就活論議
セヂットから【アーキタイプ】の住む《聖域》を教えて貰ったその日は、適度にフルールを倒し、生糸のレベルを上げたり楽しく話したりして解散となった。
そしてその翌日、何時も通りに他のメンバーがログインしにくい此方での夜中、現実での昼間の間に、ユウは目的地へ魔女の箒で飛んで来た。
他のメンバーが来るまでの時間は、現実での家事やら執筆やらを熟すと言ってログアウトしていたユウの瞳が、南中を目指す太陽が大地の草を煌めかせる中で、ぱちりと開いた。
ユウは寝惚け眼を擦り、辺りに首を巡らせる。
その視線の先にあるのは、豊かな森に覆われた山だった。標高も中々あり、今ユウが座る麓から頂上までが遥かに遠く、同じ山の終わりとは思えない程だ。
「直線距離で何キロあるんだろ」
「標高で千八百十九メートル、水平距離で約四キロメートルだな」
「やだー、三平方の定理なんて使いたくないー」
折角、ユウの疑問の答えを求めるのに必要な情報を与えたのに、ユウは駄々を捏ねて手足をばたつかせた。全く、これだからネット検索で答えだけ見るのに慣れた若い者は駄目なんだ。
[お、はじまた]
[三平方の定理……ってなんだっけ?]
[直角三角形の辺と角度を求めるための公式だな。標高と水平距離がわかるなら、自分のいるとこから山の頂上までの直線距離がわかるから、道のりが大まかにわかる]
[三平方の定理ってそういう風に使うんだ]
[数学の公式は、現実の測量のためにあるんだよ]
「計算はめんどいからしたくないけどねー」
ぐだぐだとコメントに返事しながら、ユウは他のメンバーが来るまでの暇を潰していた。
「つむー、来たぞー」
『紡岐さん、昨日ぶりです』
「紡岐さん、すみません、遅れました。あっ、生糸さんもこの間の未言歌会以来ですね」
「ぱんだっ!!」
セム、生糸、悠、キャロと続々とログインして来た。
キャロが生糸の姿を見るなり、テンション上がって触ろうとしたのを、ユウが止めたりもしている。
「キャロさん、キャロさん、生糸さん男性だから、迂闊に触るのは止めて差し上げなさい」
「ふぁっ!? え、紡岐さんが召喚したパンダ未言じゃなかったんですか!?」
「いや、パンダ未言とかいないし、未言巫女が動物の姿で出てきたことないでしょう?」
「えー。つくってください。パンダ」
「未言じゃなくてパンダを作れと申すか、無理に決まってるでしょ」
『紡岐さん、私もパンダ未言ほしいですっ!!!!!』
「生糸さん、こわいこわいこわいっ!?」
何時も通り、取り留めない話から、生糸に文字を押し付けられるように詰め寄られて、ユウは完全に腰が引いていた。ちなみに、パンダは人間よりも筋力が高く、それを反映して生糸のSTRも低レベルながらそれなりの値となっている。
そんなこんなで、ユウのパーティメンバーも大体顔を揃えていた。
「ん? わん娘ちゃんは?」
「にじょは、卒研の関係で上がれるかわかんないって」
「そりゃ忙しいな」
セムがまだ顔を見せていない最後の面子についてユウに尋ね、その返答で納得をしていた。
[卒研かー、うちは単位取ればやんなくてよかったわ]
[卒研が一番楽しかった。時間は幾らあっても足りんかったが]
[うー、中間発表……教授に報告……理不尽な追加実験……]
[え、大学生ってそんなに忙しいの?]
[若者よ、大学甘く見てると中退するぞ。いや、まじに]
[うっ……進路考え直そうかな]
「そんな簡単に変えちゃうとどっちにしろ大変だと思うよ?」
コメントで高校生らしき視聴者が後ろ向きになっているのを見て、ユウが苦笑した。
「就職には、やっぱ大学卒は有利だしなー。ちゃんとしたキャリアサポートあるとこならなおよし」
『大卒かどうかで、実際かなり就職先は狭まりますよね』
セムと生糸の社会性が比較的高い二人が神妙な顔で深く頷いた。
「そうなんですね?」
そこに、一般人とは違う特殊な進路を邁進しているキャロが純粋な疑問顔で相槌を打った。
「そうだと思います、よ?」
悠が躊躇い勝ちに、大人組の発言を後押しした。
「そう、就活は恐ろしいんだよ……」
そしてユウが、何を思い出したのか、フードを手で深く被りながら、体ごと俯いて行った。まぁ、こやつは明確な就活負け組だからな。
「なんで面接とかあるの……あんなたかだか十分そこそこでわたしのなにがわかるのよ……しかも初対面とか、むり、ほんとむり……あんなシステムぜったい間違ってる……」
[おぉ、ひさしぶりに遥ちゃんのトラウマが……]
[この手の話題になると、ほんとに弱いな]
[バトルならむしろ蹂躙してるのにな。おもろいっちゃおもろいが]
「つむー、ほら、お前は今仕事してるだろー」
「そうですよ! それに紡岐さんは真面目に仕事できるって、わたしたち知ってますから!」
同じ職場で働いていた過去のあるセムとキャロが、落ち込んだユウを左右から励ましていた。
ユウはまだ涙目ながら、小さく頷きを繰り返す。くすんと鼻を鳴らして、ユウはゆるゆると立ち上がっていき。
「店主さまっ!!」
「ぐなぅっ!?」
何故かユウの頭上から飛び出して来た巧にしがみつかれて、地面に押し潰された。
「こんばんはー!」
太陽が力強く照り付ける中、現実の時間に即した挨拶を元気良くして、ユウの上で犬娘は尻尾を嬉しそうにぶんぶんと振っている。
撃沈したユウは、暫し、巧になされるがままになっており。
「犬はキライだって言ってるでしょーがー!!」
そんな絶叫と共に、ユウの魔力と〈言霊〉が、巧を空高く吹き飛ばした。
[おー、とんだとんだ]
[キレイに着地したぞ、わん娘]
[対魔女の恋人時のみ、無敵補正入るよな、わん娘]
はぁはぁと肩で息をして恐怖を押し出していたユウが巧を見ると、叱られてしゅんとしたわん娘が上目遣いでユウの様子を伺っていた。
「うっ……」
その姿を見て、ユウは苦しそうに自分の胸を掌で押さえ付けた。
巧の真ん丸と大きな瞳が、少しずつ潤んでいくと、耐えきれなかったのか、ユウはそのふわふわと癖のある髪を撫でた。
「よしよし」
「にゃーん」
「……二条、あなたはわん娘なのよ。犬はにゃーなんて鳴かないのよ」
「うにゃ?」
「うぐっ」
ちょんと巧に首を傾げられて、ユウはまた別の種類のダメージを受けたらしい。頬が切なそうに上気している。
「おい、いちゃついてるとこ悪いんだが、お二人さん」
「いちゃついてないからっ」
すっかり二人の世界にいた二人にセムが声を掛ける。尚、セムはユウの説得力皆無の反論は黙殺した。
「山登るんだろー、早く行くぞー。むしろつむむだけ登って、おれは後からログインでよくね?」
「ねーやん、歩けよ……」
「えー、つーかーれーるー」
「こいつ……」
セムにからかわれる事で、すっかり調子を元に戻されたユウなのであった。
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