振り出しに戻る

 風虫と磁蝉と、何故か頭に妖すまで乗せたユウは、のんびりと草原を歩く。

 先程のアクスの群れは、この辺りをテリトリーにする主のような存在だったらしく、暫くは襲って来る者はいなさそうだ。

[なんだろう、見た目的にはとてもいい絵なんだけどさ]

[未言巫女って美少女多いしな]

[だがしかし、彼女達は兵器である]

[【触れるな危険】常時、なんかしらの未言巫女がいるって、もう手がつけられないな【やっぱ最恐枠は確定か?】]

「うちの子達を兵器呼ばわりは止めてくださいます!?」

 ユウは抗議の声を上げるが、実際、未言巫女達の言霊の威光勢力は大抵の相手を圧倒するからな。

「別にいいけど。わたしが強いのは本当だし」

「ふふふー。そしてそんな粋がる磁蝉の力も奪っちゃえる妖すちゃんなのである」

「あんた、本当に止めてよね!? 自前の言霊でもう強力な癖に!」

 磁蝉は妖すが苦手っぽいな。けらけらと冗談半分の妖すに良い様に玩ばれている。

 この辺り、妖すを窘める事もある風虫との力関係が透けて見えるようだ。

「わふ……店主様、羨ましい」

 ユウを挟んで談笑する妖す姉妹を、巧が羨望の眼差しで見ていた。

「二条も未言を《ブレス》にしたらいいじゃない。ほら、そこの无言とか」

 ユウは、巧の体にぶつかっては形を崩している无言を指差した。

 无言は、何も話さないし見た目も鳥状の霧で表情もないし、未言巫女の中でも特に感情が読めないのだが……あれはもしかして遊んでいるのだろうか?

「无言を《ブレス》にですか? どうやって?」

「そりゃ、无言の作品を創作してでしょ」

 きょとんと目を丸くする巧に向かって、ユウは至って当たり前と言わんばかりに答えた。

[さらっとブレス生やせとかのたまったぞ、この未言屋店主]

[書けばそれでブレスになるとか思ってないよな]

[魔女の恋人は、システムに適応し過ぎたチートだとご理解しやがれください]

 まぁ、コメントに並ぶ罵倒も尤もだ。《ブレス》とは、最高傑作としての価値があるものに授けられるものなのに、こやつと来たら、『未言は他の誰も産み出さないので、類を見ない傑作である』と判断されて、全ての未言を《ブレス》にするからな。

「ん? でも、二条はわたしを抜かしたら一番未言に精通しているのだから、できるでしょ」

「ほわっ」

 そして事も無げに、矢鱈と重い期待を巧に示した。

『確かに、紡岐さんの未言愛についていける桜染さんは、やばい』

「わん娘ちゃん、未言の同人誌にもいつも作品載せてるしな。つむーがよくべた褒めしてくる」

 まぁ、実際、巧の普段を知っている生糸やセムが言う通り、このわん娘も大概未言に関しては先駆者と言える。

 ユウに唆されて未言を回収する魔法少女小説をシーン分担して二人で執筆していたり、ユウでさえ目を見張るような未言の解釈を交えた小説を書いたりしていると言えば、少しは伝わるだろうか。

 ユウが主催しているサークル「未言屋」に於いても、その同人誌『誠言 一言目』という創刊号で、『アラユメ楽譜帳』という作品を掲載し、ユウが絶賛して続編をせがんだ事もある。

 ちなみに、その作品の設定は先程述べた未言魔法少女小説『未言少女ゆらの*とはゑ』まで脈々と受け継がれているのだ。

 こうして改めて巧の所業を並べると、確かにこやつもユウと肩を並べる未言チートだな?

「それじゃ、やってみますかね?」

 何だかんだ、未言に対しては気後れも持たずに、さらっとやってみるとかのたまうしな。

 この店主にして、このわん娘ありか。

[なんか、やる気だぞ、このわん娘]

[いや、だから、《ブレス》って狙って取得するもんじゃないから。……じゃないよな?]

[安心しろ、オレ。その感覚が普通だ]

 巧は早速、自前のパソコンからwordファイルを呼び出して、打鍵を始める。

「折角ですから、二年前に途中まで書いて放置したのを再利用しますかねー」

「ん? 短歌じゃないの?」

「ぼく、元々短歌より小説の人ですよ?」

「把握」

 二人だけで完結したな。

「取りあえず、こんなで。今日中に仕上げるのはキツいっす……」

「ん? あ、来た。別に小説をこの場で仕上げろとか無茶ぶりはしない」

 ユウが電子データで送られて来た巧の原稿を歩きながら眺める。

 ちなみに、その周りで他のパーティメンバーや磁蝉が二人を守るようにエンカウントして来るフルールを倒してたりもする。

「んー……二条は无言なんだと思ってるんだ。むしろ、ゆらのじゃね、これ?」

「えー?」

「ま、取りあえず書き上げなさいな」

「はいですー」

〔〈バーサス・プレイ・タイプ:魔蜂使い〉が8レベルになりました〕

〔〈スキル:眷属強化〉を取得しました〕

[おい、だべってるだけでレベル上がったぞ]

[もう慣れろよ。これが魔王だよ]

 磁蝉含めて、未言巫女は《未言幻創》の効果で発生しているから、その経験値がユウにも入るからな。

 磁蝉は、口で言う割には真面目で頑張る性格らしく、他のパーティメンバーよりも張り切って戦っている。

 それで手が空いたセムが、此方のだらけている後続の方へ下がって来た。

「いやー、しかし、ようやっとふりだしかー。長かったな、そこそこ」

「ふりだし? え、ねーやん、この辺りがスタート地点だったの? プロトの方じゃなくて?」

 ユウがセムを見上げて問い掛けると、セムは虎と言ったら虎に失礼な着ぐるみを乗せた顔を、とても残念な表情にした。

「おまいさん、まさか気づいてないんか?」

「え、なにを?」

 ユウの隣で、巧も揃って、はて、と首を傾けている。

 まぁ、こやつらが気付いていないのは薄々分かっていた。

[やっぱり意図してたんじゃなくて気付いてなかったかー]

[【普段と本気とのギャップが酷い】あれよなー、未言屋店主って抜けてるとこはとことん抜けてるよなー【見てて面白いが】]

[え、なに、なんの話?]

[あ、察し]

「紡岐さんはピリピリしてるよりも、ポケポケしてる方がぜったいいいですよー」

 キャロはそう言って、ユウの背中に寄りかかって体重をかける。

「にゃう……そう?」

 ユウが腰を入れてキャロを負ぶさると、キャロはしたり顔でうんうんと頷いた。

「仕事してる時の紡岐さん、顔がこわかったですもん」

「あー、こいつ、愛想ないから新人に漏れなく怯えられたからな」

[そんな魔女の恋人は想像もできないな]

[そう? こないだのPKにマジ切れしてた時みたいなんじゃない?]

[あ、把握]

[魔王状態のユウちゃんがいる職場とか地獄かよ]

「あ、あれは、余りにも社員共がみんなを物扱いするからキレてただけで……」

 心当たりがばっちりとあるユウは、セムやキャロから視線を反らして、もごもごと言い訳をする。

[発言に使われた単語が、普段使わんような不穏なもので占められてたぞ、今]

[うん、この話題には触れないようにしようぜ]

 ユウは、キャロに戯れ付かれて、セムに弄られて、ついでに巧に遠巻きに見守れられながら、足を進めて行った。

「母様ー、見えてきたわよー」

『皆さん、森ですよー』

 出て来た敵に対処する事で、自然と先行していた磁蝉と生糸から、遠目にその森を発見したと報告が寄せられた。

 ユウは、瞳を空色に透き通らせて進路方向を拡大して分割視野に納める。

 そして、はたと足を止めた。

「店主様?」

 ユウの後ろを歩いていた巧も、連動して足を止めて、ユウの背中を伺っている。

うちじゃん!?」

 ユウの絶叫が、草原を駆け抜けた。

 声の大きさに牽かれて、先行していた生糸と悠も、此方を振り返った。

 ユウがセムに、ぐりんと首を向ける。

「ふりだしじゃん!?」

「だからそう言ってんべさ、さっきから」

「どういうこと!?」

[え、なに? うちってどういうこと?]

[うん。あの森、《魔女》の《迷いの森》なんだよね。遥ちゃんのホームがある]

[……でじま?]

[え、今までの冒険はいったい?]

[【よくわかる解説】プロトはここより南にあって、てくてくと、《異端魔箒》で毎回翔んでった距離を歩いて来た訳だ【参考図のリンクはこちら】]

[つまり今までの行程は全くの無意味]

 漸く状況を飲み込んだユウが、地面に崩れ落ちている。

 そんな憐れなユウをセムが真横から見下していた。

「いや、てっきりつむーはマップ踏破したいのかと思ってたんだが」

「店主様、イベントの報酬とか高難易度とかまできっちり集める方ですもんね」

 普段のゲームプレイスタイルから、勘違いされていたのか。つまり、毎度ながらユウが悪いのではないか。

「かしこさん。そのやっぱり元凶は君じゃないか的な視線はお止めください」

「やっぱり元凶は君じゃないか」

「うわーん!?」

 取りあえず、ユウが態々構って欲しそうな目で見て来たから、止めは刺して置こう。

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