経済力
巧の目の前に、ローブがぐしゃぐしゃに丸まって饅頭みたいになった何かが鎮座していた。
言うまでも無いが、欲しい物が買えないと知って絶望したユウが、猫の姿になって〈森想森理のローブ〉の中に包まっているのだ。
「店主様、どうか元気を出してください」
「もういい、ふて寝する」
巧が声を掛けるも、毛布代わりのローブに潜り込んだユウからは生気の無い返事だけが投げやりに放り出される。
[つー、おまえー、金がないからっておれにたかるなよー?]
「……そのてがあったか」
セムのコメントを見て、ユウがもぞりと八分け模様の白黒顔を覗かせた。
「いや、フィルはプレイヤー同士で譲渡できねーよ」
「……うなぁん」
即座にれひとが勘違いを訂正して、ユウはまたローブの中に隠れてしまった。
巧、こやつのこんな馬鹿な行動に、そんな心配そうな顔をしなくていいんだぞ。
「てか、普通に稼げよ」
れひとから至って的確なツッコミが入った。
ユウがまた、もぞりと顔を覗かせる。
「……かせげるの?」
「稼げなかったら、誰もうちの店を利用できなかろうが」
本当にな。まぁ、ユウはフィルにしろ、シェルにしろ、稼ぐのに向いてない性格をしている。
そう言えばこやつ、町にも寄り付かないから、シェルすら使った事がなかったな。
「どうやって?」
「フィルは、創作リソースの余剰から発生する。手っ取り早いのは、その作品の価値よりも安い値段で売るってことだな」
「うる」
ユウが暗がりで真ん丸な瞳を巧に向けて見上げた。
「売る?」
「売るそうですよ、店主様」
「なにを?」
「え、作品、を?」
ユウと巧が視線を合わせたまま言葉を途切れさせた。
[未言屋店主の作品?]
[つまり短歌と未言]
[え、なにを売るん?]
[【儚い夢だった】根っから商売に向いてないな、魔女の恋人【そもそも本人が商売する気ないって言ってた】]
ユウがゆっくりと後退して、またローブの中へと
「て、店主様! 出てきてくださいっ!」
「もういい。わたしなんかどうせ生活費も稼げないんだ。野垂れ死ねばいいんだ。わかってたもん」
ユウはうじうじと、ローブの中で蠢いている。
[あ、いつものダメな思考に入った]
[この手の話になると途端にネガティブになるな]
本当にこやつは。こうなるともう、何もやる気を失くすのだから、始末に悪い。
[遥ちゃん、料理を売れば?]
「……料理?」
ユウが、
[ほら、みんなに猪食べさせたり、ホットケーキ食べさせたりしてたじゃない。あんな風に料理を作って売ったら?]
ユウがまじまじとコメントに寄せられた天使の言葉を読み、それから巧を見上げた。
「料理」
「よいと思います」
何故か単語だけを巧に投げ掛けたら、巧はきちんとそれを受け取って頷いてくれた。
[あー、《魔蜂》の蜂蜜かかった菓子って、確かにうまそう]
[え、遥ちゃんの手料理が買えるの!? 食べたい食べたい!!!]
[ふつーに飯テロしてくるからな、この動画]
[期待]
コメント欄も続々と、ユウの料理への要望で埋まって行く。
その一つ一つを、ユウは見逃さないと言うように、じっと見詰めていた。
ローブが盛り上がりと凹みを繰り返す。ユウが尾をばたぱたと振っているのだろう。
「み、みんなが食べたいって言うなら……」
[食べたい!]
[はよ]
[くーわーせーろー]
[あ、これ、フィル獲得のために安売りの流れ?]
[慈善事業的に無料配付すると、フィル多く取得できたりするぞ。まぁ、シェルで金取るのに比べてバカらしいほど不安定収入になるが]
[フィルって入って来る量がいまいちわかんねーよなー]
[それはそれとして、魔女の恋人の料理は普通に食いたい]
[たまに料理人かって思うもん作るしな]
[未言カフェ、未言カフェ]
〈森想森理のローブ〉が人の形に持ち上がり、もじもじと指を合わせるユウがその中で【魔女】の姿になっていた。
「そ、そこまで言うなら」
まぁ、何にしても、新しい事をやる気になったのは良い事だろう。
はてさて、この人見知りが料理を売るとか……周りに迷惑を掛ける気しかせんな。どうなる事やら。
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