経済弱者
さて、万年筆欲しさに金稼ぎを心に決めたユウだったが、その一時後にはまたローブ饅頭となって、さめざめと泣いていた。
しかもバベルの塔の一階層に鎮座しているものだから、人様の邪魔になって仕方無い。
「なんでお金稼ぐのに、お金が必要になるのよ……ないから稼ぐって言ってんでしょうが……資本主義なんて嫌いだ……」
ユウは世界で最も広まっている社会機構の一つを、グチグチと文句で呪う。
ユウとて、考えたのだ。自分が作った料理を、どう売ればいいのかを。
何処か定位置に店を購入するなり借りるなりして構えるか。
もしくはキッチンカーのように、移動式の屋台を開くか。
[憐れ、未言屋店主]
[マッチ売りの少女みたいに配ればいいんじゃね?]
[遥ちゃんが、道の真ん中に立って人に声かけられると思う?]
[無理だな。つむー、客引きはバイト時代から泣くほど苦手だったかんな]
[しゅーりょー]
それだと、店を開いても接客が出来ないんじゃないか。
ユウが、セムやキャロと一緒に働いていた店は接客業だった筈だが、このローブ饅頭を見ると、どうすればそんな仕事がやれていたのか、予想も出来ない。
「はっ!? 《妖す》使えば、フィルが手に入るんじゃない!?」
そして唐突に裏技を思い付いたユウは、がばりとローブを跳ね上げて、子猫の姿を見せた。
「おー」
巧、そんなズルに感心するんじゃない。
[ズルくね(笑)]
[てか、そんなことに妖す使うんかよ]
「使いますよ! 万年筆とっても素敵なのですよ!」
ユウは叫びながら、むくりと立ち上がり、人の体に黒い猫耳と黒い尾を生やした〈化け猫〉の姿へと変わった。
「ふっふっふー。《妖す》はTP消費だからいつでも使えるもんねー。てやっ」
気の抜ける掛け声で、ユウは目の前に手を翳した。そんな仕草をする必要はないが、雰囲気作りは《ブレス》の発動に大切だ。
「よぉし、TPを1000も使ったぞ。さー、いくら入ったかなー……ぁ?」
ユウはウキウキとシステムメニューを確認して、凍り付いた。
[おい、さらっとTPが1000超えてるとか発言したぞ]
[さすがラスボス、ステータスがチート]
[金はないけどな]
[ところで、そのラスボスの動きが止まったんだが?]
「店主様?」
巧が微動だにしないユウを不審がって、声を掛けるが、ユウはシステムメニューを操作したままの体勢でいた。
まぁ、目論見通りフィルが大量に手に入れば、また巧に向かって大騒ぎを始めるだろうから、結果は察せられるが。
[これは、駄目だったのかな]
[【気付いてるか?】もう、お察しだな【妖すの未言巫女出てない】]
解析君とコメント挟みの常連が書き込みをしたタイミングで、ユウは膝から地面に崩れ落ちた。
そして顔を両手で覆って、全身から淀んだ影を落とす……って、ルル、お前もそんな演出はしなくていい。
「店主様、いくら手に入りましたか?」
巧が恐る恐る尋ねると、ユウは震える手で人差し指だけを立てて見せた。
「百?」
巧が首を傾げて、金額を確認すると、ユウは縋るように巧を見上げた。
「じゅうぅぅぅ」
最早、それは泣き声でしかなった。
まぁ、あの《妖す》がこんな弄り甲斐のあるタイミングで、ユウの思った通りの結果を出す訳がなかったのだ。
「やっぱり、わたしがお金を稼ぐなんて無理なんだ……誰もわたしに価値なんてないんだ……」
TPを費やしたのに、雀の涙程も資金が手に入らなかった為に、ユウが酷く落ち込んでいる。
[おおぅ、ネガティブ]
[遥ちゃんって、躁鬱の気があるのかな?]
[どちらかと言うと、トラウマになってるんでしょうね]
巧もローブの中に隠れたユウを撫でて慰めるばかりだし、どうにも話が進まないな。
「マジで道のど真ん中に邪魔なもんが踞ってるな、おい」
「わー! 未言屋店主さんだー! やっばい、かわいい」
「うん、気持ちはわかるけど、今取り囲んだら逆効果だから少しガマンしよう?」
彼等がやって来たのは、そんな時だった。総勢六人から成るパーティを統括するリーダーはまだ記憶に新しい。
巧がこっそりと私に顔を寄せて耳打ちして来る。
「あの方たちのお名前、なんでしたっけ?」
「……言っておくが、君達の誰一人として、前回彼等の名前を訊いていないからな」
全く、うっかり忘れてしまったみたいな雰囲気を出しているが、それ以前の問題だ。
やって来たのは、《聖域》を攻略しようとしていた、バイク乗りをリーダーとするパーティだった。
彼の気配を感じたのか、ユウがもぞりと顔を出して、じっと彼の顔を見詰めた。
「よう。俺らもゴーレム倒してこっちに来たぜ」
リーダーの彼は、猫のユウを見下ろして、にこやかに言った。
ユウが猫の姿でいる事に、何も動じていないようだ。
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