プレイヤーキラー
えっちらおっちらと、ユウ達は山登りを始めた。
「つー、疲れたぞー」
「紡岐さん疲れましたー」
「まだ十分も歩いてませんけど!?」
山道でもひょいひょいと歩いて行くユウだったが、振り返ればセムとキャロが十数メートルも離れて駄々を捏ねていた。
本気で嫌がっていると言うよりは、不満をユウにぶつけて発散しているようだ。
意外と巧がユウに遅れる事なく着いて行っており、生糸もユウに並んで歩いていた。
悠はセムやキャロの後ろで、肩で息をしている。
如実に普段から歩いているかどうかが見て取れるな。
「ほらー、うちのわん娘だってちゃんと歩いてるんだから、しっかり歩いてよー」
「えへへ」
ユウに誉められたと思ったのか、巧がお気楽に、はにかんでいる。
「わん娘ちゃんがあんな歩けるとは知らんかった」
「歩くのは割りと好きです」
セムが誤算だと溜息を吐いた。大方、巧が遅れれば、ユウがそちらにペースを合わせると踏んでいたのだろう。
ちなみに、これだけ距離は開いているものの、ユウはちょくちょく後方を気にしており、無頓着に先に進んでいく生糸を何度か呼び止めてたりもする。
今回も、一歩ずつ登って来る三人を待っていた。
そんなのんびりとした空気の向こうで、突如として大爆発が連鎖的に起こった。
ユウがその音源へ徐に顔を向ける。
「なに、ねーやん、モンスターでもいたの?」
「いや、この気配はプレイヤーだな」
「なに人様に迷惑かけてんの、あんた!?」
セムの無差別トラップが前触れもなく他のプレイヤーを襲ったと聞いて、ユウが突っ込みを入れた。
「おおーう? お前、このセムさんがなんの意味もなくトラップぶっぱなすと思ってんのか?」
「……ねーやん、トラップの制御できないんでしょ?」
「出来ないんじゃない、めんどいからやらないだけだ」
「あのな」
セムがふんぞり返るのを見て、ユウが疲れたように首を振った。
「まじめな話するとな、おねーやんもちゃんと発動させるタイミングはコントロールしてるよ? つまり、今、吹っ飛んだんはPKよ」
「ぴーけー……プレイヤーキラー?」
「そうそう」
セムの説明をユウが聞いている間にも、爆発は続く。
PKとは、VR以前のオンラインゲームから蔓延っているプレイヤーを率先してデスペナルティしていくプレイスタイルだ。
「え、このゲーム、PKオーケーなの?」
「特に禁止はしていないな。悪質なものは、摘発してログイン制限を掛けるが」
執拗に個人を狙ってデスペナルティを繰り返したり、ログイン地点でログイン直後のプレイヤーを片っ端からデスペナルティし続けたりするような悪質な例であれば、既に四例のログイン制限が実施されている。管理AIの兎は働き者だと心底思う。
「だいたい、アリアもPKやってるしな」
[私は問題児しかデスペナルティさせてない]
[それがこええんだよ、この天使……]
[完全にアライメントが秩序善である]
[遥ちゃんは混沌・善だな]
白熱するコメントはさておき。
ユウは爆発する森の向こうから、ちらりと巧に視線を移した。
「にじょ、急に飛び付いてきたらあなたもああなるかもしれないのよ」
「うっ……気を付けます」
目の前で起こる惨劇に、巧は怯えながら尾を丸めた。
「いや、わん娘ちゃんは対象外指定してるから」
「そんなんできるんか。えっ、わたしは?」
「つむーは、除外してない」
「なして!?」
「わん娘ちゃんに悪さした時のために」
「しないから!?」
こやつら、トラップに勝手に引っ掛かって次々と返り討ちに遭っているとは言え、PKが迫っているのに良くこんな呑気に漫才していられるな。
そんな会話の途中で、ユウが右手を巧の前に飛び込ませ、《流転する
何時の間にか接近していたPKの一人が、巧を狙ってナイフを突き出したのだ。
PKの目が驚愕に見開かれる。
森の中から、掴まった仲間を掩護しようとしたのか、幾本もの矢がユウに向かって迫り、その全てが影衣に絡め取られて呆気無く折られた。
「なに、うちのわん娘刺そうとしてんの?」
何時になく、地の底を這うような低い声で、ユウがPKを威圧した。
「ひぃぃぃいいっ!?」
そしてユウの下からその顔を見上げた巧が、怯えて耳も尾も丸めて半泣きになる。
私からはユウの顔が見えないが、まぁ、さぞや恐ろしい視線を放っているのだろう。
[魔王だ]
[ラスボスだ]
[破滅の使者だ]
今回は言われても仕方ないな。
「みっ!? だいじょうぶよー、にじょ、こわくないよー、つむぎゅこわくないよー」
しかし、敵と味方と視聴者を震え上がらせたユウは、怯える巧を見て、即座に子供をあやすような声音に切り替えた。
「わふぅ……」
ふるふると身を竦ませる巧にユウは、にこやかに、ひらひらと手を振った。
「ほら、二条は危ないから、ねーやんの方に行ってなさい?」
「はいです」
巧はユウに言われた通り、ちらちらとユウを見返しながら、セムの側へ行った。
「おー、わん娘ちゃん、怪我してないか?」
「店主様が守ってくれたのです」
「そっかそっか。よかったよかった」
ユウは、セムが和やかに巧を招き寄せ、その罠が展開された安全領域に入ったのを確認して、〈森相森理のローブ〉のフードをぱさりと被った。
この間、それなりの時間があったが、ユウが掴んだナイフはPKが押しても引いても放される事はなく、ユウに向かって来る矢も魔法も、ユウに届く前にルルと魔力障壁に阻まれて届かなかった。
ユウがフードの中からPKを睥睨した。その刺すような視線の代わりとなって、《流転する影衣ナゼラ・ルル》が影の薄さと刃の鋭さを以て、PKの四肢を串刺しにして、ぐるりと纏わり付き、そのまま関節を無理矢理外して捻り潰した。
「ぎゃああああっ!!??」
余りの激痛にPKが絶叫を上げた。
「うるさい」
耳を劈く叫びにユウは顔を顰めて、面倒そうに手を振り払った。
その途端に、PKが大きく開けた口からは空気の擦過音しか漏れなくなる。
ゆらり、とユウがPKの潜む茂みに体を向けた。
[ホラーか、これ?]
[人類の悪業を見て、魔王が人類滅亡への歩みを始める。うん、美しいシナリオだ]
[冗談にならないから、やめてくれよ……]
視聴者からのコメントがもう目に入っていないユウは、右手を目の前で倒れて過呼吸をしているPKに向けて、握るような仕草をした。その動きを影衣が真似て、PKの体を巨大な掌で包む。
「死にたくないなら、これ連れて逃げてくれる?」
ユウは木の陰に隠れて見えないPK達に向かって、一方的に告げて、自分が戦闘不能にしたのを影衣の腕で放り投げた。
投げられたPKは、何本もの木の枝を折り、茂みを潰してバウンドして、お仲間の方へ返された。
「すみませんでしたー!」
すぐにそんなチンピラみたいな謝罪の声が重なって寄越され、矢も盾も堪らず、騒々しく茂みを掻き分けてPK達が退散していった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます