愛でられる《迷いの森》の魔女の恋人

 《迷いの森》たる《眞森》に還って来たユウは、魔女の箒の容赦無い速度に目を回しながらも地面に足を着けた。

「ニクェ、今回は、いつも、より、速くなかっ、た……?」

 ユウが三半規管を掻き混ぜられて、ふらふらと足を縺れさせて地面に転がった。

 ばたんきゅ~、みたいな効果音がその上に表れていそうだ。

 その気絶し掛けたユウの頬に、一匹の《魔蜂》が着地する。まだ若い、此方の《眞森》に残った方の女王に付き従う《魔蜂》だ。

「あぅぅ、ひさしぶり? な感じがしないねぇ」

 頬を微かに叩かれて、ユウはふらつきながら立ち上がった。

 その間に、他の《魔蜂》達もユウに寄ってたかってせっつき始めた。

「わ、わかった、わかったから。刺さないってわかっててもこわいから、やめてっ」

[うーん、この向こうとの扱いの差]

[これが俺らが安心できる遥ちゃんだろ?]

[だめっ娘なのか、聖女なのか、どっちが本当の遥ちゃんなんだ……]

[ふっ、悩めるオレよ。答えをやろう。両方! とも! ほんものだ!]

[【《聖域》の主】魔女の恋人はギャップを楽しむコンテンツである【自堕落な《魔女》】]

 言いたい放題されているな。

 ユウはふかふかの腐葉土を踏み締めて、巨大な老い立ちの木の下に辿り着いた。

 ぽっかりと空いた此方のうろは、内部の殆どが朽ちて樹皮くらいしか残っていない。

 その中でユウが《聖域》まで連れていったよりも遥かに多数の《魔蜂》が蠢いているのだ。

 ユウが軽やかに腐葉土を蹴って、老い立ちの幹に跳び、またその幹を軽く蹴って、太い枝に手を掛け、枝をじ登って、《魔蜂》の巣である洞の側で幹の凹凸に足を掛け指で保持して姿勢を保つ。

 入り口を覆っていた働き蜂達が左右に別れて道を作ると、その空間を大きな黄金の毛並みが眩い《魔蜂》が樹皮を伝い歩いて現れた。

「あなたのお母さんはちゃんと引っ越しできたよ」

 ユウが柔らかな声音で、若い女王に語り掛ける。

 すると、老い立ちの洞の奥から、液化した黄金のような蜂蜜が、ユウも包みそうな塊で浮かび上がって来た。

 ユウが右手の人差し指をその蜂蜜に浸して、掬い、口に運ぶ。

「あまい……おいひぃ」

指を咥えたまま喋るんじゃない、行儀が悪い。

「うむぅ? 入れ物? ふぇ、ほのはま【ストレージ】にいれひゃだめはの?」

「指を咥えたまま喋るんじゃない、行儀が悪い!」

「ふやっ!?」

 全く。頭をどつかないと分からないのか、この野生児は。

「うう、かしこがいじめる……」

[遥ちゃん、これは苛めじゃなくて、躾だから]

「みぃーん」

 猫に躾られる魔女とかどうなんだ、本当に世話が焼ける。

 ユウは気を取り直して、ローブの内側で【ストレージ】に手を突っ込んだ。

「確かこの辺りに、ポーション瓶の余りが……うん? おぉ? ……あ、あったあった」

 日頃から【ストレージ】に放り込むだけ放り込んで、整理をきちんとしないから、そうやって探し物が見付からなくなるのだ。とは言え、これで【ストレージ】の整理をしようなんて思わないだろうな、こやつは。

 ユウは小さな香水瓶のような容器を掌に乗せて、《魔蜂》に見せる。

「取りあえずこれでいい?」

 ユウの問い掛けに応えるように、宙に浮かんだ蜂蜜は、その小瓶に一滴を垂らして納めた。

〔『クエスト:《魔蜂》の分封』をクリアしました。クエストポイントを222ポイント取得しました〕

〔〈アート・プレイ・タイプ:養蜂〉を5レベルで取得しました〕

〔〈アート・プレイ・タイプ:魔法〉が13レベルになりました〕

〔〈アート・プレイ・タイプ:採集〉が3レベルになりました〕

〔《ブレス:マギアウルス》が《魔蜂》から与えられました〕

〔《バーサス・プレイ・タイプ:魔女》が21レベルになりました〕

〔〈スキル:魔女の瞳〉が5レベルになりました〕

〔〈スキル:使い魔〉が2レベルになりました〕

〔〈スキル:領域支配〉が3レベルになりました〕

〔〈スキル:魔女の道〉を取得しました〕

〔〈スキル:魔女の僕〉を取得しました〕

「……おや?」

 立板に水を流したようなシステムメッセージのとある文言に対して、ユウがこてと首を傾けた。

[おい、またブレス生やしたぞ]

[未言以外のブレスも豊富すぎる…]

[アーキタイプに愛された魔女の恋人、だな]

 ユウがいきなり与えられた《ブレス》に頭が着いて行かずに首を捻っている間に、ユウの【ストレージ】から一匹の《魔蜂》が出て来た。

 黒光りする宝石のような、他の《魔蜂》よりも大きな体は間違い無く、《聖域》の《眞森》を棲処にした方の女王である。

「あれ? ん? え、もしかして、わたしの【ストレージ】が巣に繋がっておられます?」

 ユウがその事実に思い当たった瞬間、二群の《魔蜂》が一斉に【ストレージ】から飛び出して、ユウを取り囲み、球を描いて円舞曲を舞い躍る。

 その羽音は振動となって風の端となり、《眞森》の木々を揺らして風虫を鳴かせ、また静電気が放出されて光が弾け、イルミネーションを描く。

 それは各々の女王を統べるさらに上位の、謂わば女帝の君臨を祝福し、賛嘆し、荘厳しているのだ。

 ユウは、自分の周囲を輪廻するように循環する《魔蜂》のワルツに呆けるしか出来なかった。

「……え、まって。始めからこの《ブレス》が手に入ってたら、あちこち探し回らなくてよかったんじゃ!?」

 ユウの気付きを笑うように、聞こえないかのように、《魔蜂》達は尚一層羽音を鳴らし立てて、その嘆きを呑み込んだのであった。


フィフスプレイ エンド

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