鼠の女人

[遥ちゃんは次なにになるのー?]

「みー?」

 ユウはコメントに鳴き声で返事をしながら、自分が取得出来る〈バーサス・プレイ・タイプ〉を見繕う。

「〈魔女〉派生のクラスもたくさんあるのねー」

「そうなのですか?」

 巧が腕の中のユウを見下ろしたので、ユウはわん娘にも見えるようにシステムメニューを開いた窓を少し拡大する。

「〈大魔女〉、〈白魔女〉、〈黒魔女〉、〈美魔女〉、〈魔法少女〉、〈メイガス〉、〈ドールマスター〉、〈ハーブマスター〉、〈ソウルマザー〉、まだまだありますね」

「ね」

 ユウはシステムメニューに出した一覧をどんどんスクロールして送って行く。

 やがて〈魔女〉派生の〈バーサス・プレイ・タイプ〉から、〈魔法使い〉系統の〈バーサス・プレイ・タイプ〉へと至る。

「あら。〈魔法使い〉に〈魔砲使い〉、〈魔宝使い〉……なにこれ、おもしろい」

[ああ、〈魔法使い〉の同音シリーズな]

[あれも種類多いよなー]

[なんでわかれてるん?]

[それぞれ特化してるのが多い。魔砲使いは、魔力を砲撃するリリカルな魔法少女系、魔宝使いはレアアイテムの性能を引き出すカードをキャプターする魔法少女系とかな]

[把握]

 ユウが一つの〈バーサス・プレイ・タイプ〉を見付けて、尻尾の先でウィンドウを押さえてスクロールを止めた。

「にじょ、にじょ、これ見てみ?」

「うにゃ? 〈魔蜂使い〉?」

 〈魔蜂使い〉。その名の通り、蜂系統の使い魔を使役する事に特化した〈魔法使い〉系統で〈魔女〉派生の〈バーサス・プレイ・タイプ〉だ。

 そして言わずもがな、《魔蜂》から《マギアウルス》を受け取ったユウとは、とても相性が良い。

「よくね?」

「よきです」

「うみ」

 次に取得する〈バーサス・プレイ・タイプ〉を決めたユウは、巧の目の前まで尻尾を持ち上げて、右に振った。

「じゃ、そこの角右ね」

「わん」

 わん、じゃない、わん、じゃ。何故このわん娘は無条件に魔女の言いなりになるのか。

「はい、そこ左」

「わん」

「そこの入り口入り」

「わん」

「で、到着ね」

「わん……わふ?」

 ユウに誘導されるままに歩いていた巧は、自分が足を踏み入れた部屋を見回して、目を瞬かせる。

「ようやっと来おったか」

 そして、わん娘は何処からとも無く部屋に響く声に、びくりと動きを止めた。

 キョロキョロと視線を彷徨わせるが、巧の視界には声の主は映らない。

「二条、下よ、下」

 何故ならば、その相手はとても小さく、例えるならノネズミ位の大きさであったからだ。

「全く、誰も彼も同じ反応をしおって。あんたらには個性というものがないんか?」

 口さがない言葉を発する彼女は、人の形をしてながらも、赤土色のショートヘアの上に丸い耳を乗せ、背後から伸びた細い尾が見える。言われないと分からないかもしれないが、鼠の獣人なのだ。

「……かしこ、この人、同僚?」

「よく分かったな」

 巧の腕から顔を乗り出したユウは、真面目な眼差しで小さな彼女を見詰めていた。その目と直感は、彼女から漏れ出している『力』を判別したらしい。

 ユウの神妙な態度に、鼠の彼女は口の端を持ち上げた。

「はん。まぁ、流石はあちこち掻き回してくれてる《魔女》の恋人様ってところかい? 未言屋だっけ、いい感性してるじゃないか」

 鼠の彼女はユウを絶賛しつつ、鋭く目を細めた。

 鼠と猫、本来であれば被食者と捕食者は逆転しないが、この二人の間に交わされる見分と緊張の競り合いは、対等の立場にある者の間で迸るものだ。

「二条、降ろしなさい」

「はい」

 巧が組んだ腕を緩めると、ユウはするりと降り立ち、その狭間で【魔女】の姿へと成り変わった。

 それを待っていたかのように、鼠の彼女は、後ろへ宙返りしながら跳び、普通のプレイヤーからしたら丁度目線の高さになる台座へと上がる。

 身長の低いユウは、首を僅かに持ち上げて、鼠の彼女を見上げる形となった。

「うちは、管理AI第一号のれひと、だ。ま、面倒見てやるよ」

「レヒト?……ううん、違うな。れひと、そう、大和言葉の発音ね」

「ふふ、耳もいいのか。よくできましたってな」

 れひとは、ユウがきちんと紛らわしい発音を認識したのに、気を良くしていた。

 そしてその脇で、巧がぽかんと二人のやり取りを眺めるだけになっている。

「で、あんたらの名前は?」

 ユウが此方の顔を見てくる。名前を聞かれただけで一々不安そうな顔をするんじゃない。

 ユウが名乗らないので、巧が先に名乗るべきかどうか悩んでいるのが見て取れる。

「つむぎゅ」

「しっかりと名乗らんか、己は!」

「みぎゃ!?」

 事もあろうに端折ったニックネームで済ませようとするから、その頭に前足から全体重を乗せて蹴飛ばしたわ。

「あー、なるほど。コミュ障」

「全く以てその通りではあるんだが、これが仮にも私の主になるから、そういう惨めになる事をはっきりと言わないでいただきたい……」

「ははっ。まぁ、あんたらのことはそこの猫から回ってくる情報で聞いてるから、いいよ、別に。礼儀で訊いただけさ」

 れひとは、けらけらと笑ってユウの無礼を不問に付した。

 おい、馬鹿者、こっそりとガッツポーズなんて取るんじゃない。またどつくぞ。

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