故に紳士は舌技を尽くす!

HiroSAMA

故に紳士は舌技を尽くす!

「あなた誰?」

 魔物の蔓延る山中にて、不信感を言葉に載せて放ったのは半裸の金髪美少女だった。


 いや、この場合、半裸という危うげかつ儚げな表現は正しくないし相応しくもない。


 なぜなら、眼前の少女は半裸という単語がイマジネーションさせる『衣服が脱げかけ』のような状況にまるでなってないからだ。


 彼女はいささか古典的ではあるものの西洋ファンタジー風な鎧をしっかりきっちりと着こなし、歴戦の戦士もかくやという隙のない気配を醸している。

 ただ、鎧の守備範囲がいささか低面積であり、女の子として大切な部分を必要最低限しか守っていないような錯覚を受けるがため、半裸と誤認してしまっただけにすぎない。


 ついでに補足しておくと、何故か地面から生えている鏡には、ほとんど守られていない滑らかな背が、緩い弧を描く臀部とともに映されている。

 これはきっと、彼女の「敵に見せる背などない」という男気のような決意の表れだろう。実に見事な心意気に思わず感服してしまう。


 物事の上っ面しか眺められない愚者が彼女を見れば「いささか胸のボリュームにかけるのでは?」と、無粋極まりない指摘を入れるかもしれない。だがそれは間違いであると僕のような真の紳士である僕には断言できる。


 なぜならば、胸が控えめだからこそ存在を許された鎧と肌とのわずかな隙間に「もしかしたら」という夢をみることができるからだ。


 これぞまさにドリーム。


 人は夢を見てこそ生に価値を見いだすことができる。


 例えそれが世界地図でみた日本のように小さくはあっても、絶対的に注目せざるおえない魅力が、なだらかな双丘上にしっかりと存在している。

 それも二箇所も。


 だがしかし、だがしかし……ここにひとつだけ問題がある。


 ひとつだけだが、重大な問題がしっかりと存在している。


 これをないがしろにしては、紳士の尊称を返上せねばならないくらいの重要事項だ。

 もしくはその判断を誤ったが故に、自らの血の海に沈められるという可能性も存在しえる。

 慎重にならざるをえない。


 その問題というのは、まだ名も知らぬ少女の格好を褒めて良いのかということだ。


 彼女が自ら望んでこの流麗なる鎧を身につけているのならば、褒めることで異性たる僕への好感度は鰻登りとなるだろう。

 だがもし、万が一、億が一、兆が一にも彼女が望まずにそれをつけていたらどうなる?


 きっと僕は、どこにでも空間をつなげられるドア型移動装置の誤作動による偶発的事故で、入浴中の同年代女子に出くわしてしまった少年のような罵倒を受けてしまうにちがいない。


「のび太さんのエッチ!」と。


 そんなことになればガラス細工のように繊細な心はいともたやすく粉砕されてしまう。あるいは魂が微塵もなく砕かれ塩の柱と化すかもしれない。


 いやそれよりも、そんなことよりも眼前の露出系美少女……いやちがった、いろんな意味で勇者である美少女に、罵倒などという粗野な振る舞いをさせてはいけない。

 彼女の品位を守るためであって、決して自分の保身のためではない。


 故に僕は安全策をとった。


 利き手に持った端末を素早く音も立てずに操作する。


 それはカメラ撮影をするためでもなく、動画を録画するためでもない。それを使える状況ならば、法律というものに少しだけ目をつぶってもらい、なんらかのアクションを起こしたかもしれない。だが、実際には他のアプリが稼動中の為にそれらは実行不可能だ。


 故に僕は創作者クリエイターとして現在使用可能な情報取得のみを行い、端末に表示された『彼女』と『この世界』の『設定』を即座に読みとる。

 そして彼女が何者で、ここがどういう場所か知ると、すかさず片膝をついて頭を垂れた。


「失礼しました、ビルチェ・ドラゾニア様。御身のあまりの美しさに思わず見とれてしまいまして……」


 目の前の美少女はドラゾニア皇国という強国の王女で、皇位継承権を選るための試練の真っ最中……という設定であった。神聖な儀式の途中に出くわしたのだからまずは謝罪しなくてはいけないだろう。


