォーメーションを作りながら、部屋の探索をするために扉に手を掛けた。

寝室に一歩入った瞬間、1人目の足に仕掛けてあった細い糸が引っかかる。


「罠だ!」

そう思った瞬間、糸が繋いであった手榴弾のピンが外れて爆発を起こした。


 最初に寝室に入った1人目は、爆発で粉々の肉片になる。2人目は死にはしなかったものの、爆発の衝撃で飛んできた破片により腹部を大きくえぐられていた。

軽傷で済んでいた3人目が通信機に向かって叫ぶ。「ヤツが寝室に罠を仕掛けてました!」

リーダーに状況を伝えながら寝室の様子を窺う。そして見えたのが、寝室の中央でクマのぬいぐるみが、ロケットランチャーを構えている姿であった。

次の瞬間、3人仲良く粉々となり、3人の内の誰かの右足が燃えながらプールへと落ちた。




 Y氏と居たリーダーはこの音を聞いたことで、異常事態が起きたのだと理解した。そして、無線が帰ってこないことに、隊員が全滅したのだとも理解した。

「ボスはどこかに隠れていてください。私は上を確認してきます。」

そうリーダーは言い残すと、Y氏を残して二階へと上がる。


 二階に上がると寝室と廊下の壁が吹っ飛んでおり、外からの風が吹き込んでいた。リーダーは用心深く寝室に近づく。

「一体何があったんだ...?」

ゆっくりと寝室に入る。死んでいる3人以外は確認出来ない。

ふいに廊下側から瓦礫が崩れる音がした。リーダーがその音に反応して振り向く。そこには崩壊した廊下の壁に掴まっていたぬいぐるみが這い上がってくる姿が見えた。


「居たぞぉぉっ!」


 大声で喚きながら、リーダーの持っていたM4A1カービンが火を噴く。考える前に体が動き、M4A1カービンを撃ちながら遮蔽物に身を隠す。

弾丸を全て打尽くした後、リロードをしながら外の様子を窺った。


「なんて野郎だ...壁面に掴まって隠れていやがった...」

 床を確認すると、ぬいぐるみも負傷したのか生米が床に散らばっており、よくよく見るとそれは隣室に続いていた。

隣室の中を確認すると、部屋の中央にクマのぬいぐるみが座っていた。「ヤツだ。」と、リーダーは確認すると、行動を起こす。

リーダーはすばやく隣室に飛び込むと、めちゃくちゃに撃ちまくる。


「やったか...?」

硝煙が立ち込む中、肩で息をしながらぬいぐるみの死体を確認しにいく。

そこには”中身の綿”が飛び出したばらばらのぬいぐるみが転がっていた。

「クソッ、だまされた!」


 リーダーが顔を上げたとき、ポンプアップ式のショットガンを構えたぬいぐるみの姿が見えた。

M4A1カービンを撃とうとするのと同時に、ぬいぐるみの持っていたショットガンが火を噴いた。


 次の瞬間、リーダーの顔がカボチャのように砕け散る。

3発の重い音が響いた後、そこには頭がなくなり、胸から血が吹き出た、人であった何かが残された。






 そうして話は冒頭へと戻る。

クローゼットに立て籠もり、震えていたY氏の頭の中に声が響く。


「どうした?お前が俺を呼んだんだろう?(CV.玄田哲章)」


何で頭の中で声が響くんだ...?とY氏はがたがたと震え続ける。

クローゼットの隙間から外を確認する。ぬいぐるみが立っていた。


「待て!我々は良いパートナーになれる!ここは平和に話し合いで解決しようじゃないか!」


「お前が欲しいのは金か女か!?いくら欲しいんだ!」と、Y氏は命乞いをしながら叫ぶ。


「そんなものが欲しいんじゃない。お前は俺の平和を乱したんだ。(CV.玄田哲章)」


「目的は一つ。お前の命だ。(CV.玄田哲章)」



「ああ、そうかい!」

Y氏は震えるのを止めてクローゼットから飛び出すと、ぬいぐるみに向けてトカレフを乱射する。



ぬいぐるみは素早く廊下に駆け出すと、キッチンに向かって走り出した。

そのぬいぐるみの後を、Y氏がトカレフのリロードをしながら追いかける。



 Y氏はぬいぐるみがキッチンに入るのを見て、「キッチンは袋小路だ。馬鹿め!」と叫んだ。

そしてY氏がキッチンに入ると、ぬいぐるみは逃げるのを諦めたのか、Y氏に背を向けてキッチンの中央に居た。


Y氏は銃を構えながらぬいぐるみに語りかける。

「我々は良いパートナーになれただろうに。残念だよ。」


「ふざけるな。誰がお前なんかの元で働くか。(CV.玄田哲章)」


「じゃあ死ね!」

Y氏は銃のトリガーを引いたと同時に気づく。キッチンが異臭に包まれていることに。


「死ぬのはお前の方だ!(CV.玄田哲章)」

Y氏の持っていた銃が火を噴いた瞬間、キッチンに充満していたガスに引火し、大爆発する。そしてその衝撃はキッチンだけではなく、家中に広がっていく。数刻前は豪邸だった建物は、爆発の衝撃で瓦礫の山と化した。




 次の日の朝、マフィアのボスであるY氏含む5人の男が、自宅で異常な殺された方をしたことでトップニュースとなった。

そして、ニュースで証拠品を押収する警官達の姿が映ったのだが、ある警官の一人が焼け焦げたクマのぬいぐるみを押収する姿も映し出されたのであった。


ニュースを見ていた人々が、光の反射の具合なのか、そのぬいぐるみがウインクをしたように見えたと騒ぐのはまた別のお話である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ひとりかくれんぼをしたらシュワルツェネッガーが降りてきた 重弘茉莉 @therock417

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