《迷いの森》に少女

 折角、パーティのホームでもある《迷いの森》に来たのだからと、休憩を取るのが決まった。

 不貞腐れているユウは、魔女の箒に寝そべって搬送されている。どんな格好でも落ちないからって、自堕落が過ぎるぞ。

「んみ?」

 そんなユウだったが、森の中に入ると、何かに気付き顔を上げた。

「どしたー?」

 のろのろと、ユウに並んで隊列の後ろを歩いていたセムが、ユウの仕草に確認を取る。

「なんか……迷子がいるっぽい」

「おおぅ。おまいさんの森に入ってくるとか、どんな命知らずだよ」

「ちょっと! 《眞森》は迷わせながら自然と森の外へ出してくれる優しい森なんだからね!」

 セムの言う様な危険性は無いと抗議するユウだが、危険性は無くても安心が全く無い時点で弁解の余地が狭い。

「さよか」

「むっ。まぁいいわ。取りあえず保護してくる」

 セムが全く相手にしてくれないのに、ユウはむくれるが、楡の箒の柄の上で体勢を立て直した。

「いてら」

「うぃうぃ」

 セムと気楽に声を交わして、ユウはするりと深く影を提げる木々の梢を追い越して上昇した。

 上へ上がって、下に降りる。その放物線の軌跡を《異端魔箒》が調整して最短距離でユウを目的地へと運んだ。

 その間に、〈森相森理のローブ〉のフードを被り、顔を隠す。

 そして、ユウが見下ろした視界の先に、その少女は収まった。

 小さな、幼い少女だった。見た目は、七つか八つに見える。綿で出来た作りの簡単なワンピースは、この世界で良く見る物だ。

 ユウの高度が、《迷いの森》の伸びては倒れる木々の内側へ入った時、少女は此方を、その澄んだ亜麻色の瞳で見上げて来た。

「まじょさま?」

 少女の呟きが、森に零れた。

 ユウがフードの奥で小首を傾げた。

 唯の迷子では無さそうだ。

「いえ……未言屋店主さまですか?」

 ユウが、少女の手が届かない高さで魔女の箒を止めた。

「……あなたはプレイヤーなの?」

 ユウが初めて、少女に向けて言葉を投げ掛けた。

 少女はふるふると首を振って、肩に掛かった榛色の髪を散らす。

「ぷれ……? あ……んと、わたしは、ウェールズではないです。でも、未言屋店主さまのことは、ウェールズのカズキさまから聞きました」

 辿々しく、けれど理路整然と、少女はユウの疑問に的確に答えた。

 ユウは、初めて聞くプレイヤーの名前にふらふらと首を揺らす。

「……だれ?」

 ユウの溢した問い掛けに、少女は、はわはわと困り出した。

 カズキと言うプレイヤーを慕っているようだから、ユウの機嫌を損ねてその人物が不当な扱いをされないか、不安なようだ。

「まぁ、いいわ。どうして森から出てお家に帰らないの?」

「えと、えと」

 何度も森から追い出され、その度に森へ入って来た少女は、叱られたのかと言葉を詰まらせる。

 しかし、ユウは問い詰めるつもりは無く、単純な質問のつもりなのだ。口と態度が硬質に過ぎる。

「えと、あの、《バンシー》に会いに来たんです。伝えたいことがあって、来たんです」

 それでも、少女は泣き出しもせずに懸命に答えた。中々に肝が座っている。

「…………だれ?」

 それに対して、ユウは全く知らない何かの名前に戸惑いから素の低い声を上げて、少女に涙を浮かばせる。

「え。あの、《バンシー》、知らないのですか?」

「知らないけど」

 少女の戸惑いに、ユウは間髪入れずに冷たい声を放る。

 これで、別に脅したり不機嫌になったりしている訳ではなく、普通にやり取りしているつもりなのだから、この人見知りは大変に重症だ。

「あの、死者の出る前の晩に泣き叫ぶバンシー?」

 ユウの確認に、少女はこくこくと目一杯頷き倒した。

「……よし、話が出来る人のところに行こう」

 こやつ、早々に自分で事情を聞き出すのを諦めおった。

 少女を抱き上げて保持し、魔女の箒を浮かび上がらせる。

「わ、わ」

「舌噛むよ」

 ユウは戸惑うばかりの少女に、素っ気ない注意だけして、楡の柄の箒を滑らせた。

 するすると木々の間隙を抜けて、一直線で魔女の家へと帰って来た。

「まじょさまのおうちだ」

 目の前に現れた建物が何であるのか知っていた少女を、ユウがちらっと見る。

 しかし何も言葉を発せず、するりと地上へ降りて、少女の手を取る。

 《異端魔箒》を【ストレージ】に仕舞ったユウは、少女の手を引いて家の中へと入り、パーティの面々が寛ぐダイニングへと足を踏み入れる。

「おー、マジで少女誘拐してきやがった。コノロリコンメ」

「ねーやん、しゃらっぷ」

 ユウは、囃し立てるセムを一睨みして黙殺し、仲間達の顔を一人ずつ見比べる。

「うん。キャロさん、後は任せた」

 そしてキャロの手を握り、掴んでいた少女の手を受け渡すと、自分はそそくさとキッチンへ足を向けた。

[……ん?]

[なんぞ?]

[遥ちゃん…これ、キャロに押し付けたね?]

 ユウは、キャロと少女の背中に視線を浴びながらも、まるで気付いていない振りをして、お湯を沸かして出迎えのお茶を用意するのだった。

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