 ついでに説明しておくと、彼女を飾りたてる装飾的な鎧は聖霊と呼ばれる神様的存在からの贈り物であり、見た目通りに神聖な性能を有している。それらの情報から推測するに、他者から着用を強制されている可能性は低い。


 仮にそうであったとしても、ビルチェの知性の数値は低く、小学生程度の数値しかない。そんな彼女が初対面の相手とはいえ、手離しで褒めちぎれば悪い気はしないハズだ。


 彼女の美しさは僕の呼吸をハァハァと乱し続けるほどだし、これほどまでに美しいのだから、褒められることに疑いなど持ちようもないだろう。


 実際、ビルチェは僕の褒め言葉に反応し、顔を赤らめている。


 顔を反らしているため、確実とは言い切れないが、性格もチョロ……じゃなかった素直そうだ。これなら巧く誘導すれば、18禁ゆめの展開も十分にありえるかもしれない。


 おもわず『グフフ……』と、紳士にあるまじき声を漏らしてしまいそうだ。


 そう事態を楽観しかけた瞬間、ビルチェが動いた。

 地面に突き刺さっていた鏡の飾り部分を掴むと易々と引き抜く。そしてそれをこともあろうに僕へと向かって突き出した。


 よどみなく彼女を映していたので誤認したが、それは鏡などではなかった。鎧とセットで彼女に託された巨大な聖剣である。それに気づいたのは彼女が動きを止めてから数秒後のことだった。


 あと10センチ。


 それだけズレていたら僕の頭はまっぷたつにされ、あたりに敷き詰められた紅葉のように赤裸々な内部を晒していただろう。


 だが、そうはならなかった。

 それは僕が回避したからではない。

 それは僕が幸運だからではない。

 それは僕が紳士だったおかげでもない。

 ただ単に、単純に彼女が僕を殺そうとしなかったからである。


 では、なぜ殺す気のない相手に剣を向けたのか。


 その答えは再び動き出した剣から伝わってきた。


 それまで涼しげな秋の陽を弾いていた刀身に、べっとりとおぞましい赤がこびりついている。その色の生々しさに悪寒が走った。


 身体に痛みはない。念のため視覚で確認するものの五体満足で、出血している箇所もなかった。


 だとしたら……。


 おそるおそる振り返ると、そこに僕の倍はあろう熊がその巨体をみせつけるよう立っていた。


 その腹部には赤の源泉たる刺し傷がひとつ。僕がそれをみつけた頃になり、熊は巨体を傾かせ、大きな地響きとともに周囲の木々の落葉を促進させた。


 ビルチェとの遭遇に気をとられ、こんなにも恐ろしい化け物に背後をとられるとはなんたる不覚か。

 自らが気づかぬうちに死の縁に立たされていたことに背筋が冷たくなる。


「怪我はないね」

 抑揚のない問いかけに、声も出せずコクコクと首だけでうなずく。


 ビルチェはこちらに視線を向けもせず、ただ聖剣を軽く払った。それだけで穢れたばかりの刀身はカナートスの泉で沐浴したヘラのごとく純潔を取り戻す。


 柄まで含めれば、使い手の身の丈を越える巨大な剣はまるで重さを感じさせない。まるでプラスチックの玩具みたいな扱いだが決して剣が軽いわけではない。単に彼女に設定された筋力と運動能力が突出して高いだけの話である。ビルチェこれから世界を救おうという勇者なのだから、この程度のことはできてあたりまえだ。


 だから問題は別にある。


 どういうわけか、たったいま巨大熊の魔手から救ってくれた聖剣が、こんどは確実に、疑うことができないほどしっかりと僕へ向けられていることだ。


 唾を嚥下した喉が大きく音を立てた。


 ビルチェはかまわず、凶器を差し向けたまま僕へと問いかける。

「応えて。

 試練はあたしひとりで受けるもの。

 なのにどうしてこの場にあなたはいるの?」

 冷たい光を携えた刀身と同温の言葉に嫌な汗が噴き出した。


 ここで答えを誤ればそのままデッドエンドもありえる。権力と実力を兼ね備えたビルチェにとって、それはとても容易な選択だろう。


 だが、目の前で凶器を突きつけられている危機的状況にも関わらず、僕は狼狽したりはしなかった。みっともない姿を晒して、助命を懇願するようなマネをしたりはしなかった。


 理由は簡単である。


 なんということはない、巨大熊の強襲で順番が変わっただけで、彼女から出された質問は想定していたものと同じだったからだ。そもそもこういう状況を巧く丸めこんでこそ真の創作者と言えよう。


