新たなる《聖域》の主

 どうにか、状況を掻き乱してくれた乱入者は全て、一度ひとたびはこの『コミュト』から立ち去らせた。

 そう、まだ対処が終わったのは、予定外の乱入者だけだ。

 ユウは、ルルを影に戻し、森から呼び出したガンドを還らせてから、怖々とリーダーに視線を向ける。

 相手は、虐殺と言うのも烏滸がましい害虫を追い払うような処理を目の当たりにして、まだ思考が働いていないようだった。

「あのぉ、出来れば、これで終わりにしてくれませんかぁ?」

 ユウが腰を低くして、相手にお伺いを立てた。

 リーダーは、その視線をセムに投げ掛けた。

「おい、お前のとこのバケモノが変なこと言ってくるんだが」

「これがつむーの平常運転だ」

「だ、だれがバケモノですかっ!?」

 《聖域》を自分のものとして取り込んでおいて、何を言ってるんだ、この魔女は。

 こやつ、プレイヤーが《聖域》の結界を突破するのを、ほぼ不可能にした自覚がないな?

[この期に及んで、この言い草である]

[これぞ、ユウちゃんクオリティ]

[で、解析班、結論は?]

[なんだ、魔女の恋人の無尽蔵なMPと豊富な未言ブレスをパンピーがどうにかできるとか思ってんのか?]

[いや、少しも]

[いや、かけらも]

[いや、これっぽっちも]

[それが結論だ]

