二通目 一枚目
目を覚ますと見慣れないコンクリートの天井がそこにあった。
「そうだ、俺は事務所で新しい曲を書いてて……」
段々記憶が舞い戻ってくる。
社長に個室を借りて来週のライブでサプライズだ発表するための新曲を書いていた。その証拠に机の上にはCメロまでで終わっている楽譜が並んでいる。
携帯を開くと朝の6時で、事務所にはまだ誰も出社していなかった。お腹が空いたが変装もせずに外に出るとひと騒動起こりかねない(現に一度あったのだが)ので来るであろう人に朝ごはんを買ってきてもらうように頼んだ。
そして携帯から楽譜へ目を落とす。
俺らしく無いような情熱的に言葉を投げつけるような歌詞やメロディーはどこかやけにも見えたが心うちには思い当たるものが無かった。
部屋の片隅に立てかけていたギターを取り出しここまでのメロディーラインを弾いてみた。自分で聞いて尚のことこんなバリエーションが自分に秘められている事に少し震えた。
一段落ついたのが分かったのか扉がノックされる。
「よぉ、こんな曲調をうちの事務所で聞くとは思ってなくて入る場所間違えたのかと思ったよ」
「そんな冗談は通じませんよ、俺を見出したのはあんたじゃないか」
そんな会話をしているのは髭を生やした30代過ぎの男だ。彼は俺が堤防でギターの練習をしていた時にスカウトしてきた人で、こんなに人気が出たから臨時でボーナスが出たみたいだ。それもあってか俺にオーダーメイドのギターをプレゼントしてくれた。カラーリングやフォルム、重さまで俺好みで今もよく使っている。
「それもそうだったな。それで新曲の調子はどうなんだい?」
「んーまぁぼちぼちですかね、寝起きは最悪でしたけど」
「おいおい俺は悪くねぇぞ?それに朝飯まで買ってきてやったってのに、これは自分の朝飯にでもするか」
「それは勘弁してください。いや割とマジで、封を開けようとしないでくださいよ」
「なーんてな、俺はちゃんと食べてるよ。ほら」
そう言って袋ごと楽譜の隣に置いた。この人の冗談にはいつも苦労している。
「そういや珍しくお前宛に手紙が届いてたぞ?今どき手紙だなんて古風だよなぁ、ホームページに専用のページがあるから普通はそこに送られてくるから六十代ぐらいのファンかな?」
「そうでも無さそうですよ」
「なんで分かるんだよ?」
如何にも不思議そうな顔をするもんでとても面白かった。
「だって字体がそんな風には見えなかったので、おそらく高校生といった所ですかね」
「って事はおめぇと同年代じゃねぇか」
「そうですね、高校生ってことを暫く忘れていました」
というのも仕事が突然忙しくなったため学校は全然行ってなくて在籍しているのか、中退になったのかすら分からない状況なのだ。然し、私は高校に入った途端学校に対して興味を失ってしまったため寧ろ丁度よかったのかもしれない。
「まぁ今日は夜にラジオの仕事があるからそこまではのんびりしとけ。昼は一緒に食いに行くか、なにか希望はあるか?」
「そうですね…久々にラーメンでも食べたいです」
「じゃあ予約しておくよ。また時間になったら呼びに来るな」
そう言ってプロデューサーはご機嫌な様子で部屋を出ていった。彼の様子はいつもと変わらずのハイテンションで俺の心までいつになく晴れやかになった。そのまま卓上に置かれた一通の手紙に手を伸ばす。
宛名は自分、差出人の所には住所と名前が書かれていた。
「
然し、思い出すことは遂に叶わなかった。だがどこかで聞いたことのある名前に俺は一種のもどかしさを禁じ得なかった。
「私はあなたと同じ16歳です。ですが、あなたと違って特筆した才能もなく何か打ち込めることがないただの学生です。あなたの同い年とは思えないほどの魅力に呑まれてその時からあなたに憧れてここ数ヶ月過ごしてきました。……」
そんな書き出しから始まった文面はRENに対する熱い思いが丁寧な字で二枚に渡って書かれており、よほど考えたのだろうと容易に想像がついた。
「……私はあなたに憧れ、そして近くで見ていたい。ライブも出来るのであれば生で見たかった。でも私には出来ないからこの言葉に想いを込めます。
Until now I have been looking for you.」
最後は英語のワンフレーズで締められていた。
確か「今まであなたをずっと探し続けてきた」というような訳になるはずだ。まるで映画の中で使われるようなロマンのある台詞に俺はある種の感動を感じていた。こんな言い回しをすることが出来る人がいるということにだ。
俺はこういったファンレターなどに目を通し、返信するといったことに極めて前向きだ。
(返信が来た人にとってすれば想像だにしてない事に踊り回っているという事実を本人は知りえない。あくまでファンレターに対して手紙を返すということを当たり前に捉えているためだ。)
そして俺は午前中に新曲を完成させた。
いとも容易く手が進んだのには一通の手紙が俺の感情を刺激したからに違いなかったことを後に俺は雑誌の取材で答えるのだがそれはまだ先の話。
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