「非力な身ではありますが、あなた様をサポートするため参上しました」

「不要よ」

 提案は交渉の余地なく切り捨てられた。


 だがここで引き下がる気など毛頭ない。

 半裸美少女と世界を救う旅をするチャンスを棒に振るなど紳士としてあるまじき振る舞いだ。


「お言葉ですがドルチェ様。あなたは聖霊様より授かりし剣と鎧のご加護をお受けでおられます。それに御身に宿した力も皇族として皇王様より継がれたもの。それらを使っているのですから、既におひとりの力と呼べないのではないでしょうか?」

 自らにケチをつけられたからだろう彼女は不快そうに眉根を寄せた。

 だが、僕の発言はそれで終わりではない。


「ですが、人はみな両親よりその生を与えられた存在。才能はそれに付随した恩恵でしかありませぬ。故に、あなた様の授かりし特別な力を他者の助力と言う者はどこにもいないでしょう。同様に聖霊様より賜った武具も天からの贈り物。天より落ちる雨の恩恵なしで生存可能な生物などおりませぬ故、聖霊様の武具の使用を咎めるような者もいません」

 長続きする説得の言葉に息継ぎを挟む。

 ついでに相手の顔色を盗みみたが、その色は俺にとって好ましい色ではなさそうだ。


――おかしい

 そう感じながらも、目の前のドリームに触れ、その感触を全世界に伝え広めるためにも、ここで説得をやめる訳にはいかない。


「ですので、こうお考えになっていただいてはどうでしょう。僕のサポートは行き先がおなじ者の善意であると。

 仮に道中に休憩をとっているとき、その場に住む者から水の一杯をもらったからといって、それで皇族の資格は失われたりするものでしょうか? そんな些細な事で失われたりするほど器量の狭いものではないはずです。

 それにこう言ってはなんですが、僕には戦う力なんて皆無です。むしろサポートなんていっておきながら試練のお荷物になるかもしれません。いいえなります。戦闘力のなさには現実世界からひっぱってきた自信がモリモリとありますから。

 むしろ、自らの試練のついでに、行く先に困った僕を助けてはもらえないでしょうか? 

 それならば皇族たる者の器量を示すにも一役買うにちがいありません!」

 若干、自分本位で苦しい説得かと思ったが……彼女は説得そのものに反応らしい反応を見せてくれなかった。


 頭の悪いドルチェには話が遠回り過ぎたのだろうか。

 ここで説得に失敗し、彼女との冒険が始まらなければ僕の試みは早くも失敗することになる。


 せっかくビルチェという高性能かつ比類なき美少女という激レア主人公を引き当てたのだから、存分にこの世界を堪能しなくては。できれば彼女込みで!


――こうなったら仕方ない最後の手段だ。

 僕はその場に膝をつくと、両手ととも額まで地面にこすりつけ、涙声で懇願した。


「お願いします。弱っちい僕を山の向こうまで一緒に連れていってください」


――クククッ。

 両手で大地をつかみ、額をこすりつけた姿勢のまま口元をゆがませる。これ以上ないくらい完成された土下座だ。これをみて罪悪感を抱かなければ人間じゃない。

 だが、それでも反応は返されなかった。


 わずかに頭を動かして見上げると、彼女は僕の方を見てすらいなかった。


 何故!?