 ユウがコメント欄を見ないように顔を背けているが、残念ながら視界固定されたウィンドウは視界からフレームアウトする事はない。

「ま、とりあえず、攻略とかもう無理だよね」

 盾と槍を持つ彼が、あっさりと爽やかにユウが目を背けた事実を述べた。

「だよねー」

「結界壊しても、どうせ魔女の恋人の魔力で即時回復でしょ? むり」

「そもそも、目の前にいらっしゃる方々の妨害を突破できる自信がないです、リーダー」

「賢い選択をしてほしいな、リーダー」

「んなこと、わぁってるわい。誰がまだやるっつったよ」

 あの乱戦を辛うじて生き残ったメンバーに囃し立てられて、リーダーも自棄っぱちに事実上の敗北宣言をした。

「え、ほんと? もうみんなのこといじめない?」

「元から虐めてはねぇし、もう手出しもしねぇよ。割りに合うか、お前みたいなバケモノ相手にしてよ」

「紡岐さんはバケモノじゃないですよ!?」

 懸命に絶叫するユウを、妖すと月の蜜が目を合わせて、同時に肩を竦めた。

「バ母様、さっき、わたし人間じゃないから宣言したよね?」

「あと、普通の人は一山丸ごと自分の支配下に置かないんだよ?」

「うなーん!?」

 大切な娘達からもしっかりとツッコミを入れられて、ユウには反論の余地等残されはしなかった。

「あーもー、ほんっと気が抜けるな、お前ら」

 リーダーが呆れたように苦笑して、その場に座り込んだ。いい加減、彼も気を張るのが限界だったようだ。

「残念だね、リーダー。マインの強化パーツいっぱい手に入るって意気こんでたのにさー」

 向こうの少年が、けらけらとリーダーを揶揄して笑う。

「うっせ。ちくしょ、またコイツらに邪魔されてもめんどくせぇから、次からはフルールだけ狙うぞ。いいな」

「え、一回くらい遥ちゃんにぼろ負けするリーダー見たいんだけど?」

「するか!?」

「えー、ざんねーん」

 年端も行かない女子にも、実の兄のように揶揄われていて、リーダーも可哀想だ。人望や親しみの裏返しなのだろうと、そう信じたい。

 そんなやり取りが飛び交う中で、盾と槍を持つ彼が、ユウに顔を向けた。

「おめでとう。よかったね」

 それだけをごく自然に言って、彼はリーダーで遊ぶメンバーを窘める為に輪の中に入って行く。

 声を掛けられたユウは、返事も出来ずに、フードを被って火照る顔を隠すのがやっとだった。

「店主様、お怪我はありませんかっ」

「つむむ、おつー」

『大勝利ですね、紡岐さん』

 ユウの方もまた、パーティメンバーに取り囲まれた。

「あとは蜂さんのご入居ですか?」

「……そう言えば、それが当初の目的でしたね」

 キャロが形の良い顎に指を当ててやり残しを思い返すと、すっかり当初の目的を忘れていた悠が視線を彷徨わせた。

『そうです、蜂蜜! 紡岐さんのお洒落スイーツ!』

「つむむ、早く食わせろー」

「紡岐ティーチャーのおいしいやつ! おいしいやつ!」

「ぼくも食べたいです……じゅるり」

「ええい、落ち着け。二条、お座り!」

「にゃん」

 騒ぎ立てるメンバーをユウが一喝した。

 巧よ、返事だけじゃなく本当にお座りしているのは条件反射か、お前……。

 ユウは、ちらりと羆に視線をやり、羆も、こくりと頷いて返す。

「じゃ、ちょっと行ってくるね」

 ユウが楡の柄の箒に腰掛け、宙に浮かんだ。

 その側に、羆が寄り添う。

 ユウの【ストレージ】から《魔蜂》が二、三匹飛び出して、先導の役目に着いた。

 ユウが魔女の箒を滑らせて、羆がのしのしと足を前に出す。

 《魔蜂》の後を追って、山の奥へ奥へと登り、《聖域》のより深くへと進んで行く。

 結界の内側に入って直ぐ、待ち構えていたグランドトータスが、頭を下げるようにユウに頭を寄せた。

「怪我、もうないね。よかったよかった」

 ユウは声を掛けながら、その毛が生えてなくて体温のじかに伝わる額を撫でる。

 グランドトータスはユウが動くに従って首を伸ばし、それだけで足りなくなると足を踏み出してユウに付き従った。微かな震動が、音となってユウにも届く。

 そんな大きな体を持った優しい闘士に、ユウはくすりと微笑みを溢した。

 その足音を聞いたのか、《聖域》の生き物達が次々と集まって来て、ユウに頭を垂れてから行進に加わって行く。

 ルビーの角で陽光を跳ね返すカーバンクル。

 虹の軌跡を空中に描く鸞和。

 木々を揺らして跳ぶハヌマーン達に枯れ葉を落とされて、葉踏み鹿が逃げ回る。

 その枯れ葉に混じったマリポサは、ハヌマーンに不満と鱗粉を掛けてから、グランドトータスの背で羽を休める。

 川辺を辿れば、その流れを飛び出してフリルのような鰭を靡かせる魚達が着いて来ようとするから、ユウは《聖域》たる《眞森》を操って水の道を授けた。

[俺、最近こんなアニメDVDで見たわ]

[ああ、獅子な王だろ。あれは傑作だよな]

[自然の中では貫禄というか、お姫様っぽさあるな]

[しかし、町に放り込むとただのひっきーである]

[そのギャップこそ、我らが魔女の恋人の愛らしさ]

[同意。見守ろう]

 《魔蜂》を先頭にし、ユウを戴く行進は、一つの巨木の前で止まる。

 常緑樹たるその永樹ながいつきは、大きなうろを胴に開けながらも、がっしりと地面を掴んで立っている。緑の葉は陽光を遮って影と光を散らし、葉息はいきは肺活量を示すように潤いを吐き出している。

 ユウが左の掌を差し伸べると、《魔蜂》の先代女王が【ストレージ】から歩み出て来た。

「この樹がいいのね?」

 《魔蜂》の女王は、但、目の前の大木を見るだけだった。

 それでも、ユウには意志が伝わる。

 ユウは、《聖域》の住民の輪から抜けて、魔女の箒でゆったりと浮かび、永樹の幹に左手を添える。

 《魔蜂》の女王は淑やかに、ユウの掌から、永樹の幹に空いた虚の縁に腰掛けた。

 ユウがこくりと頷き、【ストレージ】に仕舞っていた巣房を、虚の中へと移す。

 黄金が陽光を外へと返して虚の口が僅かに光を漏らし、甘い香りが辺りに立ち込めて嗅ぐ者の情欲を掻き立てる。

 そしてその魅力に惑わされた不届き者はけして許さぬとばかりに、《魔蜂》達が羽音を立てて、巣を守るために、入り口に立ち、永樹を取り囲んで飛び、四方へ哨戒の為に翔び立つ。

 此処に、《魔蜂》は無事に分封を果たしたのだ。

「……え? あっちの《眞森》にいる娘のとこにも行け? 蜂蜜はそっちから?」

 ユウは、女王蜂の指示に首を傾げつつ、永樹から楡の柄の箒を離して高度を上げた。

 空へ上がり切る前に、一度浮遊停止して、眼下を埋め尽くす生き物達に眼差しを送る。

「仲良くしてね?」

「元よりそのように生きているよ、我等が主よ」

 全ての命を代表して、《山の神》がユウを見上げて言葉を奏上し、恭しく頭を下げた。

 ユウはくすぐったそうに身を揺すり、ローブのフードで顔を隠した。

「じゃ、向こうに行ってくるね」

 ユウが自分の眷属となった《聖域》の生物達に手を振って魔女の箒を空へ上げると、それを見送る者達は一斉に雄叫びを上げ、地面や木の枝を叩き、翼を羽ばたかせ、新たな主君を讃える為に畏敬の念を鳴らして示した。

 その音楽に背中を押され、ユウは空を翔る。

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