セブンスプレイ 《魔女》を想う者達

磁蝉

 ユウ達は、久しぶりにパーティメンバーでログインして、北を目指していた。

 草原の中を進むと、多くのプレイヤーが初期ログイン場所としている『プロト』から相当離れて来た為か、強力なエネミーが行く手を阻むようになっていた。

 幅広の斧となった角を振る牛型のフルール『アクス』の群れを前に、ユウは先日手に入れたばかりの万年筆を一本、手に取った。透き通る翡翠の色合いが風そよぐ初夏の新緑にも似た、ユウが『翡槻ひつき』と名付けた一本だ。

 そのコンバータには、孔雀の彩血あやちが満たされている。

 アクスが、頭を振って斧角でユウを切り裂こうとするが、ユウはバックステップ一つで軽々とその攻撃を避けた。

 ユウは左手で、だぶついた袖を掴んで邪魔にならないようにして、右手の『翡槻』を宙に滑らせる。

 丁寧に過ぎて、ユウの動きが止まった所にアクスが突進して来る。

 だがそれは、生糸が『どりゃああ!』と書いた文字を担ぐように掴んで、突っ込みながら叩き付けた事で封じた。掴んでいる時は連なっていた文字列が、アクスにぶつかると同時に崩れて、連鎖的に押し寄せて牛の巨体を地面に伏せさせる。

 その合間に、ユウは空中へのレタリングを終えた。生糸のように、その文字は孔雀の羽のように煌めく翡翠の彩血を宙に留めている。

 画かれたのは、『風虫』の文字。それは、柔らかに渦巻き、揺れる風をイメージしたデザインで、風虫を表現していた。

〔〈アート・プレイ・タイプ:レタリング〉を1レベルで取得しました〕

「お願いね、風虫」

 ユウが声を掛けると同時に、風虫のデザインレタリングは崩れて、風虫の未言巫女と変わる。

 風虫が微笑みの唇に人差し指を当てれば、複数のアクスがキョロキョロと何もない辺りを見回した。

[て、おい!? 短歌詠まないで未言巫女召喚すんなよ、またチートかよ!?]

[しかもこれ、《風虫》のブレスも発動してるよね]

[【いつもの魔王強化か】なるほど、文字で書くことで未言をそこにあるものとしたのか【高まる万能性】]

 《風虫》に依って注意を散漫にされたアクスの群れは、セムのトラップと生糸の文字投擲の餌食となり、光の粒となって消失した。

「うわー!?」

 余裕を持って目の前の敵に対処していたユウ達の背後から、気の抜けるようなわん娘の悲鳴が届く。

「ちょっと、二条、危ないでしょ」

「店主様、お助けをー!」

 別のアクスの群れに囲まれた巧を、悠が刀を振るって庇うが、その一振りで対処出来るのは一個体だけだ。

 巧を取り囲む別のアクスは、虎視眈々と巧を襲うタイミングを計っている。

 ユウは巧達に向けて、左手を差し伸べる。その指先から【ストレージ】が開き、《魔蜂》が加速して飛び立った。

 弾丸となった《魔蜂》の衝突が、アクス達の体勢を崩し、揺さぶって、倒れさせる。

 直近の危機を潰したユウは、右手の万年筆をくるりと入れ換えた。雪の降るような灰白と金の模様が麗しい、ユウが『睡雪すいせつ』と呼んでいる一本だ。

 その中に納まった霧雨の彩血が、また新しい未言を画いた。

 『磁蝉』という文字が、一画ごとにはみ出して重なり、歪な響きを視覚から訴えて来る。

〔《ブレス:磁蝉》を取得しました〕

〔〈アート・プレイ・タイプ:未言〉が47レベルになりました〕

〔〈アート・プレイ・タイプ:レタリング〉が2レベルになりました〕

「お待たせね、磁蝉じぜみ

 ユウの声の響きに揺れて、《磁蝉》が低く不快な音で鳴き始める。

 蝉で言えば、油蝉のような途切れる事なく細く伸びた声で、寧ろ夏の騒々しさを司る元祖よりは音量自体は慎ましやかだ。何方どちらかと言うと晩春に夜を満たしながらも気付かれない螻蛄けらの方が似ているだろうか。

 そして音に歪んだ文字は、風虫に良く似た、しかし髪をサイドアップにした未言巫女へと変わる。

「待ってなんかないし」

 憮然とした声で《磁蝉》の未言巫女は頬を膨らませた。

 その不機嫌に任せて、不吉で気味悪い《磁蝉》の鳴き声がアクス達の脳を掻き乱す。

 アクスはその不快な音を擦り落とそうと、角を地面や他の個体にぶつけ始める。

[おい、ブレスを発動どころか生やしたぞ]

[じぜみー! 早速嫌味とかかわいいよ、じぜみー!]

[さすが未言屋店主]

[そして一部沸き立つコメントな。有名未言か?]

 《磁蝉》の未言巫女は、踞るアクスの群れの中をすたすたと歩き、巧の首根っこを引っ掴んだ。

「ほら、あんた、隠れてなさいって母様に言われてたんじゃないの?」

「ほわー、じぜみーだー」

「その呼び方やめい」

 てきとーな渾名で呼んで来る巧に、磁蝉は心底嫌そうに顔を顰める。

 腹癒せなのか、安全な位置まで巧を運んだ磁蝉は、手荒くわん娘を放り投げる。

 ユウは其方をちらりと見て微笑むと、手を掲げて《魔蜂》を集めた。

「さ、風虫と磁蝉の力でお掃除してねー」

 《魔蜂》が、風を纏う者と電磁力を纏う者とが入り雑じる。

 ユウが腕を振るえば、《魔蜂》達は一斉にアクスへと襲撃を掛け、風で切り刻み、電磁波で破裂させ、跡形も無く一掃して見せた。

[おい、月の蜜使わないで魔蜂強化したぞ]

[遥ちゃん、〈魔蜂使い〉になったからねー]

[万年筆の効果といい、〈魔蜂使い〉といい、魔女の恋人に渡しちゃいけないもんばっかり集まってくな]

[ラスボスだからな]

[魔王だからな]

[未言屋店主だからな]

「だから、未言を破滅神的な意味で使わないでくださいまし!」

 良くもまぁ、飽きもせずに毎度同じ遣り取りが出来るな。いや、形式美となりつつあるのか。

「紡岐さん、それよりこっち手伝ってくださいー!」

 一息吐く間も無く、今度はキャロがユウを呼んだ。

 一人で他よりも体の大きなイレギュラー個体の相手をしていたが、流石に手に余っているようだ。

 植物を伸長させて足を絡め取ったまではいいものの、それでも尚アクスが振るって来る斧角に手をこまねいている。

 余りに大きなイレギュラー個体の角は、最早斧と言うよりも戦斧に例えた方が近い。

「磁蝉、いける?」

 ユウが隣の未言巫女に訊ねると、磁蝉はやれやれと首を振ってサイドアップにした髪を揺らした。

「誰に言ってんのよ。仕方ないわね」

「うん。風虫もよろしくね」

「……ちょっと、あいつの手助けなんていらないわよ」

 磁蝉は不機嫌を顔一杯に出して、風虫のフォローを断った。

 確か、磁蝉も妖す姉妹に数えられ、その中でも風虫と近しい存在と定義されていた筈だが……仲は余り良くないらしい。

 風虫は黙って苦笑いを浮かべ、首を振って、傍観の意思表示をした。磁蝉の顔を立てようと言う心づもりらしい。

「さぁ、やってやろうじゃないの」

 磁蝉の未言巫女が右手を振ると、真っ直ぐに伸ばしたその終着で刃の抜かれた刀を出現させた。

 左手で柄を迎えて、両手で握り、走り出す。

[なんか未言巫女が武器出したんだけど]

[おやや? これもしかして、魔女の恋人のブレス、レベル上がってね?]

「うみ? 今、《未言幻創》は五レベルでしてよ」

[……は?]

[……はい?]

[え]

[マジで!?]

[あー、遥ちゃん、未言巫女ちゃん達事ある事に出してるもんねー、そりゃ《ブレス》でもレベルガン上がりするわ]

「おい、つむー、ズルいぞ。ねーやんの《ブレス》まだレベル一なのに」

「私の《胡蝶恋花》もまだ三レベルなのに! 紡岐さん、ひどい!」

「いや、ズルいとかひどいとか言われても」

 セムやキャロの文句からも判る通り、《ブレス》のレベルが上がると言うのは並大抵の事では無い。

 キャロの《胡蝶恋花》が三レベルと言うのも、全プレイヤー中でトップランクに入るレベルの高さなのだ。

 それを二つも越えたユウの《未言幻創》は、実は既にユウが《ブレス》として取得していない未言巫女も現出させる出力を持っている。

 況や、《ブレス》として昇華された未言巫女の能力をば。

 磁蝉の未言巫女は、大柄なアクスへ向かいながら、手にした刀の刃を電磁力で高速振動させた。なかごが柄の内部や鍔と擦れて、磁蝉が鳴き始める。

 磁蝉が走り抜けた勢いを乗せて刃を振り抜けば、アクスの鋼鉄も軽く弾く斧角が、するりと、アイスを専用のスプーンでなぞった時のように、切断された。

 地面に斧角が突き刺さる音に、本体が驚愕して喚き散らし唾を飛ばす。

「うるさい」

 磁蝉が不機嫌を刃に乗せて、アクスを断頭した。

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