 僕は確かに純粋無垢とは言いがたい性格をしているかもしれないが、それでも、彼女の助けになりたいという紳士しんしそうるに偽りはない。なのにどうして、彼女は話を聞こうともしないのか。 


 向こうが視線を向けてこないのを確認すると、僕は彼女の様子をじっくりと観察してみる。

 すると、ビルチェの小振りな唇がなにか繰り返し何かをつぶやいているのに気がついた。

 どうやら、説得に夢中になりすぎて聞き漏らしていたらしい。


「聞いてないよ、聞いてないよ、聞いてないよ、聞いてないよ……こんなカッコみせながら試練に挑まなきゃいけないなんて…………」

 ドルチェの瞳から涙がこぼれ落ちたのはその時だった。


   ◆  ◆  ◆


「どうしてあんな話になっちゃったんだろ?」

 創作世界から帰還したあたしは深いため息をつきながらヘッドマウントディスプレイを外す。

 自動で部屋の照明が点灯される下、すぐ近くに置いた眼鏡をかけてVWシステムの設定を確認する。


――VWヴァーチャル・ライティングシステム

 それは設定された情報を基にシステムが世界を創り、そこで創作者クリエイターが自らが登場人物として行動し、その体験を物語として綴る新世代の執筆環境だ。

 設定にランダム要素が加わるから、創作者的にも意外な展開が起こることが多く、純粋にゲームとしても楽しむことができる。

 ちょっとした設備と知識があれば女子中学生あたしにだって楽しく簡単に創作活動ができてしまう。


 さらにVWシステムで執筆された創作物はネット経由で全世界に七カ国語で公開できる。もちろんそれは作者の任意で選択できるけど、作品が読まれた回数だけ電子マネーとして創作者にキャッシュバックされるので、みんなすすんで公開している。


 ネット通販が発展した現在では、VW執筆の収入だけで生活しているプロもいるくらいだ。

 さらにそれくらいの話題作になると、出版社からのスカウトメールが届いて、ちゃんと印刷された本を出版することまで出来る。まさに夢のような話だと思う。

 

「そりゃ、可愛い姿で冒険したいって設定したけどさ……」

 今回は、ちょっとだけ冒険して、普段は絶対プレイしないような主人公設定にしてみた。

 エッチな鎧に抵抗はあったけど、表紙の出来映えが訪問者数に影響するから、我慢して着たのにどうして男の人と一緒に旅することになっちゃったんだろう。


 創作内の身体は自分のものじゃないけど、それでも人前でハダカみたいな格好をしなきゃいけないなんて恥ずかしすぎる。それにあの男の人、システム側で設定されたにしては、やけに口がまわるし、なんだか性格キャラも濃すぎる気がする。あんな人と一緒に行動してたら、恥ずかしすぎて冒険どころじゃない。


「もう、訳わかんないよ」

 いっそこの話は没として、なかったことにしようかな。そう思ったけど、ちょうどさっきの冒険がデータ化された。


 確認すると、狙い通り表紙は可愛らしくもちょっぴりエッチだ。さっきまで自分がこの子だったと思うと頬が熱くなるけど、これならきっと週間ランキングで他作より優位に立てる。

 その後、続きを読みたがる人がどのくらい出てくるかはあたし次第だけど、きっとこれまでの自己ベストは大幅に更新できると思う。


 でも、本当の身体じゃなくても、あんな痴漢紛いの行為をされた話を公開するのはさすがに抵抗がある。


 あたしはその本をどうするべきか悩みながら表紙を見つめる。


 せっかくがんばったのだから公開したい。

 おこづかいも欲しいし……。


 でも、理性なるものがそこは越えてはいけない一線だと告げている。


 そんな風に迷っていると、ふと表紙に気になる文字を見つけた。

 それはシステムエラーによる誤字かと思ったがちがう。


 あたしひとりで執筆したハズの物語に、なぜか『共著』として知らない男性のHNハンドルネームが入っていたのだ。


「……えっ?」


 まさかあの人って、VWシステムが用意した登場人物じゃなくて、実在する誰かがあたしの物語に紛れこんでいたの?


 そんな訳ない。


 そう想うけど、だとするとウザいくらいに回る舌の動きにも、挙動不審な行動にも納得できる。


「ということは……」

 リアル男子に、嫁入り前の身体を半分以上さらしてしまったあたしは、空焚きしたヤカンみたく脳味噌を沸騰させて火事寸前のところまでいってしまうのでした。


〈了〉

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