創貨

 私は、れひとの前へ出て、頭を下げた。

「管理AI13号のかしこだ。……認めたくないが、これが主人で、代わりに謝罪したく思う」

「かたっくるしいね。人生疲れない? あ、AI生か?」

 れひとは、やっぱり軽い調子で手を振って、そんなのは不要だと示して来た。

 正直、とても疲れる事が大半だが、本人がこんななのだから、せめて私がきちんとしなくてはいけないだろう。

「かしこさんが、とても疲れてる溜め息をされた!?」

 うん、なんか上からユウの構って欲しそうな声が降って来たが、これは無視していいかな。

[保護者も大変よね]

[しかも相手が魔女の恋人だからな]

[行動力と実力のある自由人って困るよね]

[遥ちゃん、あまり猫ちゃんに迷惑かけたら駄目よ]

「うなーん!?」

 何をそんな身に覚えがないと言いたげな声をあげているのだか。

「さて。楽しそうなのはいいが、こっちの説明をそろそろさせてもらっていいかい?」

「あ、はい」

 このやり取り、最近見たな。ああ、《聖域》を守護する《森の神》とのやり取りの時か。

「うちの役目は、店だ。あんたらの持ってるフィルで買い物をさせてあげる。取り扱ってるのは、一人一人違う、あんたら本人にだけ必要なものばかりさ」

 言いながら、れひとが腕を振ると、水晶の形を模した光が二つ浮かんだ。

 それは各々、ユウと巧の目の前迄浮かんで来る。

「……フィルってなんだっけ?」

「なんでしたっけ?」

 おい、そこの天然惚けコンビ。何度か説明しただろうが。

「うっ……かしこから何回も説明しだろ的な痛い視線を感じる」

「何度も説明しただろうが」

「口に出して言われた!?」

 口に出して言いたくもなるわ、全く。

[フィルは確か、創作の価値リソースを貨幣として扱ってるものだよね]

[【創貨】形のない貨幣どうやって使うんだと思ったら、専用のショップがあったのか【仮想通貨的な何か】]

[あと、フィルは一時的な各種ステータスアップとか、HPとかの回復とか、スキルやブレスの効果を上げるリソースとしても使えるよー]

 結局、ユウに甘い視聴者達が解説を入れてしまった。しかもその内の二人はクリエイティブ・プレイ・オンラインをプレイしていないのである。

「あー……」

 ユウのこの鳴き声は、全く覚えてなかった時のやつだな。

「まぁ、あれだ。四の五の説明は今更いいから、目の前のそれをタップしろ、お前ら」

 そしてれひとが進まない話に焦れて顎をしゃくった。

 ユウも巧も素直にれひとの指示に従う。

 二人の指が各々の目の前に浮かんだ光の水晶玉を叩くと、システムメニューのように購入可能なレアアイテムの一覧が羅列された。さらにそのアイテムをタップすると、アイテムの映像や説明が出て来る仕組みだ。

「あああぁぁああぁぁぁぁああああ!!!!」

 いきなりユウが叫んだ。そして昂る感情のままに巧を掴み、揺さぶる。

「二条、見て見て見て、これほしい、これほしい、この万年筆ほしいいいいいい!!!」

「ひ、ぐぁ、て、店主、さまっ、おちつ、いて、くだっ」

 ユウが騒ぎ出した元凶は、万年筆にして細身で、桜の花びらが散るような柄をしたものと、同じシルエットで雪が降るような柄をしたものだ。

[ゆ、遥ちゃんがこんな物欲を露にしたことが未だかつて……あ、蜂蜜の時があったわ]

[いきなりテンションたっけーな、おい]

[魔女の恋人って、欲しいもの前にすると感情振りきれるよな]

 何と無く、視聴者の視線が生温いような気がする。

 ところで、私は共有しているユウの記憶にある、現実で実際に持っている愛用の万年筆と、れひとが提示した其れとが、そっくりだった。

「こ、これはいくらですか!?」

 興奮を抑えずに、ユウはれひとに値段を訊ねる。

「そこに書いてあるだろ。一本が千フィルだよ」

「千フィル!」

 ユウは、自分のシステムメニューを操作して所持金を確認する。

 それでやっと解放された巧が目を回していて、何とも憐れだ。何だかんだで、ユウのSTRは常人の五倍だからな、手加減忘れて振り回されたらそうもなろう。

「……千フィル」

 そして所持するフィルの項目を確認したユウが、物悲しげに手に入れたい万年筆の値段を繰り返した。

「……千フィル?」

 今度はれひとに、ねだるような声で値段を確かめた。

「言っとくが、負けられないぞ。この店は、あんたが出したフィルを元にアイテムを生成するからね。フィルが足りなければリソースが賄えないよ」

「せんっ、フィル……!」

 れひとのにべも無い返事に依って、絶望に押し潰されたユウが地面に両手と両膝を付いた。

[金がないんだな]

[なんてわかりやすい]

[ユウちゃん、確かに金は無さそう]

「店主様、今いくら持ってらっしゃるのですか?」

 巧の問い掛けに、ユウはびくりと体を強張らせた。

 そして、五本の指を広げた左の掌に右手の人差し指と中指を立て重ねて見せる。

「七百?」

 巧が首を傾げるが、ユウは弱々しく首を振った。

「……なな」

 とても数字には聞こえない発音で、ユウは余りにも足りない金額を伝えたのだった。

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